溺愛コーヒーの淹れ方

茶山さく

文字の大きさ
上 下
5 / 44
第一章

1 日常の変化

しおりを挟む
 

 いったい何が起こったんや?

 さっきまで自分の店にいて、いつものようにコーヒーを入れて常連さんらと話しながら楽しい一日を過ごしてたはずやのに……ちょっと目の前の状況がわからん……。
 
 ―― どこで間違ったんや? そんなことを考えながら、俺は今日の一日を思い返してみた。

◇◇◇◇

「ありがとうございました~」
そうくん、美味しかったよ! また来るね」
「おん、ありがとう。また来てや~」
 常連さん達にお礼を言って、ぼちぼちと店仕舞いをする。
(あ~今日も一日楽しかったな~!)
 この小さなカフェを始めてもう二年か……長かったような早かったような。
 数年前、俺は一人で関西から東京に夢を追いかけて来た。だけど、その夢は叶わんくて……何の夢も希望もないまま一人腐ってた俺を拾ってくれたのは、このコーヒー店のマスターやった。
 初めは右も左もなんも分からんかった俺に、コーヒーの淹れ方から接客、料理、それに社会人としての在り方など全てを教えてくれた。そして、隠居したマスターにこの店を任されてようやく独り立ち出来そうに軌道に乗ってきたのは最近や。……天涯孤独のマスターに本当の息子のように可愛がってもらって、ようやく恩返しができるって喜んでた矢先やった。

 体調を崩して病院に行ったマスターはそのまますぐに空に旅立ったんや……病気なん俺に最後まで黙ってたんやて! 遺言書で言うとったわ! マスターのアホ!

 しかも、俺がこの先一人でもやっていけるようにって、この店も全て俺名義に変更されてた……ホンマ恩返ししたくても、もう返せへん。
 マスターが亡くなってからいっぱい泣いて、もうアカンと思ったけど、マスターの味を待っている常連さんも沢山いて、何よりも残してくれたこの店を守っていきたい! と思ったから俺も今まで頑張ることができていた……。

「ふふ、久しぶりに懐かしいこと思い出してもうたな」
 閉店して静かな店内で一人呟きながら、最後のカップを拭き終わると棚へと片付ける。

 ~ カラン♪ ~

「あ、すいません。もう閉店してるんですけど……どちらさんですか?」
 閉店したはずの店内のドアが開き、男性が入ってくる。でもっ、なんか見た目からしてどう見ても堅気では無い雰囲気やった……一体なんなんや?
「はあ? 客じゃない! てか、あんたが朝日向想あさひなそうだよな?」
「は、はい……」
 いきなり名前を呼ばれ驚きと同時に恐怖を覚える。
(こ、怖い……怖い……どうしたらええんや?)
 目の前がクラクラし出した時、ふと聞き覚えのある声が強面の男の後ろから聞こえてきた。
「想?」
「た、た、多部ちゃん?」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ~今日はちょっとお話があって来たんだよ」
 強面の男の後ろからひょこっと顔を出したのは最近常連さんになってくれた多部ちゃんやった。さっきよりは少しホッと出来るんやけど……一体なにが起こってんねん。

「は、話って?」
「んとね、簡単に言うと想は借金の保証人になってるんだ? 俺達はその貸した会社の社員みたいなもの……まあ法外だけど、ふふふっ……びっくりさせてごめんね? あ、警察とか弁護士とかも相手にならないので逃げられないと思ってね」
 多部ちゃんはそう言って、いつものような美しい笑顔を向ける。
「借金の……ほ、保証人? いや、そんな、借金なんてした記憶ないです!」
 一生懸命勇気を振り絞って身の潔白を訴えるけど……
「いやいや、あんたに無くてもこっちにはこれがあるの!」
 そう言って強面の男が見せてきたのは……借用書やった。
 借主の名前には俺が夢を追っていた時に所属していた芸能事務所の社長の名前……そして保証人の欄には俺の名前が記入してあった。
(そんなはずはない!)
 必死に記憶を辿ってみると……確か、あの時芸能事務所に所属してから契約書のたぐいにサインをするように言われ、書いて、書いて、書きまくって……
(ま、まさかそん時に紛れてたんか?)

「記憶の中にあった?」
 多部ちゃんが笑顔で聞いてくるけど、俺の心臓はバクバクと鳴り響いていた。
「……い、いくらあるんですか? その借金って!」
「んとね~五億かな。約二か月ほど前から借主が行方不明になって、俺達もいろいろと手は尽くしたんだけど見つからなくて……想のところに来たんだ。騙しててごめんね……? でも、想の淹れてくれるコーヒーに惚れて通ったのも本当だよ」
(……五億。五億!? どうあがいても無理や……)

「まあ、今日はとりあえずこのお知らせを伝えにきただけだから……あ、ちょっと失礼するね?」
 多部ちゃんはそういうとポケットからスマホを取り出し誰かと電話し始めた。
「いや、今から? 嘘、明日って言ってた……はいはい、とりあえずわかりましたよ。連れて行きます」
 神妙な面持ちで電話を切りこちらに向かってくると多部ちゃんは申し訳なさそうにこんなことを言った。
「はぁ……ごめんね。想には今から俺達と来てもらうことになった……(本当は隠したかったのに)だから一緒に来てね?」
「っ……マジっすか……ボスが」
 多部ちゃんも強面の男も急に深刻な表情になり口数が減る。
「社長の決定に拒否権は誰にも無いからね? ……じゃあ行こうか」
 訳が分からんままに店から連れ出されたんやけど、電話してから急に多部ちゃん達の態度が変わり、焦りの色が伺えた。
(まだまだやりたいこともいっぱいあったのに……)
 
 小さな抵抗も虚しく両脇を抱えられ、黒塗りの高級車に放り込まれたのでそのまま店から連れ出された。

◇◇◇◇

 そして今……
 
 バカでかい屋敷の、これまたバカでかい応接室のような場所に連れてこられた。
 ざっと周りを見渡せば、俺以外にも十人ぐらいの人達がいるけど……全員応接室の椅子ではなく床に座ってうつむいている。
 しかも、周りには黒いスーツを着た強面の男性がたくさんいる。俺は恐怖で溢れ落ちそうになる涙を必死でこらえながらその中に座った。

 

 (……怖い)

 ―― ガチャ ――
 
 しばらくすると扉が開き、入口の方を見て黒スーツの男達が一斉に頭を下げる。
(誰か来たみたいやけど……なんやこれ……ひんやりとした空気が部屋中に纏わりついてて、怖くて顔を上げれへん)
 床に一緒に座っている人達は、俺以上に皆ブルブルと震えたり、そこら中からからすすり泣く声がしていた。
  
  

 なあ、なにが始まるんや?

    
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

短編集

田原摩耶
BL
地雷ない人向け

未経験でも出来ますか?

七々虹海
BL
両親が事故で死んでしまった。 俺、島野瑞希。残されたのは多額の借金。 借金を返せとやってきてのは、高校時代の同級生…鈴木遼一で。 借金返済の為に男性向けソープで働けって……それってなに? 瑞希と遼一、視点が変わる時はページを変えていきます。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...