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第一章

2 いじめの前兆

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私はあれから逃げまくった。

ヒロインから。

何故、悪役令嬢の私が逃げているのか…


ヒロインのアメリーから距離を取ろうと避けていると何故か彼女の方から寄ってくるようになった。


「ルナリア様、お話がありますので放課後少しお時間宜しいですか?」
「……お話でしたら今此処で聞きますわ」
「此処では話せない事なんですよお。西棟の三階の階段付近でお待ちしてますので、絶対来て下さいね」

西棟の三階…

私がアメリーを階段から突き落とし、パトリス殿下と彼の側近のディオン様がその場面を目撃するというイベントだったはず。

「い、いやっ…。わたくし、放課後は予定がありますの」


アメリーは時折、期待した目を私に向けてくる。

彼女は知っている?

この世界の事を。


カタカタと身体が震える。

もし、知っているなら私がこのままいけば奴隷となってしまう未来がある事も知っているはず。


「そんなに時間は取りませんので。少しだけお聞きしたいことがあるだけなんですぅ」


チラリとアメリーを見ると双眸はギラギラとした目をしていた。

「申し…わけ、ございません。放課後はすぐに帰らなくてはならないので……」


怖い。

あれは陥れようとする者の目だ。

放課後は一目散に寮に戻った。


彼女は私からパトリス殿下を奪った。

最近は私がアメリーに酷いことをしているという噂が出回り、生徒達からの信頼も失った。

その他にも、まだ私から奪おうというのか。


「…怖い」

私は今、シナリオという決まった線の上に乗っている。


数日前、アメリーがならず者に襲われたという噂が立った。

ゲームではならず者をけしかけたのはルナリアの仕業だが、私は何もしいない。


それなのに、ならず者に襲われる事件が発生して殿下達に疑われている一番の容疑者は私だ。


「パトリス様のあんな蔑んだ目初めて見たわ……」

アメリーを囲む他の攻略対象者たちも怖い顔をしていた。


一人だけ。

氷の貴公子と呼ばれる男だけは一切表情が変わらなかったけど。


「これから、どうなるんだろう…私」

強制力とかいうやつで、婚約破棄されたら平民になって奴隷落ちしてしまうのだろうか。



そして翌日。

学園に登校すると、体中を包帯で巻いたアメリーが教室にいた。


私が教室に入室すると水を打ったようにそれまで騒がしかった教室内がシン、と静まり返った。


「あ。ルナリア様御機嫌よう。昨日のことは気にしないで下さいね。これも、私の自己責任なのであまり気に病まれないで下さい」


アメリーは身体を小刻みに震わせる。

私に向ける表情は怯えたもので、青い顔で無理矢理笑顔を浮かべていた。



話が見えない……

私は昨日、放課後は西棟は愚か何処にも寄らず寮の自分の部屋に直帰した。


「あの怪我ってルナリア様が…」
「階段から突き落とされたんだって?」
「流石にそこまで出来ませんわよね…」


男女関係なく、クラスメイト達が囁き合う声が聞こえる。


視線が集中する。

軽蔑、侮蔑、嫌悪、憎悪


「アメリー、震えているではないか。あんな仕打ちを受けたというのにそなたは優しいな。それに比べて、ルナリア!君は昨日の放課後アメリーを突き飛ばして直ぐに逃げるとはどういう事だ。」

