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第一章
1 日常の変化
しおりを挟むいったい何が起こったんや?
さっきまで自分の店にいて、いつものようにコーヒーを入れて常連さんらと話しながら楽しい一日を過ごしてたはずやのに……ちょっと目の前の状況がわからん……。
―― どこで間違ったんや? そんなことを考えながら、俺は今日の一日を思い返してみた。
◇◇◇◇
「ありがとうございました~」
「想くん、美味しかったよ! また来るね」
「おん、ありがとう。また来てや~」
常連さん達にお礼を言って、ぼちぼちと店仕舞いをする。
(あ~今日も一日楽しかったな~!)
この小さなカフェを始めてもう二年か……長かったような早かったような。
数年前、俺は一人で関西から東京に夢を追いかけて来た。だけど、その夢は叶わんくて……何の夢も希望もないまま一人腐ってた俺を拾ってくれたのは、このコーヒー店のマスターやった。
初めは右も左もなんも分からんかった俺に、コーヒーの淹れ方から接客、料理、それに社会人としての在り方など全てを教えてくれた。そして、隠居したマスターにこの店を任されてようやく独り立ち出来そうに軌道に乗ってきたのは最近や。……天涯孤独のマスターに本当の息子のように可愛がってもらって、ようやく恩返しができるって喜んでた矢先やった。
体調を崩して病院に行ったマスターはそのまますぐに空に旅立ったんや……病気なん俺に最後まで黙ってたんやて! 遺言書で言うとったわ! マスターのアホ!
しかも、俺がこの先一人でもやっていけるようにって、この店も全て俺名義に変更されてた……ホンマ恩返ししたくても、もう返せへん。
マスターが亡くなってからいっぱい泣いて、もうアカンと思ったけど、マスターの味を待っている常連さんも沢山いて、何よりも残してくれたこの店を守っていきたい! と思ったから俺も今まで頑張ることができていた……。
「ふふ、久しぶりに懐かしいこと思い出してもうたな」
閉店して静かな店内で一人呟きながら、最後のカップを拭き終わると棚へと片付ける。
~ カラン♪ ~
「あ、すいません。もう閉店してるんですけど……どちらさんですか?」
閉店したはずの店内のドアが開き、男性が入ってくる。でもっ、なんか見た目からしてどう見ても堅気では無い雰囲気やった……一体なんなんや?
「はあ? 客じゃない! てか、あんたが朝日向想だよな?」
「は、はい……」
いきなり名前を呼ばれ驚きと同時に恐怖を覚える。
(こ、怖い……怖い……どうしたらええんや?)
目の前がクラクラし出した時、ふと聞き覚えのある声が強面の男の後ろから聞こえてきた。
「想?」
「た、た、多部ちゃん?」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ~今日はちょっとお話があって来たんだよ」
強面の男の後ろからひょこっと顔を出したのは最近常連さんになってくれた多部ちゃんやった。さっきよりは少しホッと出来るんやけど……一体なにが起こってんねん。
「は、話って?」
「んとね、簡単に言うと想は借金の保証人になってるんだ? 俺達はその貸した会社の社員みたいなもの……まあ法外だけど、ふふふっ……びっくりさせてごめんね? あ、警察とか弁護士とかも相手にならないので逃げられないと思ってね」
多部ちゃんはそう言って、いつものような美しい笑顔を向ける。
「借金の……ほ、保証人? いや、そんな、借金なんてした記憶ないです!」
一生懸命勇気を振り絞って身の潔白を訴えるけど……
「いやいや、あんたに無くてもこっちにはこれがあるの!」
そう言って強面の男が見せてきたのは……借用書やった。
借主の名前には俺が夢を追っていた時に所属していた芸能事務所の社長の名前……そして保証人の欄には俺の名前が記入してあった。
(そんなはずはない!)
必死に記憶を辿ってみると……確か、あの時芸能事務所に所属してから契約書の類にサインをするように言われ、書いて、書いて、書きまくって……
(ま、まさかそん時に紛れてたんか?)
「記憶の中にあった?」
多部ちゃんが笑顔で聞いてくるけど、俺の心臓はバクバクと鳴り響いていた。
「……い、いくらあるんですか? その借金って!」
「んとね~五億かな。約二か月ほど前から借主が行方不明になって、俺達もいろいろと手は尽くしたんだけど見つからなくて……想のところに来たんだ。騙しててごめんね……? でも、想の淹れてくれるコーヒーに惚れて通ったのも本当だよ」
(……五億。五億!? どうあがいても無理や……)
「まあ、今日はとりあえずこのお知らせを伝えにきただけだから……あ、ちょっと失礼するね?」
多部ちゃんはそういうとポケットからスマホを取り出し誰かと電話し始めた。
「いや、今から? 嘘、明日って言ってた……はいはい、とりあえずわかりましたよ。連れて行きます」
神妙な面持ちで電話を切りこちらに向かってくると多部ちゃんは申し訳なさそうにこんなことを言った。
「はぁ……ごめんね。想には今から俺達と来てもらうことになった……(本当は隠したかったのに)だから一緒に来てね?」
「っ……マジっすか……ボスが」
多部ちゃんも強面の男も急に深刻な表情になり口数が減る。
「社長の決定に拒否権は誰にも無いからね? ……じゃあ行こうか」
訳が分からんままに店から連れ出されたんやけど、電話してから急に多部ちゃん達の態度が変わり、焦りの色が伺えた。
(まだまだやりたいこともいっぱいあったのに……)
小さな抵抗も虚しく両脇を抱えられ、黒塗りの高級車に放り込まれたのでそのまま店から連れ出された。
◇◇◇◇
そして今……
バカでかい屋敷の、これまたバカでかい応接室のような場所に連れてこられた。
ざっと周りを見渡せば、俺以外にも十人ぐらいの人達がいるけど……全員応接室の椅子ではなく床に座ってうつむいている。
しかも、周りには黒いスーツを着た強面の男性がたくさんいる。俺は恐怖で溢れ落ちそうになる涙を必死でこらえながらその中に座った。
(……怖い)
―― ガチャ ――
しばらくすると扉が開き、入口の方を見て黒スーツの男達が一斉に頭を下げる。
(誰か来たみたいやけど……なんやこれ……ひんやりとした空気が部屋中に纏わりついてて、怖くて顔を上げれへん)
床に一緒に座っている人達は、俺以上に皆ブルブルと震えたり、そこら中からからすすり泣く声がしていた。
なあ、なにが始まるんや?
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