悪役令嬢はおっさんフェチ

茗裡

文字の大きさ
上 下
10 / 28

9. 汚っさん

しおりを挟む


茶色いモリゾー…でもなくって目の前の男はボサボサの前も後ろも伸び放題の髪に無精髭も首辺りまで伸びきって顔全体が覆われており、色褪せたケープを纏っている。
焦げ茶色と白が入り交じった髪の隙間から僅かに覗いた瞳が私と対面して大きく見開かれる。


「俺はさすらいの旅人ってところだな。で?ツッコミどころ満載の嬢ちゃんはこんな所で一人何してんだ?」


汚っさんと思しき男は未だ燃える第22連隊の五人を見ながら言外にコレは何だと尋ねてくる。


「……私はただのベラ。言っておくけど人肉を食べるつもりはないから安心してよ。ただ、仲間を弔ってるだけだから害する気が無いなら目の前から消えて」


男には害意がないようなのでダガーを下ろし警戒を解く。さすらいの旅人が何故こんな所にいるのかと思うものの今誰かと言葉を交わす気分では無い為とはいえ、思わず剣のある言い方になってしまった。
だが、男は特に害した様子も無くその場から動かずじっと私を見つめる。


「仲間を燃やすって随分と酷い供養の仕方じゃねぇか?」
「埋葬する方がよっぽど酷いと思う。この人たちはこの地で眠っていい人達じゃない」
「嬢ちゃんの言ってる意味がわかんねーな。だからって何でかつての仲間を燃やす必要がある」


この世界での主流は埋葬だ。
火葬という概念がないこの世界で死体を燃やすなど男にとっては俗なやり方以外の何者でも無いだろう。死者を愚弄しているとでも思われていそうだ。現に男のトーンが僅かに下がったような気がする。

「これはね、火葬っていうの。肉を燃やし骨まで燃やして灰にする。本来壺に入れてから埋葬するんだけど、彼等の灰は風に乗って皆が大切に思う人達の元に行けるようにするの」

私は男から視線を外し骨だけになった連隊の皆を見つめる。

「身体がこの地に埋まってると魂がこの場所から動けないといけないでしょ?魂なんて非科学的でただそう思い込みたい私のエゴなだけなんだけどね」

何故私は今さっき出会ったばかりの男にこんな話をしているのだろうか。
だけど、誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。皆を守ることが出来なかった悔恨が重くのしかかっていた。だから、涙も出なかったのだろうか。
自嘲交じり発する私の元へと男が歩み寄る。


「なるほどな。嬢ちゃんの発想を聞いてこいつ等も無事大切な人の元に行き着くだろうよ。こんなにも嬢ちゃんが仲間を想って弔ってるんだ」


そう言って男の大きな手が伸びる。
近付いて分かったがこの男もなかなかの長身だ。体躯はベーアンさんの方が幅はあるもののこの男も縦だと190cmはあるだろう。大きな手が頭部を撫でる。その撫で方は乱雑だけど、あまりにも大好きだったベーアンさんの撫で方に似ていて泣きそうになった。

「……っ、」


違う。

私は既に泣いていた。


「ガキが声押し殺して泣くもんじゃねぇよー。泣きたいなら泣け。声を出して喚いて内に秘めてるもん全っ部吐き出しちまえ」


分かっているつもりだったのに、それはあくまでも"つもり"でしかなかった。
悲しい、悔しい、辛い、苦しい、胸が痛い、……昨日笑い合っていた仲間が次の日には死ぬこの環境が…怖い。
だけど、それでも、私はこの戦場から逃げ出そうとは思わない。何故なのか…自分でも分からない。
初めは不純な動機からこの前線に来た。だけど、ベーアンさん達に出会えて今は見えない何かを追っている。確証は無いけどそんな気がするんだ。

気が付いたら私は男の羽織るケープを握り締めてわんわん泣いていた。
苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくてただただ悲しくて…声を上げることで胸の内の悲鳴を外に吐き出した。


「……泣き止んだか」


歩兵第22連隊の皆の骸が灰に変わり火の大きさも小さくなって漸く泣き止んだ私は鼻を啜った。


「臭い…離れて」

鼻を啜った際に鼻腔を掠めたのは浮浪臭。
私が泣き止むまでされるがままになってくれていたのも分かる、そばに居てくれたのも分かっている。本来であれば御礼を言うところなのだろうが…火葬も終盤の今人肉が焼ける嫌な臭いはあまりしなくなり目の前の汚っさんの浮浪臭が際立って思わず両手で男の身体を押し退けた。

「んなっ。このガキ、散々人の服鼻水塗れにしておいて臭いはないだろっ」
「いたっ、ひたいいひゃいいはい~~っ」


男は容赦なく私の頬を摘み左右に引っ張る。
口が裂けるかと思う程の痛みにまたちょっと涙目になって講義した。


「ごめんなさい」
「ほめんなはい…」


汚っさんは顔を寄せてリピートアフターミーとばかりに言葉を紡ぐ。男の言葉を繰り返せば「よし!」と言って漸く私の頬から手を離した。


「………ありがとう」


チラリと男のケープを見ると確かに私がつけたと思われる涙と鼻水で僅かに照らされる灯りでも分かるほどに変色しているようにもみえた。見ず知らずの人で彼にとってもたまたま居合わせた見ず知らずの女でしか無いのに黙って話を聞いて泣き止むまで付き添ってくれた。
男に対しての初めの頃の警戒心は今はもう無い。だけど、見ず知らずの人の前で人目もはばからず子供のように泣き叫んだ事が恥ずかしくて痛む頬を摩りながら小さな声でお礼を言った。


すると、男は髪が乱れる程にワシワシと私の頭を乱雑に撫でた。

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

引きこもりが乙女ゲームに転生したら

おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ すっかり引きこもりになってしまった 女子高生マナ ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎ 心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥ 転生したキャラが思いもよらぬ人物で-- 「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで 男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む これは人を信じることを諦めた少女 の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語

処理中です...