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15. 生に添い死に添う
しおりを挟む「ユーグ、君に彼女をどうこうする決定権はない。」
「サロモン大将軍!!」
「おう、サロモン。随分と早かったな」
「勝ちが決まった戦でしたからね。主戦力は逃しましたが半分程に戦力は削ぐことが出来たでしょう。傭兵の補充も今からじゃ十分に出来ないでしょうし私はあの場に必要ないですからね」
急に話に割って入って来たのは戦場にいるはずのサロモンさんだった。
身に付けた装備を外しつつ天幕の中に入って来る。
「サロモン将軍、それでも俺は女が戦場に出るなんて反対です!自分の身も護れない、死ぬ覚悟もない女なんか邪魔になるだけですよ」
随分とはっきり言ってくれる。
「ふふふ、自分の身も護れない…ね。力技なら貴方に負けるけど私の魔力を持ってすれば貴方なんか一捻りよ。それに、死ぬ覚悟がない?」
私はユーグとかいう男を睨むように見つめる。総大将ならばいざ知らず彼程度の力量ならば私の魔法で命を奪うことなど容易い。だからこそ、私が化け物と呼ばれる所以なのだから。
しかし、彼の憶測で討ち死ぬ覚悟がないなどと吹聴されるのは私の矜恃が許さない。
確かに、死ぬのは怖い。目の前で罪もない人間が死ぬのも怖い。だけど、覚悟がなくこの前線まで来るものか。
「生に添い死に添う。これが私の覚悟。何も知らない貴方に勝手に私の覚悟を語られたくない」
「生に添い死に添うだと?矛盾しているじゃないか。しかも、生に添うなどやはりこれだから女は覚悟が足らない」
矜恃を持って答えるも、彼は馬鹿にした笑みを浮かべて笑い飛ばす。
「黙りなさいユーグ。君は本当に彼女の話が矛盾していると思っているのか?」
「え、どういうことですか?この女の話だと生に縋り死も望むと言っているのですよ?矛盾してるじゃないですか」
「ベラの言葉が分からねぇようならユーグよりベラの方が戦場をよく理解している」
サロモンさんとシルヴァンさんの二人の将軍に諭されるも歳若い彼は納得がいかない顔をしている。
「死を誉れるユーグさんは武人として立派だと思う。だけど、死だけが誉れではないと私は思ってる」
中世日本から戦国時代にかけて侍達は死こそ誉れ、死を誇れと信じて生きて来た。
それこそが男の生き様と信じて気高く華々しく散った武人達を私はかっこいいと思う。尊敬だってする。
だけど、私が生きた時代は死を誇る時代ではなく生を大事にする時代だった。その為、命ある限り生き抜く精神というものもある。
「生に添いされど死を誉れ。死に添うされど生に縋れ。確かに矛盾していますがそれぞれに意味があるんです」
「ベラ…お前はその教えを誰に聞いたんだ」
シルヴァンさんが真面目な表情で尋ねる。
「誰かに教わったわけではないけど、しいて言うなら本から得た知識かな」
嘘はついていない。
前世、戦国時代や中華戦乱の世を舞台とした本や漫画を読み漁り生と死について深く考え、沢山の著者達が読み解いた武人の考えを取り入れた。
「ほう、私も沢山本を読んできたが生死について貴女のような考えを解いた本を見たこと無いがなんという表題の本だ?」
「タイトルは忘れちゃいましたけど、全てにおいて矛盾を肯定する内容でした。私もその矛盾に何度も考えさせられ今でも正解が分かりません」
確かにこの世界には専門的な本や小説はあれど生死について深く踏み込んだ本やヒューマンドラマなどの本もかなり少ない。前世で読んだなどと言えるわけもなく何とか誤魔化す。
「その本には死に怯えろ。だが、死に怯え過ぎるな。っていう言葉がありました」
「矛盾し過ぎだろ…」
ユーグがポツリと呟く。
その言葉に私も同意した。
「確かに矛盾している。だけど、その言葉の裏には意味があったんです。矛盾する言葉の裏には全て意味がある」
「死に怯えろは生に縋り生き抜く覚悟を意味し、死に怯えるなは討ち死に覚悟で敵に向かって行けってところか」
私の話に聞き入っていたシルヴァンさんが口を開く。
私はシルヴァンさんの言葉に頷く。