パトリス殿下がアメリーの隣りに立つ。

「アメリーが階段から落ちているところを発見した時は肝が冷えたほどだ」

タレ目と優しい声音が特徴的なはずの彼は、鋭い眼と冷たい声を私に向ける。


こわい…

怖い…


私は何もやってない。


教室の入口から一歩後退る。


ドンッ

背後で誰かにぶつかった。



「何をしている」


上を見上げるとディオン様が背後に立っていた。

ディオン様は冷たい目で私を見下ろす。



「ディオン様!おはようございます!」
「……入らないのか」

アメリーの挨拶を無視して私に問う。

しかし、アメリーに目を向けたディオン様は直ぐに口を開いた。


「……怪我?」
「あ、これは大丈夫です。私の不注意で昨日ルナリア様とお話してる時に階段から落ちちゃっただけですから」


アメリーは本人を目の前に堂々と嘘をついた。


私は弁明すること無く、走ってその場から逃げた。


恐らく、私が弁明したところで誰も信じてはくれないだろう。


だけど、ディオン様は知らなかったんだ……

階段から突き落とされたアメリーを見つけるのはパトリス殿下とディオン様だ。

しかし、ディオン様は先程までアメリーの怪我を知らなかった。


彼ならば……


いや、期待するな。


ディオン様も既にアメリーに攻略されている可能性がある。

今や取り巻きも一人もいない。


「……ふふっ…自業自得よね…」


自嘲を浮かべてこの日は寮へと帰った。


学校を無断で休む事は出来ない。

翌日から重い体を引きずって登校した。


案の定。

生徒達の視線は冷たい。


一人で過ごす日々が増え、誰一人として私と言葉を交わしてくれる人はいなくなった。

その代わり、アメリーの周りには女生徒も増えていた。


恐らく、殿下や高貴な令息達を味方につけたことがアメリーを敵に回してはいけないと、他の生徒達も学習したのだろう。


「…またか」


貴族の令嬢令息が集まる学校であろうともイジメは起こる。


下位の者は権力がある者に媚びへつらうものだが、集団心理というものがある。


その集団心理の中では、誰がやったかなど分からなければ侯爵家の令嬢である私でもイジメの対象には成りうる。


「靴隠しなんて下等なことをよく思い付いたものだと褒めて上げたいくらいだわ……」


嫌味を零しながら構内を徘徊する。

前世は元々庶民だったし、こういう場合隠されるのはゴミ箱の中だ。


私は人目も気にせずゴミ箱を漁る。


通り過ぎる人達が嘲笑と侮蔑の眼差しを送って来たが無視した。


「まったく…何処のゴミ箱に捨てたのよ…」

玄関付近には無かった。

教室も回ってみたが無かった。


「あとは…焼却炉の方は探してないわね」


だが、焼却炉は校舎裏にある。

その為、外に出ないといけないのだが。


「はあ…仕方ない」


私は上履きを手持ち袋に入れて靴下のまま外に出た。


「いっ…」


石が足裏に食い込む。


焼却炉まではあと少し。


「あ、あったあった。燃やされてなくてよかった」


焼却炉の中から二足揃って靴を見つけ安堵した。

これで、漸く帰れる。


汚れた靴下を脱いで靴を履こうとした時。


「こんな所で何をしている」
「ひぁっ…て、なんだ。ディオン様か…驚かさないでよも​────」


背後から声を掛けられ吃驚して肩を上げる。

後ろを振り返るとディオン様が背後に立っていた。


しまった。いつも、心の中でしか話してなかったからつい庶民の言葉に!!


あわあわと口を開いたまま数秒固まる。


「ももも申し訳ございません。大変失礼致しましたわーー」
「あ、おい!待​────」


全力疾走で一目散に逃げ出した。


やらかしてしまった。

最近では話す人なんかいなかったから、すっかり庶民の言葉に慣れてしまっていた。


絶対変な奴だと思われた…


もう、誰にどう思われようとよくなったはずだったのに少しだけ肩を落とした。


だけど、この生活も明日で終わる。


明日は遂に、王家主催の夜会がある。


恐らく、婚約破棄は高確率で行われるだろう。


パトリス殿下からも夜会には一人で行くように言われたし……


「最後くらいは…って思ったんだけどな……」

なんて我儘通るはずもないかと部屋のベッドに身を投げた。


これは、今までのツケだ。


終盤に起こる、命に関わる悪行は一切やっていないが、それ以外の悪行を行ったのは事実。

自業自得だよね。

「平民になっても上手くやっていければいいな…」


先行きを案じながらも、私はそのまま眠りについた。
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