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26. 術式組み換え
しおりを挟む皇太子が部屋を後にし、疎らとなっていた部屋を私達も取り敢えず出ることにした。
総大将の後に続いてサロモンさんやレオナールさん、シルヴァンさんが部屋を後にし、アリスさんに連れられて私も彼等の後に続く。
「ベラ、聞いてる?」
「わあっっ」
私は正面を向いて呆然と歩いていると急に眼前にどデカい顔が現れて心臓が萎縮する。この数日で何かと気にかけてくれるアリスさんには感謝もしているし人柄も大好きなのだが、如何せん未だ至近距離で彼女の顔を見るのは慣れない。それに、やはり髭剃り痕が青々としていて目に染みる。
「スライが気になるのん?そんなに熱心に見つめちゃってぇん」
「ち、ちがっ。そんなんじゃないからっ!た、ただ…シルヴァンさんを怒らせちゃったかなと思って……」
アリスさんの言葉に頬に熱が集まる。
慌てて否定するもアリスさんの表情は何処か楽しそうだ。確かに、シルヴァンさんの後姿を見ていたが本当にアリスさんがからかってくるような内容じゃない。
皇太子に見つからないように注意されていたのに王都に着く前に速攻遭遇してしまいシルヴァンさんを怒らせてしまったことに気落ちしていただけだ。
言葉尻が萎んで行く私の様子にアリスさんは気付いて軽く頭部を押さえ付けて撫でる。
「気にしなくて良いわよ。アイツは怒ってるんじゃなくて拗ねてるだけだから」
アリスさんがコソッとそう耳打ちして来るが、皇太子がいた時のシルヴァンさんは眼孔が見開いたていたしどう見てもアレは怒っていたと思う。
「怒っているんだとしたら自分の不甲斐なさにだと思うわ~ん。皇子ったら、ベラを離したくない程気に入っちゃってたみたいだしぃ?」
「あれはそんなんじゃないよ!多分この黒髪赤眼が珍しかったのと、あの場にいるみんなを困らせたかっただけなんじゃないかと思う」
「まあ、それも無くはないけどね。でも、殿下は貴女の腕をずっと握っていたでしょう?」
その言葉に眉宇が寄る。
そう、彼は会議中もずっと逃げられないように私の腕を握っていた。少しでも皇子から距離を取ろうとすると強い力で掴まれて引き寄せられる。
お陰で右の手首にくっきりと皇子に掴まれた跡が残っていた。
「逃がしたくなかっただけだよ」
思い出して忌々しげにそういうと彼女は困った様に笑った。
「それだけなら衛兵にベラを預けて身柄を拘束するはずよ。皇子自ら傍に置いていたから厄介なのよ。」
彼女の言っている事がいまいち理解出来ずに首を傾げる。
「皇子は完全にベラに目を付けたわ。今は総大将が皇子を抑えてくれているけどあの暴君がどう出てくるか分からないから貴女はあたし達から離れちゃダメよん?だ・か・ら」
アリスさんは此方に顔を向けたままニッコリと笑った。そしていい笑顔を浮かべたままスっと片手を進行方向に上げると火の玉を打っ放す。
その火の玉は前を歩いていた集団。シルヴァンさんの後頭部にクリーンヒットして髪を一部燃やして直ぐに火は消えた。
「何しやがるアリスてめぇ!?」
シルヴァンさんは後頭部を押えて直ぐに背後を振り返る。此処からでも彼の髪が一部焦げたのが分かった。
「何時までも拗ねてんじゃ無いわよっ!ベラを更に不安にさせてどうすんのよこのスットコドッコイ!!」
「ガハハハハ、何だシルヴァン。えらく機嫌が悪いと思えば拗ねておったのか!!」
「っるせ。お前は黙ってろ」
アリスさんの言葉にレオナールさんが声を上げてゲラゲラと笑う。その様子に怒ったシルヴァンさんが肘鉄砲をレオナールさんの腹部にお見舞いする。
「全く。図体はデカい癖に器はちっさい男ね。西に行く前にベラの術式も組み替えなくちゃいけなくなったんだから何時までも拗ねてないでよねん!皇子がベラに目を付けて気が気じゃないのは分かるけどあんたが動くより傍にいてあげる方がベラは安心するんだから」
「そうですね。アリスさんの言葉も一理ある。シルヴァンさん、此方は私達に任せて下さい。貴方がベラの傍に居てくれれば私達も安心だ」
またもや私を置き去りにサロモンさんも話に加わり話が進んでいく。
というか、私は傍にいて欲しいなんて一言も言って無いのに彼等の会話からだと私がシルヴァンさんに傍に居て欲しがっているみたいじゃないか。だけど、彼等は面白がってからかっているのでは無く、本当に私の事を考え最善の策を考えての発言だと彼等からの雰囲気で分かるから口出し出来ないでいると、話が着いたのか総大将、レオナールさん、サロモンさん達とは別れて私とシルヴァンさん、アリスさんの三人は先に宿舎へと向かった。
宿舎へと向かう途中アリスさんから宿舎に着いたら直ぐに背中に刻まれた術式の組み換えをする事を告げられた。
その際、痛みを伴う事と再び発熱する恐れがあることを告げられ内心ビクビクだが、再びフラガーデニアの連中にいいように使われるよりは何億倍もましだ。
「じゃあ、服を脱いで裸になって頂戴」
「エッっ!?」
宿舎に着き、アリスさんの部屋へと入るなりそう言われ驚き過ぎて変な声が出てしまった。
「あら、ごめんなさいね。全部じゃなくて上だけで良いわよ」
吃驚した。けど、上半身だけでも裸になるのは恥ずかしい。私がまごまごしているとテキパキと術式組み換えの準備をしていたアリスさんの動きが止まる。
「ベラ、脱がないと術式を組み換えられないでしょ!」
そう、叱咤の声が飛ぶが…
「アリスちゃんは仕方ないとしても、な、何でシルヴァンさんまでいるの!?」
私が今だ脱衣出来ないでいたのはシルヴァンさんがさも当たり前の様に壁に凭れて此方を見ていたからだ。
「何でって…アリスの手伝い?」
何故に疑問符!!