「戦場に出る限り死に怯えては戦場では役に立たない。だけど、死に怯え無さすぎるのも逃げれる時に無駄に命を散らす事になる」
「何!?死ぬのが無駄だと!!」
「ユーグ、最後まで話を聞け」
怒り立つ彼をシルヴァンさんが窘める。
サロモンさんはそんな彼等を一瞥して話の先を促した。
「話を続けて下さい。貴女の覚悟とやらを聞きましょう」
もしかして、サロモンさんは少しだけ私のことを認めてくれているのかな、とか思ったけどあまり期待はしないでおこう。
「死は無駄でありません。だけど、無駄死にはあると私は思います。生きれる隙があればどんなに生き汚くとも生きた方がいい」
「俺はそんな生き恥をかくのは嫌だね…」
「じゃあ、聞きくけど貴方は死の先にあるのは何が残ると思う?」
「誇りに決まっているだろう。強者に恐れず戦い華々しく散ることこそ男の誉れ」
実に武人らしい答えだ。
「その考えとてもかっこいいと思う。だけど、否定するわけじゃないけどそれは私は自己満だと思う。貴方を大切に思ってる残された人はどうするの?生き抜くことでこれから先も何人も貴方が助けることが出来る人がいたかもしれない。それでも生きるのは恥だと言える?貴方が生きることで護れた人が貴方が死んだ先の未来では誰かの手で殺されるかもしれない。それが、もしかしたら貴方が大切に思っている人かもしれない」
私の言葉にユーグは先程の勢いは無くなり押し黙る。
未だ納得いかない顔をしているけど、私の考えを押し付けようとは思っていないから彼が考えるままに生きればいい。ただ、私の覚悟を少しでも分かって貰いたいだけだ。
「生に添ってると言うには死に怯えなくて、死に添ってると言うには生き汚い。それが私の目指す道。そして、それが私の覚悟」
「オレはいいと思うぞ。不測の事態に対応するならそのくらいの気概が必要だ」
「ええ、そうですね。彼女の考えはシルヴァンさん、貴方にそっくりではないですか。」
サロモンさんは若干の皮肉と嫉妬が混じった声でそう言った。
「逃げる時は生き汚く、向かう時は討ち死に覚悟で。それでいて、討ち死に覚悟で向かったはずが、隙ができたらさらりと逃げる。意地汚く逃げてたはずが、さらりと相討ち覚悟で向かう。どっちつかずのうつけ者のようでありながらも、だからこそ突然の事態にもすぐに簡単に対応することが出来る。」
シルヴァンさんの戦い方を見たわけではないけど何故だか納得する言葉だった。
大将軍という誰もが羨む目標とする人物でありながら、二年も行方を晦ましていたようだし初めて会った時には大将軍の威厳など一切感じさせなかった。総大将が森から飛び出して来た時も迎え撃つのではなく即座に逃げを選び、暴走したというユーグにも生を説いていた。だけど、生に縋るだけで大将軍にまでなれるとは思えない。それに、彼の至る所についた創傷痕が何よりシルヴァンさんが敵と逃げずに戦って来た証であると示している。
「生に添い死に添う。それこそが私が行き着いた覚悟の形。女だろうが何だろうが私も矜恃を持って戦場に立つ覚悟がある。だから、ユーグ!貴方の憶測で女だからと嘗められたくない!!」
強い口調でそう言い切るとユーグは目を見開く。話の根源を忘れていたのかいきなり私からの宣言に瞬きをするも、直ぐに思い出したようで苦い顔に変わる。
「俺には未だあんたの言っていることは分からない。だけど、覚悟は伝わった。頭ごなしに否定して悪かった」
ユーグはそう言って頭を下げた。
それに今度は私が目を丸くしたが、彼はそれ程悪い人では無いのかもしれなとも思った。意見が衝突するしないは別だけど、彼の自分の非を認めれる強さは見習いたいものだ。
「御前にもいつか分かる日が来るさ」
「ちょっ、シルヴァン将軍辞めてくださいっ。俺はもうガキじゃないですよ」
シルヴァンさんはそう言ってユーグの頭をワシワシと撫でる。
恥ずかしそうに嫌がりながらも何処か嬉しそうな表情にシルヴァンさんとサロモンさんは笑っていた。
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