王子の苦悩

忍野木しか

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第三章

黒幕は

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「それでどうだ、進捗状況は」
「これといって何も。やはり彼女は見当たりません」
「であるならば、どうして例年のように行方不明者が出た」
「分かりません。もしかすると彼女は魂のみで彷徨っているのかもしれません」
「はっはっは、なるほど、亡霊があの校舎に人を導いていると。……おい、まさかお前は自分の役目を分かっていないのか」
「いいえ」
「ならば俺を失望させるな。あの学会を創り上げた意味すら無くしてしまうつもりか」
「申し訳ございません」
「……相変わらず腹が立つ野郎だな。その不熱心な表情を何とかする努力をしてみろ」
「はい」
「まぁいい、とにかくお前はあの学校から離れるな。俺はすぼらしい恩師の背中を撫でにいかねばならん」
「はい」
「いいか、もう一度だけ言っておくが、俺を失望させるような真似だけはするなよ」
「はい、小野寺さん」
「まったく、お前はいつまでも気色悪い根暗野郎のままだな──」


 シダレヤナギの青葉が校庭を撫でる。
 曇り空の下の旧校舎裏は普段よりも陰鬱としており、花壇の土の匂いが生ぬるい風に運ばれてくる。
 生徒会書記の徳山吾郎は先ほどから不安げな表情で、パナマハットを被った老人と、シダレヤナギの幹に目を細める白髪の老女の動向を見守っていた。
「やはりここにはもう何もおらん」
 姫宮詩乃のその声は悲嘆に暮れているようだった。戸田和夫は何も言わず、ただ彼はパナマハットのフロントに手を置いたままヤナギの青葉を眺めている。そんな老人たちから視線を逸らした徳山吾郎は、まるで隠れるかのようにして背後に立ち竦んでいた小田信長をチラリと振り返ると、焦ったように辺りを見渡した。面識のない老人たちの植物観察に付き合っている暇などなかったのだ。一刻も早く睦月花子と連絡を付けなければならなかった。
 バイクのエンジン音が曇り空に響き渡る。体育館の壁を挟んだ正面玄関の方からだ。
 おや、と前を向いた吾郎は、シダレヤナギの青葉に見え隠れする渡り廊下の向こうにジッと目を細めた。校舎と体育館を繋ぐ廊下と言えば聞こえはいいが、実際にはただ簡易な屋根の下にすのこ板が敷いてあるのみであり、グラウンドの様子は旧校舎裏から安易に伺えたのだ。
「ええ……?」
 吾郎は素っ頓狂な声を上げた。空気を細かく爆発させたような低い排気音が消えた後、奇妙な格好をした二人組がグラウンドを横切っていったのだ。パープルピンクの髪を逆立たせた特攻服姿の男が、白い患者衣を着た包帯だらけの男の肩を支えている。その二人が誰なのかすぐに分かった吾郎は、もしやこれも彼女の描いたストーリーの一部なのでは、と勝手な想像に背筋を凍り付かせながら、焦ったように暴走集団“火龍炎”のメンバーである二人の元に駆け寄っていった。
「き、君たち……!」
「あ?」
 大野蓮也の眉間に皺が寄る。何やら重傷らしい長谷部幸平の肩を支える彼は気が立っている様子だった。吾郎は怯むも、胸を張ると、黒縁メガネのブリッジに中指を当てた。
「ここにいったい何のようだね?」
「何のようって、ただ学校に来ただけだべ」
「ほぉ、君たちのような輩が夏休みの学校にただやって来ただけだと」
「テメェ、そりゃどういう意味だ」
 獣が唸るような低い声だ。
 吾郎はガクガクと足を震わせてしまい、それでも彼は顔を伏せることなく、また犬が“お手”をするような姿勢でファイティングポーズをとった。
「ちょっと待ってよ蓮也、徳山くんも、僕たちはただ花子さんを探しにここにやって来ただけなんだ」
「花子くんを……?」
