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夜祭りよりもコーヒーを
しおりを挟む春の夜祭り。屋台から漏れる光。川沿いの道は明るい。
西山五郎は騒がしい祭りの人混みを掻き分けるようにして、ズンズンと前に進んだ。その大きな背中に隠れるように、三谷楓はトコトコ歩く。
寒いなぁ……。
楓は着物の薄い袖を撫でた。昼間の暖かさが嘘のように空気が冷え切っている。もっと着込んでくれば良かったと後悔した。
「なぁ、三谷? もしかしてアイツら帰ったんじゃねーか?」
人混みを抜けた五朗は、河原の緩いロープ柵に寄り掛かって楓を振り返った。背の高い五朗は、腰を落としても楓を見下ろす形になる。
「うーん、どうだろうねぇ?」
楓は腕を組んで河原を見た。欠けた月が穏やかな水面で揺れている。
暫しの静寂。楓は横目でちらりと五朗の顔を見上げた。五朗は短い髪を掻きながら、アイフォンの画面を眺めている。薄手のシャツから伸びる腕が太い。
寒くないのか?
楓は呆れたように目を細めた。口から漏れる息が微かに白い。
「ダメだ、シンジもタケルも、電話にでねぇよ」
「そっか」
「クミちゃんはどうなんだ?」
楓は細い首を横に振る。五郎はため息をつくとポケットにアイフォンを仕舞った。そして、逸れた友達を探すように祭りの喧騒を眺めた。楓は白い息を吐きながら五朗の隣に座り込む。空を見上げると澄み切った夜空が見えた。瞬く星々。光の隙間に広がる寒々とした空間。欠けた月の間の宇宙。
何でかなぁ……。
楓は親友のクミに、祭りの夜に居なくなるよう頼み込んでいた。奥手なのか鈍感なのか、想いが中々通じないゴリラ男。この夜に落としてやろうとほくそ笑んでいた楓だった。だが、せっかく計画通りに事が進んでいるにも関わらず、ロマンチックな雰囲気にはならない。予想外の寒さ。先ほどから楓は、暖かい部屋でコーヒーを飲む妄想ばかりを繰り返していた。むしろ五朗のせいで帰れないと、彼を重荷にすら感じ始めている始末だった。
恋の芽も、この寒さじゃ土の中に引きこもっちゃうよね……。
楓は自嘲気味に笑った。風が吹き、体の芯が震える。
「なぁ、寒くないか?」
五郎の声が頭上に響く。楓はしゃがみ込んだまま頷いた。
「うん、ちょっと……」
「やっぱり寒いよな、今日」
「えっ?」
楓は顔を上げた。五朗は太い腕で厚い胸板を抱きながら白い息を吹いている。半袖の裾は千切れそうなくらいに引っ張られていた。
「あれ? 西山くんも寒いの?」
「そりゃあ、寒いさ。この格好で寒くなかったらバカだよ」
「……いや、その格好の時点でバカでしょ」
楓の呆れ声に、五朗は声を上げて笑った。寒さを吹き飛ばすような豪快な笑い声。恋の芽がほんの僅かに顔を出す。
「なぁ、寒すぎてアイツら探す気にもならねーし、どっか入ろうぜ?」
「どっかって?」
「ファミレスとかさ。なんか、あったかいのが飲みてぇ」
「祭りの夜にファミレスって……」
「はは、皆んな祭りに来てるから、きっとガラガラだ」
「ふーん、確かにそうかもね?」
楓は微笑んだ。頬がほんのり赤く染まる。五朗は「よっしゃ」と笑うと、楓の目の前に大きな手を差し出した。
ロマンスのカケラも無いわね。
楓はやれやれとため息をついて、その手を掴んだ。
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