12 / 257
第一章
舞台の夢を見て
しおりを挟む舞台の上の白い衣装の煌めき。体育館の粗い床に並べられた低い木の椅子。
繰り返される夢が加速する。音の無い世界に語られる美しいストーリー。黒い制服の女生徒たちの動かない視線。障子は、延々と続く演劇に、熱の無い涙を流し続けた。知らないはずの物語。シェイクスピアの戯曲。
「──」
「──」
音を忘れた生徒の声。忘れた顔に浮かべる笑顔。
「──」
「──」
障子は楽しかった。彼女は生まれて初めて夢を見た気がした。明るい未来への希望。将来に対する強い想い。いつか叶うと信じる夢。
「──……」
「──……」
無音に微かな揺れが混ざる。水の底の振動に障子は首を傾げた。
「──……じ……」
「──……」
「……うじ……て……」
「……」
「……おうじ、……みて……」
「……え?」
「……王子、前を見て」
忘れかけていた音。空気が伝える信号。夢を壊す雑音。
振り返った障子の瞳に長い髪の女生徒の笑顔が映った。ヤナギの枝のように揺れる黒髪。大きな瞳に掛かる長いまつ毛に障子は違和感を覚える。
「……あの、誰ですか?」
「王子、前を見て」
「……前? 劇?」
「劇は後ろよ。前を向いて、王子」
「どういう意味?」
「過去は過去ってことだよ」
瞳の奥の光。艶やかな細い髪を無造作に下ろした女生徒の異様に赤い唇。
障子は怖くなった。雲よりも白いセーラー服。ふわりと風に浮かぶ長い髪。磨かれた爪の薄いピンク。漂うフローラルノートは、現実のものとは思えないほどに甘く強い。
「あ、貴方は、お化け?」
障子は唇を震わせた。黒いセーラー服の裾をギュッと握ると、長い髪の女生徒を上目遣いに睨む。
「ふふ、あはは。そっか、どのアナタも、あたしをお化けだと疑うんだね?」
「お化けなの、ですか? 私を、どうしたいの?」
「お化けじゃないよ、アナタもあたしも現実なの。思い出せないなら、王子、ほら、立ち上がって」
「ごめんなさい、貴方が何を言っているのか、分かりません。どうか、どうか安らかにお眠りください……」
障子は震える手を合わせた。熱のない手のひら。目を瞑った彼女は神への祈りの言葉を唱え始める。
長い髪の女生徒は青白い顔をして笑った。僅かに乱れた呼吸。音のない咳をした女生徒の白い頬に汗が伝う。
やっぱりお化けなんだ。
苦しそうな女生徒の幽霊を障子は哀れに思った。
舞台の上の時間は止まってしまっていた。白い衣装を着た王子役の女生徒が片膝をついたまま天井を仰いでいる。
安穏な無音と永遠の劇を望む障子の細い指の先。立ち上がった女生徒は障子の手を掴んで無理やり彼女を立ち上がらせた。
「ここにはあまり長くはいられないよ」
「は、離してください!」
「さあ、帰るよ」
「いやっ! 離して!」
「大丈夫だよ、君の夢は、未来で叶うから」
「いやああああああああ」
障子は絶叫した。女生徒の手を振り払うと、音のない体育館の外に走る。重力のない廊下の僅かな凹凸。閉ざされた木の扉の向こうの光。
扉を押して校舎の外に飛び出した障子を包み込む暗闇。どんよりとした重い空気に漂う湿った土の匂い。音が肌を伝って体の奥を震わせる。突然現れた見覚えのない世界に、呆然とした障子は立ち竦んだ。
「おかえりなさい、王子様」
聞き覚えのある声に振り返った障子は、肩で息をする姫宮玲華の濡れた赤い唇を見つめた。
「……えっと……あれ?」
記憶の混濁。感情の麻痺。
ゆっくりと意識を失った障子は、玲華の細い腕の中に倒れた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる