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永遠の春
しおりを挟む雨を嫌う花の精霊。一雫の蜜に心打たれる光の精霊。
花と光の恋が、天と地上を直線に結ぶ光の道を築き上げた。永遠に途切れない光の笑い声。陽に揺れる花の微笑み。終わらぬ春の陽気にまどろむ生物たち。
降り続ける無限の光に雨雲が離れていく。一定の春の光に眠り続ける夏。訪れない雨に激怒した水の精霊たち。やがて起こる戦いに勝敗の目処は付かない。
森の木々の騒めき。風の精霊の噂話。
黒い帽子に黒いローブ。果ての魔女ロマはハーブティーのカップを揺らした。夏に囁きかける魔女。永遠の春に沈黙する夏。微笑むロマの赤い唇。ハーブティーを床に零した魔女は、時を呼んだ。
「よい、香りだ」
「冬のハーブさ、それで最後なんだ」
「そうか、だが、時間は、動かせない」
「じゃあ、夏を起こすとするかね」
動かない時に、ため息をつくロマ。立ち上がった魔女の背後に流れていく世界。
水の精霊は唸った。天と地を結ぶ光の道に手が出せないのだ。天から降り続ける光に無謀な突撃を繰り返す水の精霊は、徐々に、川の本拠地に後退していった。
嘲笑う光の精霊。光を抱く鮮やかな花。ロマは音もなく一輪の花を摘むと、甘い匂いを味わった。
悲鳴を上げる花の精霊。光の精霊の怒鳴り声。人の姿の黒い魔女は、精霊の声など聞こえないかのように、世界を埋め尽くす花畑を闊歩する。
精霊の世界の時の流れ。途方もない時間の果てに変わった世界。永遠の春にまどろんだ生物たちを失った大地。氷のない海に漂う海藻の山。酸素の豊富な地上で巨大な虫たちが樹液を求めた。終わらない陽気に毛皮のない肉食獣が狩りを始める。
川岸に立つ黒い魔女。ロマは暖かい水を片手にすくうと、口に含んだ。
「悪くないね」
微笑むロマ。魔女を無視する水の精霊は、光の道に突撃を繰り返す。
ロマは人差し指を伸ばした。細長い指の先を川に浸すと、水の流れが止まる。驚いた水の精霊たち。魔女の周りを飛び回ると、抗議を始める。
「お前ら全員、真上に飛びな」
ロマの囁き。人の姿をした魔女の低い声に、戸惑う水の精霊。
「真上さ、空でジッとしてるんだ、全員ね。光の道を見ながらさ」
空気を震わせないロマの声。怯えた水の精霊たちは、おずおずと、流れのない川の真上に浮かんでいった。
深く愛し合う光と花。うっとりと空を見上げた花は声を失った。七色の橋が光の道に重なっていたのだ。
鮮やかな青。真紅に混ざる黄色。緑の壁に遮られる光。
激怒した光の精霊。天から降り注ぐ光は、道を遮る虹に突撃する。だが、近づくと消える七色の壁。代わりに現れる水の精霊に、構わず突進する光。両者が打つかる刹那、突如として光の進路が変わった。
唖然とする光の精霊。直線の道で真っ直ぐ前に進めない光は、進むべき道を見失う。天と地を繋ぐ光の道の崩壊が始まった。少しずつ壊れていく道に、花の精霊は目を瞑る。
歓喜する水の精霊。天を覆っていく雨雲。地上を濡らす雨が、夏を呼び起こす。
暑い夏の到来に戸惑う春の動植物。やがて訪れる冷たい風に、多くの生物が死んでいった。
極寒の季節。長い眠りから目覚めた冬は全てを凍らせていく。
吹雪の中、ロマは冬に咲くハーブを探した。
「ないねぇ」
全てが変わった後の世界。赤い唇を歪めるロマ。
黒いローブを翻す果ての魔女は、全てが変わる前の世界に一歩足を踏み出した。
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