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18. シルヴァンとサロモンの過去と真相
しおりを挟む壮年期を過ぎた二人の男が極限にまで気配を消して森に潜む。
その気配の消し方はまさに獣と同等否、獣でも分からぬ程である。そして、二人は眼下に広がる敵地を見つめていた。
「どういうつもりですか」
「…何がだ」
主語もなく唐突に問われる言葉。
淡々とした問い掛けに茶髪の男もまた淡白に言葉を返す。
「彼女の事ですよ。私が気付いていないとでも思っているのですか」
サロモンの言葉に漸くシルヴァンが彼に一瞥をくれるも直ぐに視線を戻し口を開かない。
「14年前…総大将が連れて来た女性に彼女はそっくりだ」
「何が言いたい」
「心配しているのですよ。貴方はあの日、叶わぬ恋をしていた…」
紡がれる内容にシルヴァンの瞳は鋭い物へと変わり射殺さんばかりにサロモンを睨みつける。だが、サロモンは意に返さず言葉を続けた。
「彼女は10年前に亡くなったあの女性の娘では無いのですか?」
14年前。
遠乗りから戻って来た総大将の腕には一人の女性が脇に抱えられていた。
「総大将!何処に行かれていたのですか!って、その腕に抱えている女性は誰ですか!?」
ジェレミー総大将の配下である六頭武将の一人であるサロモンは真っ青な顔で総大将の腕の中でぐったりと気絶した女性を見て驚愕した。
「ワッハッハ、フラガーデニアとの国境付近の森まで行ったらこやつが落ちてたから拾って来たんじゃ」
その女性は上は真っ白で毛先に行くほど濃い黒色をしており、ストレートの長い髪をしていた。身体はボロボロで服は至る所が解れたり破れたりしている。食事もまともに食べていないのか骨と皮しかないのでは無いかと思うほど痩せ細り誰がどう見ても訳ありの人物であった。
総大将は邸の者達に女性の介抱を頼んだ。
数日すると女性は目を覚まして総大将の邸を歩いている姿がよく目撃された。
そこで、総大将の邸を訪れたシルヴァンと女性は出会う事となる。
「総大将の愛人だと噂されてるのはあんたか」
「?」
シルヴァンの問いに邸の庭に出ていた女性はキョトンとして首を傾げた。髪は噂に聞く通りの白と黒の髪色。だが、半分以上黒だと聞いていた髪は白と黒半々であり少し噂とは違っていた。そして、瞳は人々が忌み嫌う紅い瞳をしている。
「ジェレミー総大将が森で女を拾って愛人にしたと噂になっている」
「ぷっ…あははは。愛人って…私とあの人が?」
彼女は屈託ない笑みで笑い飛ばす。
さも可笑しそうにクスクスと一頻り笑う姿は未だ少女のようでシルヴァンは思わず見蕩れてしまった。
女性は庭先に咲いた花に触れて口を開く。
「あの人は見ず知らずの女を愛人にする程節操がない人でも女に困っている人でも無いはずよ。貴方も噂なんかに踊らされずあの人の内面をよく見れば私が愛人なんかじゃないって分かるはずだわ」
二十半ばであるシルヴァンの方が年上であるというのに彼女は臆する事なくそう意見すると先とうって変わり真面目な表情で芯のある瞳を向けた。
彼女の言う通り、総大将は年は老年の域にあるというのに未だ衰えぬ体躯と威厳に女性は年齢関係なく総大将に熱い眼差しを送るものが多い。それに、既に奥方は亡くなってから数年経つが今まで総大将には浮ついた噂など一つも無かった。
だからこそ、その総大将の愛人と噂される人物が誰なのかと又総大将の評判を落とすような人物であればひっそりと追い出すつもりでもあったのだが、拍子抜けしてしまった。
その出会いからシルヴァンはよく彼女の元を訪れるようになった。
彼女の名前はバルベラと言った。彼女と話すうちにシルヴァンは徐々に未だ正体不明であるバルベラに惚れていき、またバルベラの心にも変化が生まれ年月を重ねる毎に彼女を拾い生活を共にする総大将へと気持ちを寄せるようになった。
