4 / 65
第一章
4 飼われた令嬢
しおりを挟む
アネット様は正直言ってよく分からない人だった。
何を考えているのか。
何を企んでいるのか。
「ディオン、貴方の侍女としてこれからルナリアちゃんを付けるからよろしくね!」
は?今なんて?
そう言われた時は、同じ言語を話しているのかすらも分からなくなった。
「姉さんはまた勝手に…」
背後から低い声が聞こえ振り返ると不機嫌な顔をしたディオン様が立っていた。
「ルナリアが戸惑ってるじゃないですか」
あ、名前。
久し振りに呼ばれた。
って、違う。
ディオン様いつからいたの!?
「とか言って~。拒否しないってことは了承したってことよね」
「断ったところで貴女は聞き入れないでしょう…」
「勿論。ディオンに拒否権あるわけないじゃない」
アネット様はさも当然だと言わんばかりに頷いた。
ディオン様、いつになく饒舌だな~
他人事のようにぼんやりと思っていたら、アネット様に両頬を押し潰された。
いや、掴まれた。
「あ~ん。でも、やっぱりルナリアちゃんも私の傍に置きたい!」
「えっと…あの。わたくしてっきりアネット様の身の回りのお世話をするのかと……」
「私もそう思ったんだけどねえ。貴女には一流の侍女になってもらおうと思うの。公爵家の侍女として恥ずかしくない知識を身につけて貰わなくちゃね」
「つまり…わたくしは卒業するまであの学園に通うと言うことでしょうか」
「そういうことっ」
私が通う学園には二つの学科がある。
一つは、私やディオン様が通っていた普通の学生として勉学に重きを置いた学科。
二つ目は、侍女侍従を育成する学科だ。
私達が通う学校は貴族が通う学校だ。
貴族は家格が劣る令嬢や家督を継げない三男坊以降の者達は、政略結婚の道具とされるか家格が高い邸で使用人として働きに出される。
その為、この学園では一流の侍女や侍従を育成する機関が設けられ、その学科を出た者は伯爵以上の爵位を持つ家から声をかけられることが多いのだという。
「手続きは此方でするから安心して」
アネット様は軽快な口調でウィンクを飛ばして言う。
「は…い……」
私は俯いた。
もう学園に行かなくて良いんだと思ったんだけどな……
この二つの学科は月一で合同授業がある。
学科や棟が変わった程度で私を取り巻く環境が変わるとは思えない。
だけど、拾ってもらった身で我儘を言える立場じゃない。
「貴女の今の学園での境遇は知っているわ。だけど、負けないで」
アネット様がいきなり抱き着いてきて耳元で囁く。
驚いて顔を横に向けると、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「それにね、私やられっぱなしって嫌いなのよ。それが例え他人であっても気に入った子が貶されているなら尚更。あの馬鹿共をざまぁしてくれるのを楽しみにしているわ」
そう言ってアネット様は私の頬にキスをした。
リップ音に驚いて頬を押さえて彼女を見つめた。
アネット様はそれはそれは楽しそうな表情をしていたから、これが彼女の本音だろうなと何となく思った。
グキっ
「ぐえっ」
いきなり強い力に頭部を押され後方に仰け反る。
今グキっていった。グキって!
しかも変な声出たし。
「痛いわね。何するのよディオン!」
「…姉さん。いい加減にしてください」
私とアネット様の頭部を後方に折り曲げた犯人はどうやらディオン様だったらしく、彼は元々の不機嫌さが更に悪化していた。
このまま氷点下が下がればブリザードが吹き荒れるのではないかと思うほど。
しかし、アネット様はそんな事意に返さず負けじと鋭い目をディオン様に向けた。
「あら、なぁに?ヤキモチ妬いてるのぉ?」
「ルナリアが迷惑してます」
「ルナリアちゃんはそんな事一言も言ってないわよぉ?」
「……姉さん」
「はいはい。分かったわよ。そう睨まないで頂戴。詳しいことは帰って話しましょう」
仲良いなぁ、この姉弟。
ディオン様からブリザードが出現し始めているけど……
ディオン様の底冷えするようなひと睨みにアネット様が身を引いて、グラニエ家に向かうこととなった。
私はクロエさんに呼ばれて彼女の後に続いた。
後ろの方では、アネット様とディオン様が何か話していて、ディオン様の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
無表情であることに変わりは無かったけど。
「ディオン、分かっているわね」
「……分かってますよ。あいつの事は私が───」
二人の話し声は誰にも聞こえることは無かった。
グラニエ家に到着してすぐにアネット様とディオン様のご両親に会うこととなった。
いきなり過ぎて心の準備が!!
テンパる私を置き去りにアネット様に腕を引かれて心の準備も儘ならぬまま対面した。
「ルナリアちゃん、久し振りね。娘がもう一人増えたようで嬉しいわ」
「ルナリア嬢。君を侍女として受け入れたけど私達のことは父や母だと思っていいからね」
温かいご両親に涙が溢れた。
先程まで心身共にボロボロだったのに。
こんな温かい人達に受け入れて貰えたことが嬉しかった。
人ってこんなにも温かいものだったんだ。
涙が収まるまでグラニエ夫人が優しく抱き締めてくれていた。
この人達の元でこれから先働かせてもらえるのか。
そう思うと、あと一年もない学園生活などどうって事ないように思えた。
それよりも、この人達に私が出来ることを返したい。
一流の侍女に。
そう望むのであれば、誰よりも完璧な侍女を目指そう。
そう、心に決めた。
何を考えているのか。
何を企んでいるのか。
「ディオン、貴方の侍女としてこれからルナリアちゃんを付けるからよろしくね!」
は?今なんて?