「そう。徳山くんって花子さんと割と仲よかったでしょ? 実は僕たちかなり急いでて、花子さんの居場所とか知らないかな?」
「いいや、知らない。実は僕も花子くんのことを探していてね……。ああ、もしかすると、いいやおそらくは、君たちの急な要件とやらは僕の要件と重なっている部分があるかもしれない」
 気が付けば姫宮詩乃の鷹のような目がこちらを見据えていた。戸田和夫も興味深げな表情で二人の会話に耳を傾けており、彼らの背後に隠れていた小田信長は、特攻服姿の不良たちに比べればまだ異様な雰囲気の老人たちの方が幾分か安心できると思っているようだった。
「うーん、流石に僕たちの要件と君の要件が重なるようなことはないと思うけど……。まぁいいや、僕たちは本当の本当に急いでるからさ、徳山くんも生徒会のお仕事頑張ってね」
 そう言った長谷部幸平は校舎を見上げると唇を結んだ。どうかここに居てくださいと祈るように。だが、徳山吾郎の次の言葉に長谷部幸平は唖然として唇を大きく開いてしまった。
「麗奈さん、いや、吉田障子くんに関わる要件ではないのかね?」
「は……?」
「君たちの抗争を裏で操っている彼を、僕は止めなければならないんだ」
 暫し呆然と口を開けていた長谷部幸平はゆっくりと目を細めていくと、唇に指を当てた。強い警戒心を抱いたのだ。今回の抗争において異質な存在だった吉田障子のことを、暴走族とは全くの無縁とも言える生徒会書記の徳山吾郎が知っていた。あまりにも不自然な話である。もしかしなくとも二人の間には何らかの繋がりがあったのだろうと、そんな警戒心を抱いた長谷部幸平は冷たい表情で声を低くした。
「君は何を知ってるの?」
「た、頼むからそんな怖い顔をしないでおくれ……。詳しいことは、うん、僕にもよく分からないんだ……。ただ、吉田障子くんが暴走族の抗争に関わっていることは聞き知っていて──ほら、僕ってこれでも生徒会のメンバーだから、色々と相談事が届くんだよ。はは、全く迷惑千万な話さ……。ええっと、それで僕は彼女、いや、そんな暴走族同士の抗争を止められるような人物は花子くんをおいて他にいないだろうと信じていてね、だから花子くんを必死に探している最中にあるんだよ」
「ふーん」
 長谷部幸平は目を細めたまま唇を撫でた。まだ警戒している様子で、目の色が異様に冷たい。徳山吾郎は冷や汗を掻きながらも視線だけは下げまいと胸を張り続けた。
「おーいちょっと待つべ、お前ら何の話してんだ? 吉田障子っていったい誰のことだべ?」
「吉田障子は“苦獰天”のメンバーの一人だよ。この学校の一年生で、もしかするとこの抗争を裏で操っているのが彼かもしれないんだ」
「な、なんだってぇ……?」
 大野蓮也は目をくるりと丸めてしまった。そんな親友に微笑んだ幸平は肩の力を抜くと唇から指を離した。
「もちろん吉田くんが黒幕なんて話はありえないと思ってるよ。それは彼がまだ一年生だからとかじゃなくて……うーんとね、まぁ色々と理由はあるんだけど、彼が黒幕だとどうしても辻褄が合わないんだ。それでもやっぱりこの抗争において彼の存在は異質でね、そこの徳山くんみたいに彼が黒幕じゃないかって疑ってる人もごく少数だけどいるらしい。まぁ僕としては、暴走族とは全くの無縁であるはずの徳山くんが、どうしてそこまで僕たちの抗争について詳しく知っているのか、興味が尽きないわけだけども」
「はは……。いやはや僕自身も僕のあまりのお人好しぶりに大いに困らされてしまっているわけでね……。ああ、ところで長谷部くん、君は抗争が裏で操られていることに気が付いているような口ぶりだったけど、それが吉田くんではないと断言していたよね。ではいったい誰が黒幕だと思っているのかね?」
「それを君に教える意味はないと思うけど」
「大いにあるさ。吉田くんはおそらくその彼に全ての罪を擦り付けようとしているんだ」