その事に気付いたシルヴァンは彼女への気持ちを押し殺して友人として話し相手になることにした。
「あんたの髪…段々白くなってないか?」
ある日ふと気になってバルベラの髪に触れながらそう言うと彼女は苦い顔をして笑った。
「私ね、元々は伝説の魔王と同じ真っ黒な髪だったの。だけど、魔力の減少と共に髪が白くなって来ちゃって…前、居た所からも髪が白くなり始めた頃に魔力の減少が原因で本当は処分されるはずだった。処分されると知って私、怖くなって最後の力を振り絞って逃げて来たの。けどその無理が祟ったのか日に日に白い部分が増えてるのよね」
そこで森の中をさ迷っていると総大将に出会い拾われたのだと語った。
それを皮切りに彼女は今までの事をぽつりぽつりと話出した。
「私、本当はフラガーデニアの人間なの。好きでもない人と無理矢理子供を作らされて魔力が尽きるまで実験台にされ、魔力が衰え始めたら人知れず処分されると知って逃げて来た」
彼女の柔らかい頬に雫が零れ線を引く。
「逃げ出した事に後悔はないわ。だけど、一つだけ後悔してる事があるの。私が産んだ子供も私と同じ真っ黒な髪をしていた。瞳も私と同じ色なのよ。私、あの子が将来どんな目に合うか分かっていて置いて来た、自分が逃げることに手一杯であの子を見捨てて来てしまったの」
バルベラは嗚咽を漏らしながらも全てを打ち明けた。
それから、間も無く、バルベラは今から10年前に命を落とした。バルベラは自ら命を絶ったのだ。
その頃のバルベラは髪色は完全に真っ白になっており魔力も枯渇してしまっていた。その時の、総大将の怒りに満ちた顔は誰もが忘れられない程のものであった。
「総大将も気付いていますよ。バルベラさんが自ら総大将に全て話され総大将自身もベラ、彼女の存在を人知れず探していたのですから」
「総大将とお前が探して今まで見つけることが出来なかったと言うことは国が関わっていると言うことか」
「そうですね。王家が隠している事は分かっていましたが彼女に関してはなかなか情報が入らず難航している時に王家である動きがあった。見つけた時には既に貴方と一緒にいたのですから驚きですよ」
サロモンであれば出会った時にはベラの事に気付いたはず、それなのに今までの態度を思えば本当に食えない男だとシルヴァンは嘆息を零した。
「この策戦はベラの為だな…」
「何の事でしょう。私はただ、彼女の力量を図るのと彼女が我が軍に仇なす存在で無いかを見極めたいだけですよ」
サロモンの性格ならば彼が未だ認めてない人物に知識を授けるような事はせず、自分で考えさせ本当に母国を裏切る事が出来るのかを見てその人物の力量と能力を見極めるはずだ。シルヴァンを連れて来たのも万が一に備えてで直ぐに救助に行けるように同行を承諾したのだろう。
「オレの同行を許したのも、駐屯地で待つのではなく監視と言いながらここまで来たのはベラを心配しているからだろ」
「総大将に頼まれたから仕方なく…ですよ」
「素直じゃねぇな」
「ほっといてください」
シルヴァンがくつくつと喉を鳴らして笑うと決まり悪そうに反論した。
この夜襲が無事終わればベラは一人でフラガーデニア軍を追い払ったとしてディアフォーネ軍でも認められるだろう。
ディアフォーネ国は軍事国家であり実力主義でもある。平民農民はたまた貴族など関係なく軍事に置いては平等で強い者が上に上がれる。
ユーグは魔物に両親を殺され魔王の仕業だと信じており目の敵にしているが、他の国民達は十数年前のバルベラの事があり、王家の計らいで黒髪を持つものに対する意識の改革が行われた。それにより、今まで黒髪でなくとも黒に近い髪を持つ者は虐められていたがそれも大分減少傾向にある。
軍の兵達に認められればベラが蔑まれる事も、また女だからとユーグのように馬鹿にされる事も無いと踏んでのサロモンの考えであった。
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