「やだやだ、おっさんは出て行ってよ!!」
冗談じゃない。
好みの異性に裸体を見せるなんて出来るわけがない。そう言って、シルヴァンさんの背中を押してドアに向かわせようとするもビクともしない。
それどころか、シルヴァンさんに両腕を取られてしまった。
「今更ガキの裸見たくらいで何とも思わねぇから安心しろよ」
ギャーギャー騒ぐ私に若干呆れたような表情でそんな事を言うものだから一瞬目の前が赤くなり恥ずかしさに頬に熱が集まる。シルヴァンさんの手から片手を振りほどき大きく手を振り上げる。
バチーーン
乾いた音が部屋に響く。
気が付いたらシルヴァンさんの頬目がけて手を振り抜いていた。
「今のはスライが悪いわよん」
すぐ背後にアリスさんが立っておりシルヴァンさんに掴まれたままの片手を引き剥がし、私の両肩に優しく手を置く。
「スライは痛みを伴う可能性があるから貴女を押さえていてもらう為にあたしが呼んだのよ。馬鹿がごめんなさいね。貴女は先に部屋の中心で服を脱いで待っててくれる?」
ならば、初めからそう言えばいいものを。
そう思わずにはいられなかった。
彼に女として見られていないことくらい分かっている。たった数日で愛だの恋だのそんな都合の良い期待などしていない。していないが、ハッキリと興味が無いと言われたようでつい頭に血が上ってしまったのだ。
シルヴァンさんは悪くない。私が勝手に意識して勝手に落胆しているだけなのだから。私は下唇を噛み締めアリスさんに促されるまま部屋の中心部へと向かい言い付け通りに服を脱ぎ始めた。
「あんたも素直じゃないのは分かるけど、大事にしたいならベラを泣かせるんじゃないわよ。本当に馬鹿なんだから」
「…………うるせぇよ」
私は上半身裸になって床に座り脱いだサーコートで前を隠しつつアリスさんに背中を見せる。
「それじゃあ、始めるわよ」
「う、うん」
ドキドキと不安と恐怖で胸が鳴るのを隠して頷く。
「初めは擽ったかったり、体が火照ってくるかもだけど我慢して頂戴だいね」
そう言ってアリスさんの手が私の背中に触れる。
触れた指が何かをなぞるように円を描いたのが分かった。その動きが擽ったかったが、動かないように気を付ける。
円が描き始めた点に合わさった瞬間背中がほんのりと暖かくなる。その間もアリスさんの手の動きは止まらない。段々と背筋を這う得も言えぬ感覚にゾクゾクとして背筋が伸びる。
「ベラ、我慢してっ」
背筋を伸ばした事でアリスさんの指が離れてしまいアリスさんの余裕の無いような声が返って来てごめんなさい、と謝罪する。
「んっ、」
背中が徐々に熱を持つのと比例するように得も言えぬ感覚が襲い艶かしい声が漏れ慌てて口を抑える。
「ベラ、おれに捕まってろ」
シルヴァンさんの手が横から伸びて来て傾き掛けた上半身を支える。
「いらな…あぅっ」
拒否しようとするも、体は熱を持ち始め一人では上半身を起こしたままにするのも出来ない程に辛くなって来ており差し出された手を振り払うつもりが掴んでしまった。
「無理すんな」
「ふっ、…んっ」
口を開く事が出来ずに首を振って拒絶を示すもシルヴァンさんは気にすることなく私の体を支える。
悔しい。
縋りたくないのに、手からはいつの間にか掴んでいたサーコートも離れておりシルヴァンさんの胸元に倒れ込み服を握り締めて縋ってしまう。
「ふーっ。スライ、確りベラを支えてて頂戴っっ」
アリスさんが一つ息を吐いて額の汗を袖で拭った布擦れの音がしたかと思えば切羽詰まった声でシルヴァンさんにそう指示する。
その瞬間目の前に火花が散る程に背中に痛みが走る。
「ひ、ああぁぁぁ。いやぁぁあああ」
激痛。
痛くて痛くて堪らない。
気絶しそうな程だ。だが、気絶しそうになる度に続く激痛に意識が引き戻される。
「あああぁぁぉあああ。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
涙が止まらない。
頭痛も止まらない。一層の事殺してくれ。そう思ってしまう程の痛みに我慢出来ない。歯が欠けそうな程に強く食いしばる。
「ベラ、おれの肩を噛んでろ」
シルヴァンさんに縋る手は爪を立てて彼の背中に手を回し、シルヴァンさんの指示に無我夢中で肩に噛み付いた。
「っ、」
シルヴァンさんの息が詰まる声が聞こえ噛み付いた肩から血が滲む。痛みに無意識とはいえ背中に爪を立てて肩も力の限り噛み付いていると言うのに、シルヴァンさんは私の頭を優しく抱える。
「耐えるんだベラ。これが終わればもうお前を縛るものは無くなる」
その言葉にフラガーデニアでの生活が脳裏に浮かんだ。疑問も持たずに言われるがままに人形のように過ごして来た日々はもう終わったのだ。
これからは、自由に生きていける。
そう思うと酷い安堵感が胸いっぱいに広がった。それと同時に痛みに耐えきれずに意識を手放した。
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