そう言われた時は、同じ言語を話しているのかすらも分からなくなった。
「姉さんはまた勝手に…」
背後から低い声が聞こえ振り返ると不機嫌な顔をしたディオン様が立っていた。
「ルナリアが戸惑ってるじゃないですか」
あ、名前。
久し振りに呼ばれた。
って、違う。
ディオン様いつからいたの!?
「とか言って~。拒否しないってことは了承したってことよね」
「断ったところで貴女は聞き入れないでしょう…」
「勿論。ディオンに拒否権あるわけないじゃない」
アネット様はさも当然だと言わんばかりに頷いた。
ディオン様、いつになく饒舌だな~
他人事のようにぼんやりと思っていたら、アネット様に両頬を押し潰された。
いや、掴まれた。
「あ~ん。でも、やっぱりルナリアちゃんも私の傍に置きたい!」
「えっと…あの。わたくしてっきりアネット様の身の回りのお世話をするのかと……」
「私もそう思ったんだけどねえ。貴女には一流の侍女になってもらおうと思うの。公爵家の侍女として恥ずかしくない知識を身につけて貰わなくちゃね」
「つまり…わたくしは卒業するまであの学園に通うと言うことでしょうか」
「そういうことっ」
私が通う学園には二つの学科がある。
一つは、私やディオン様が通っていた普通の学生として勉学に重きを置いた学科。
二つ目は、侍女侍従を育成する学科だ。
私達が通う学校は貴族が通う学校だ。
貴族は家格が劣る令嬢や家督を継げない三男坊以降の者達は、政略結婚の道具とされるか家格が高い邸で使用人として働きに出される。
その為、この学園では一流の侍女や侍従を育成する機関が設けられ、その学科を出た者は伯爵以上の爵位を持つ家から声をかけられることが多いのだという。
「手続きは此方でするから安心して」
アネット様は軽快な口調でウィンクを飛ばして言う。
「は…い……」
私は俯いた。
もう学園に行かなくて良いんだと思ったんだけどな……
この二つの学科は月一で合同授業がある。
学科や棟が変わった程度で私を取り巻く環境が変わるとは思えない。
だけど、拾ってもらった身で我儘を言える立場じゃない。
「貴女の今の学園での境遇は知っているわ。だけど、負けないで」
アネット様がいきなり抱き着いてきて耳元で囁く。
驚いて顔を横に向けると、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「それにね、私やられっぱなしって嫌いなのよ。それが例え他人であっても気に入った子が貶されているなら尚更。あの馬鹿共をざまぁしてくれるのを楽しみにしているわ」
そう言ってアネット様は私の頬にキスをした。
リップ音に驚いて頬を押さえて彼女を見つめた。
アネット様はそれはそれは楽しそうな表情をしていたから、これが彼女の本音だろうなと何となく思った。
グキっ
「ぐえっ」
いきなり強い力に頭部を押され後方に仰け反る。
今グキっていった。グキって!
しかも変な声出たし。
「痛いわね。何するのよディオン!」
「…姉さん。いい加減にしてください」
私とアネット様の頭部を後方に折り曲げた犯人はどうやらディオン様だったらしく、彼は元々の不機嫌さが更に悪化していた。
このまま氷点下が下がればブリザードが吹き荒れるのではないかと思うほど。
しかし、アネット様はそんな事意に返さず負けじと鋭い目をディオン様に向けた。
「あら、なぁに?ヤキモチ妬いてるのぉ?」
「ルナリアが迷惑してます」
「ルナリアちゃんはそんな事一言も言ってないわよぉ?」
「……姉さん」
「はいはい。分かったわよ。そう睨まないで頂戴。詳しいことは帰って話しましょう」
仲良いなぁ、この姉弟。
ディオン様からブリザードが出現し始めているけど……
ディオン様の底冷えするようなひと睨みにアネット様が身を引いて、グラニエ家に向かうこととなった。
私はクロエさんに呼ばれて彼女の後に続いた。
後ろの方では、アネット様とディオン様が何か話していて、ディオン様の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
無表情であることに変わりは無かったけど。
「ディオン、分かっているわね」
「……分かってますよ。あいつの事は私が───」
二人の話し声は誰にも聞こえることは無かった。
グラニエ家に到着してすぐにアネット様とディオン様のご両親に会うこととなった。
いきなり過ぎて心の準備が!!
テンパる私を置き去りにアネット様に腕を引かれて心の準備も儘ならぬまま対面した。
「ルナリアちゃん、久し振りね。娘がもう一人増えたようで嬉しいわ」
「ルナリア嬢。君を侍女として受け入れたけど私達のことは父や母だと思っていいからね」
温かいご両親に涙が溢れた。
先程まで心身共にボロボロだったのに。
こんな温かい人達に受け入れて貰えたことが嬉しかった。
人ってこんなにも温かいものだったんだ。
涙が収まるまでグラニエ夫人が優しく抱き締めてくれていた。
この人達の元でこれから先働かせてもらえるのか。
そう思うと、あと一年もない学園生活などどうって事ないように思えた。
それよりも、この人達に私が出来ることを返したい。
一流の侍女に。
そう望むのであれば、誰よりも完璧な侍女を目指そう。
そう、心に決めた。
0
お気に入りに追加
3,325
あなたにおすすめの小説
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に
ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。
幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。
だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。
特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。
余計に私が頑張らなければならない。
王妃となり国を支える。
そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。
学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。
なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。
何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。
なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。
はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか?
まぁいいわ。
国外追放喜んでお受けいたします。
けれどどうかお忘れにならないでくださいな?
全ての責はあなたにあると言うことを。
後悔しても知りませんわよ。
そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。
ふふっ、これからが楽しみだわ。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる