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泡の季節
しおりを挟む春先の動物園は閑散としていた。
暖かな日差しは心地よかったが、まだ風が少し冷たい。
北村穂乃果と谷本新太は手を繋いで、地元の動物園を歩いていた。穂乃果は先程からムスッとしている。新太は手に汗をかきながら、気まずそうに動物たちを眺めていた。
「ほら、シロテテナガザルだってさ。かわいいよ」
新太は足を開いて気持ちよさそうに日向ぼっこしている猿を指さした。穂乃果は「そう」と興味無さそうに呟く。
まずは彼女の服装を褒めるところからでしょ。淡いピンクのモヘアニットに白のフレアスカートを合わせた穂乃果は、春をイメージしていた。だが新太にファッションなど分からない。ただ可愛いなという感想しか湧いてこず、待ち合わせから此れまで穂乃果の服装には触れなかった。
二人が手を繋いでいたのも、穂乃果の「ねぇ、寒い」という言葉からだった。普通は男の方から積極的にくるべきじゃない?
二人が付き合い始めて三ヶ月が立っていた。その間に穂乃果は彼氏への不満が少しづつ溜まっていた。
「そろそろお昼にしない?」
新太はお腹を押さえて照れたように笑った。穂乃果はコクリと頷く。
昼飯は穂乃果の作ったサンドイッチだった。陽の当たるベンチの周りは静かで、新太の「美味い!美味い!」という声が辺りに響いた。
こういう素直なところは可愛いのに。穂乃果は「そう、よかった」と少し微笑む。新太は嬉しそうに顔を赤らめた。
何処からかシャボン玉が飛んできた。陽光で色を変える薄い泡は、地面や柵に当たりパッと消えていった。
「春ってシャボン玉の季節だよな」
新太は飛んでくるシャボン玉の一つを手に乗せた。すぐにパチンと弾ける。
「そうなんだ、何でなの?」
「いや、よく見るから。何かそんなイメージ」
「ふーん、確かにそうかも」
シャボン玉の季節か。穂乃果は生まれては消えていく儚い泡たちが恋と似ているなと思った。
「シャボン玉って何か悲しいよね」
「えっ、どうして?」
「だってすぐに消えちゃうじゃん」
「そうかな?」
やっぱり新太とは合わないな。穂乃果はため息をついた。
「じゃあさ、写真に撮ろう!」
新太はにっと笑うと、バックから写真を取り出した。
「写真?」
「そ! 写真に撮れば何時迄も消えずに残るよ!」
新太は写真を構えた。
へぇ、たまには良いこと言うじゃん。
穂乃果は微笑んでピースした。
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