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21. 洗脳魔法
しおりを挟む「ん…」
あれからどれ程経ったのだろうか。
薄らと目を開けると天幕の中と思われる天井が目に入る。
確か私は夜襲に行っていたはず。そこに何故かシルヴァンさんが来てくれて……?
その先の事がよく思い出せない。身体も気怠いし何だか熱もあるようだ。
「あら、目が覚めたのねん。良かったわァ」
ボーッと天井を眺めていると急に男か女かよく分からない顔が視界いっぱいに映る。
「ぎゃああああ」
「あらん。人の顔見て悲鳴上げるなんて失礼な子ねっ」
心臓が驚愕にドキドキと早鐘を打つ。
恐らく、オカマと思われる人物はプンプンと効果音が付きそうな態度で両手を腰に手を当てている。
……それにしても、タッパはあるし割と体躯も良い。何より濃い過ぎる髭剃り跡が目に染みる。
起き抜けにこの顔は心臓に悪い。なんて思っていると、
「アリス、お前顔でかい上に強烈なんだから自重しろよ。」
「んまぁっ!失礼しちゃうわっ」
彼女(?)の後ろからシルヴァンさんの声が聞こえる。
「ベラ、目が覚めたか。水飲めるか?」
「ありがとう…あの、私」
「良くやったな。お前のお陰で無事シーリアの地を手に入れる事が出来た」
隣りにいた初対面の人物に支えてもらいながら起き上がり、差し出された水を受け取り乾いていた喉を潤す。未だ脳は靄がかかったようにぼんやりとしているが策戦の途中で気を失った事を思い出し不甲斐なさに申し訳なくなり謝ろうとした時。
頭部を撫でる大きな手によって頭を下げるのを止められる。
「あの…でも私何もしてない…」
「お前は良くやったよ。お前のお陰でフラガーデニアの切り札を奪うことが出来た」
「そうよ~。スライの言う通りだわぁん。それに、あなたアンデッドの創造と使役が出来るんですって!?褒められた術じゃないけど人手不足の今何処の国でも喉から手が出る程に欲している魔法よん」
フラガーデニアの切り札とは何だろうか?
そう言えばシルヴァンさん、魔術師団団長が持っていた紙がどうとか言っていたような?
頭が重くてあまり考えられない。
それに、シルヴァンさんの言葉に便乗するように隣の人物が言葉尻を上げながら言う。
それにしても、彼女は誰なのだろうか?
「あの…貴方は…?」
「あら、まだ自己紹介してなかったわねん。あたしはアリス。アリスちゃんって呼んでくれても良いわよん。うふっ♡」
「あ、ははは…」
アリスさんは頬に手を当てて強烈なウインクをかます。
元気が無い時にこれは流石に衝撃的で乾いた笑いしか口から出て来なかった。いや、健康体であっても出来れば御遠慮したいが。
「此奴の本名はアリスティド。オレやサロモン、レオと同じ六頭武将の一人だ」
衝撃的事実に驚愕する。
確かにガタイは良いがシルヴァンさん達と同じ地位と言うことは大将軍と言うことだ。本当に彼女が…と思ったが、よくよく見てみると醸し出すオーラはシルヴァンさんと遜色無い上に彼の事を愛称で呼んでいた。という事は少なからずシルヴァンさんとは親しい間柄と言うことである。
「おいゴラァっ」
そんな事を考えているといきなりドスの効いた声が聞こえた。
新たな人物が天幕に入って来たのかと思ったがどうやら違うようだ。
「テメェ何勝手に人の本名晒してんだ。ぶっ殺されてぇか!あ゛あ゛ん!?」
「と、まあ。本名で呼ぶとブチ切れるから気を付けるよーに」
アリスさんはシルヴァンさんの胸倉に掴みかかり持ち上げる。だが、シルヴァンさんの方がタッパもあり苦しそうではあるが持ち上がられることはなかった。対するシルヴァンさんは胸倉を締め上げられていると言うのに涼しい顔で私に忠告してくる。
私は如何したものかとあたふたする。
「あ、あの。アリス将軍、看病をして下さったのは貴方ですか?」
咄嗟に出た言葉がこれだった。私が目を覚ました時に一番最初にいたのはアリスさんだ。それに、熱に浮かされ汗もかいたはずなのに身体は清潔に保たれているし服もかなりダボダボだが私の服では無いものに着替えさせられている。
「あらやだ。あたしったら取り乱しちゃったわ。付きっきりで介抱していたのはスライよ。時々サロモンちゃんも様子見に来てたみたいだけど殆どスライはあなたの側から離れずずっと介抱していたわ」
「えっ、」
という事は…この服を着替えさせたのもシルヴァンさんってことだろうか?
「ああ、身体を拭いたり服を替えたのはあたしよん。心は乙女だから安心して頂戴な」
良かった…のか?