「まさか……」
 幸平は再び唇を手で覆い隠した。まさかそれはあり得ないと。キザキの方が吉田障子に全責任を押し付けようとしている可能性ならば考えられるが、その逆は考えられない。だが、そもそも自分の仮説自体が想像に近いもので、キザキの実像も、吉田障子という後輩の人物像も、幸平には掴めていなかったのだ。ここは一先ず徳山吾郎と情報交換をしておいた方が良さそうだと、そう思った幸平は口を開いた。
「黒幕はおそらくキザキという男だと、僕は考えている」
「キザキ?」
「ああ、そいつは都市伝説に近いような男で……」
「キザキじゃと?」
 二人の会話を遮るように戸田和夫はパナマハットのトップを押さえた。小田信長は相変わらず彼の背後で肩を丸めており、白い着物姿の姫宮詩乃はグラウンドで汗を流す生徒たちに向かって鷹のような目を細めている。
「ええっと、どなたでしょう……?」
 幸平は困惑したように眉を顰めた。先ほどから気になってはいたが、まさか話しかけてくるとは思いもしなかったのだ。
「我のことなどどうでもよい、そんな事よりもお主らの話じゃ。先ほどからお主らが口にしておった“吉田”という名には聞き覚えがあった。おそらくはムーンレディ、いや、三原麗奈という娘と入れ替わってしまっているという少年じゃろうて。苗字、年齢、そして何より学校が一致しておる」
「ええっ?」
 老人が口にした三原麗奈という名前に徳山吾郎の方が飛び上がってしまう。戸田和夫は話を止めると、彼の黒縁メガネの奥を覗き込むように腰を落とした。
「なんじゃメガネボーイよ。もしや吉田という少年と麗奈という娘の魂が入れ替わっておるらしいことを、お主は既に知っておったのか」
「いっ、ええっ……? いえいえいえ、はて、いったい何の話やら……? そ、そんな事よりも、そのキザキとかいう黒幕の話を、ぜひお聞かせ願いたい……!」
「ふっ、まぁええわい。キザキとは衆議院議員小野寺文久の渾名じゃ。これが本当に嫌な奴でのぉ、まるで蛇とライオンを重ね合わせたような男なんじゃが、心霊学会の手綱は奴が握っておるのじゃよ。それで先ほどのお主らの、キザキが黒幕だという話がどうにも気になってしまってな」
 今度は長谷部幸平の体が飛び上がってしまう。まさかキザキが心霊学会を裏で操っていたとは。まさかキザキが国会議員だったなんて。いいやそんな事は万が一にもあり得ない。しこたま蹴られ殴られた体に鈍い痛みを感じながら、幸平は、そもそもキザキなんてよくある苗字ではないかと肩の力を抜いた。
「いいえ、たぶんアナタのそれは別の方です。僕の知るキザキは心霊学会を潰そうとするような悪党ですし、情報屋のキザキが国会議員の小野寺文久なんてことは絶対にあり得ません」
「ふむ、小野寺文久も立派な悪党なんじゃがの……まぁ我の視点からではあるが。それよりもお主の言うキザキとやら、その心霊学会を潰そうとしているとかいう者の名前は何じゃて?」
「ええっと、実は名前までは知らなくって……。そもそもキザキが本名なのかどうかすらも不明で、顔を見たことがあるという人にもまだ出会ったことがないんです」
「なんじゃ顔も知らんのか。確かに其奴は都市伝説のような男じゃの」
「はい」
「あの、ちょっとすいません。実は僕たちには火急の用事がありまして、早く本題に入りたいのですが……」
 徳山吾郎は焦ったような表情で周囲を見渡した。睦月花子の行方は依然として掴めず、これ以上探し回っても仕方がないのかもしれない。だが、それでもやれるだけの事はやっておきたかった。その為には情報が不可欠であり、吾郎にとってはキザキが誰かなどという話はどうでもよかったのだ。
「なんじゃその本題とやらは」
「吉田障子くんの話です」
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