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第一章
迷い込んだ人
しおりを挟む新聞部に依頼した広報誌の確認を終えた生徒会副会長の宮田風香は、意見箱の投書の対応に取り掛かった。グラウンドを揺らす野球部の掛け声。時折、生徒会室の前を通る生徒の足音。
一通り投書に目を通した風花は、文化祭関連の書類をまとめている生徒会長の足田太志に挨拶をして、生徒会室を出る。静かな図書室。暗い資料室。一階に下りた風花は保健室を覗いた。
「こんにちは、先生、あの……」
「ああ、宮田さん。吉田くんなら、ついさっき帰ったわよ」
「そうでしたか、先生、どうもありがとうございました」
「いえいえ」
保健室の藤元恵美の笑顔。笑顔を返して頭を下げた風花は鼻の上でズレた縁なしのメガネを掛けなおした。前髪を耳にかけると、風花はもう一度頭を下げる。保健室を出た彼女は、それでもまだ心に残るわだかまった気持ちを抑えられず、吉田障子のいる1年B組を訪ねてみることにした。
二階の窓から見える曇り空。教室に残る数人の生徒。廊下から1年B組を覗き込んだ風花は短い髪の男子生徒に微笑み掛けた。
「こんにちは、生徒会副会長の宮田風花です」
「こんちわっす、どうかしたんですか?」
「吉田障子くんって、もう帰ったのかな?」
「吉田ですか、えっと……鞄があるから、まだ、帰ってないと思いますよ?」
「えっ」
教室の窓際に目をやる男子生徒。てっきり障子が帰ったものだと思い込んでいた風花は、驚いて男子生徒の視線の後を追った。
「先輩、どうかしたんですか?」
「ええっとね、昼休みにね、吉田くんが廊下で蹲ってたから保健室まで連れていったのだけれど、その、彼の様子が少し心配だったから、帰る前に挨拶しておこうかと思ったの……」
「ああ、吉田の奴、何だか朝から様子が変でしたもん」
「そ、そうなの? 大丈夫かしら……」
「さぁ、大丈夫じゃないですか?」
特に興味がないのか欠伸を噛み殺すように口を紡いだ男子生徒は大きく腕を伸ばした。
「その、君、吉田くんが行きそうな所って知らない? 図書館とか?」
「うーん、あ、もしかしたら理科室かも」
「理科室?」
首を傾げた風花は前髪のピンの位置を指で直した。男子生徒は何か失言をしてしまったかのように眉を持ち上げて広いおでこに皺を寄せると、明後日の方向に視線を泳がしていった。
「えっとぉ……」
「何で理科室? あそこって放課後、超自然現象研究部の不良たちが屯ろしている所じゃないの?」
「く、詳しいっすね……」
「ねぇ、どうしてなの? まさか、吉田くん、あんな部活に興味があるっていうの?」
「さ、さぁ、どうなんすかね?」
「と、止めないと! ありがとね、君」
ギュッと彼の手を握り締めた風花は頭を下げる。そうして1年B組に背を向けた風花は理科室を目指して足を急がせた。風花の柔らかな手の感触にドギマギとしていた男子生徒は、走り去る風花の背中を見送ると、やってしまったと言わんばかりの表情で広いおでこに手を当てた。
あんな部活と関わってはいけないわよ、吉田くん……。
吉田障子の弱々しい背中。その震えを思い出した風花の足が更に速くなる。
もしかしたら何か別の理由で理科室に向かっているのかもしれない……。
そう考えた風花はギュッと指に力を込めた。後輩を想う使命感と焦燥感が彼女の中を渦巻く。
階段を駆け下りた風花は正面玄関を横切って校舎の端に向かった。一歩進む毎に遠ざかっていくグラウンドの声。徐々に暗くなる曇り空。静寂に包まれる校舎。
周囲の異変に不審なものを感じた風花は一階の廊下で立ち止まるとキョロキョロと辺りを見渡した。薄明かりの窓辺。黒く染まっていく廊下。暗闇にうっすらと届く窓の外の街灯の光。
ど、どうして……?
突然迷い込んだ夜の学校に、風花は言葉を失った。後ずさるようにして廊下の壁に背中を預けた彼女は、ポケットから携帯を取り出して電源を入れる。
し、深夜0時……?
携帯の画面に記された表示に絶句した風花の思考が止まる。その場にへたり込みそうになった彼女の耳に誰かの絶叫が木霊した。
こ、怖い……。怖い……。
訳が分からず風花は廊下に蹲ったまま目を瞑る。その震える肩を抱くようにして、誰かの細い腕が彼女の身体を覆った。
「君、大丈夫?」
「ひっ……だ、誰ですか……?」
「立てる?」
「は、はい……」
何とか立ち上がった風花は小刻みに震える膝の動きにまた倒れそうになった。そんな彼女の体を長い黒髪の女生徒が優しく支える。その大きな目で風花の瞳を覗き込んだ女生徒は、ニッコリと眩しい微笑みをみせると、宝石のように赤い唇を縦に開いた。
「もしかして、副会長さん?」
「は、はい……」
「わぁ、良かった! ちょうど今、生徒会メンバーを探してた所なんだよ!」
「は、はぁ……」
「あたしね、王子様研究部を作りたいの!」
「……えっと?」
夜の校舎には音が無かった。まるでこの世から人が消え去ってしまったかのような異様な静寂である。黒い廊下の向こうに終わりは見えない。今にも体が闇の底に沈んでいってしまいそうな、そんな絶望感にも似た感覚に風花は震え続けた。
だが、そんな果てしない暗闇の中でも、目の前の女生徒の瞳は真夏の太陽のような眩い光を放っているのだった。
恐怖と混乱に震える風花は一筋の光に縋り付くような想いで、目の前の女生徒の整った顔を見上げた。
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