うん、この事については深く考えないでおこう。
それにしても、シルヴァンさんずっと付きっきりで介抱してくれていたのか。眠っている時に小さい頃の夢を見た。冷たくて寒たい世界。だけど、その度に過去の映像が霧散して消え、暖かい何かが手から伝わって来た。
「お前は一言も二言も余計なんだよ。まあ、ベラがこうなったのはオレの責任でもあるからな。まだ、本調子じゃねぇんだから寝とけ」
アリスさんに一瞥くれながら私の側に歩み寄るとまたベッドに寝るように促される。
促されるまま再び寝具に横になり布団を被る。
シルヴァンさんは自分の所為だと言うがどう考えてもこの一件は私の油断が招いたもの。さっさと魔術師団団長を捉えサロモンさんの指示通りに転移していれば起きなかった事態だ。それに、魔術師団団長を生け捕りと言われていたのに私が不甲斐ないばかりにシルヴァンさんに殺させてしまった。
私がしゅん、と項垂れているとアリスさんが口を開いた。
「今回の件は二人共非は無いわ。それに、魔術師団団長を生け捕りにしていても結果は変わらなかったわ。この術式がある限りわね」
そう言って懐から取り出したのは一枚の紙。
羊皮で作られた紙は丸められているが何だか背筋がぞくぞくとして嫌な感じがする。
「これはねベラ、あなたを操ることが出来る洗脳魔法術式が此処に描かれているわ」
「え!?」
私を操る?洗脳魔法?
そんな話初めて聞いた。今までも公爵や国王の操り人形のように言われるがまま動いて来たから必要無かっただけなのかもしれない。
だけど、そんなものがあるならば殿下辺りが喜んで私を脅してきそうなものなのに今までそんな事は一切無かった。
「これはまだ未完成よ」
私の考えを読んだかのようにアリスさんから答えが返ってくる。
「だけど、一時的な効果はある。しかも、この術は使用出来る人を限定しているわ」
「使用出来る人とは魔術師団団長のことでしょうか?」
魔術師団団長ならば先日シルヴァンさんが討ち取ったはずだ。
「魔術師団団長だけでは無いわ。魔術師団団長の子孫と王家の血を受け継ぐ者が使用可能よ」
血での契約とは面倒な事を。だが、禁忌とは元より血で交わされ作られるものだ。という事は、攻略対象者の中に魔術師団団長の息子がいる。少なからず、その息子と国王、そして殿下が私を操られる可能性があると言うことか!
私は無意識にギリッと歯を食いしばり眉間を寄せた。
「生憎、あたしではこの術を打ち消す事が出来ないけど使用出来る人物を書き換えることは出来るわ」
「と言うと?」
「貴方が、この人ならば身を預けても良いって思う人に術式を使用出来る人物を書き換えるのよん」
術式の書き換えと言うことだろうか?
しかし、魔術師団団長から術式を奪ったとはいえ、まだフラガーデニア王国に同じ術式の記録が残っているはずだ。その紙一枚書き換えたところで殿下達に出会い使用される可能性があるのではないか。
「フラガーデニア国にはまだその術式の記録が残っているならその紙一枚書き換えても意味が無いのではないですか?」
「あら、あなた…もしかして自分の背中を鏡に映して見たことはないの?」
「背中?」
湯浴みと着替えだけは何時も公爵家の使用人がしてくれていたし昔は自分の容姿が嫌いだったから鏡を見ること事態あまり無かった。
「あなたの背中にもこれと同じ術式が描かれているわ。だからベラの背中にある術式を組み変えればあたしが書き換えた限定した人物しかこの術を使えなくなる」
なるほど。
未だ自分に術式が施されているなんて実感は無いが、シルヴァンさんも黙っていると言うことは先に彼女から話を聞いていたのだろう。
それにしても、身を預けてもいいと思える人物か。
此処に来てまだ日も浅い。それに数日そこらで信頼出来る人なんて………
何故か私の脳裏にシルヴァンさんの顔が浮かびシルヴァンさんに目を向ける。すると、私の視線に気付いたシルヴァンさんと視線が合い反射的に顔を逸らしてしまった。
頬が熱い。いや、熱があるから元々暑かったんだけど更に頬に熱が集まっている気がする。布団を顔辺りまで引き上げ顔を逸らしたままでいると、
「あらぁん。スライも隅に置けない男ねぇん」
ポツリとアリスさんが呟いた声が聞こえたが違うんです!!
そう言いたかったが、シルヴァンさんには聞こえていなかったようだし私一人取り乱すのも訝しがられるんじゃないかと思って言葉を飲み込む。
「良いわ、じゃあこうしましょう。取り敢えず、スライに使用出来る人物を書き換えるわ。それでもし、ベラが他に変えたい人が出来たらあたしに言いなさい?また書き換えてあげるわん」
アリスさんはそう言うと私の意見も聞かずにこれで決まりだと手を打った。
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