3 / 56
第一章
天使の呻き
しおりを挟む天使は人の命を奪えない。
放課後の校舎裏。壁の隅に蹲る浜田圭太。その周囲で笑い声を上げる男子生徒たち。その後ろに佇むショートボブの天使。
圭太は呻いた。喉を焦がす赤い血が鼻から溢れる。無数の不快な声が鼓膜を叩く。グッと体を丸めて地面に蹲ったまま、彼は、自分に降り掛かる厄災が過ぎるのを待った。
「浜田クーン、大袈裟過ぎぃ」
「頑張れ頑張れ、は、ま、だ!」
「ほら、早く立てよ」
背の高い男子生徒のローファーが圭太の脇腹に突き刺さる。うっと息を吐く圭太。それでも彼には、嵐が過ぎ去るのを待つ事しか出来ない。校舎裏に響く笑い声。その様子を横目に通り過ぎる若い教員。
無表情の田中愛。存在を認知され難い存在。男子生徒の犯す罪を見つめていた天使は、血を流す圭太から視線を逸らした。校舎の影に消えた教員の後を追うと、無音で職員室に足を踏み入れる。
若い教員が装った無関心。イジメを見過ごす教員に、田中愛は細い腕を振り上げる。その手を掴む誰かの手。振り向いた田中愛は、自分の腕を掴む髪の長い女生徒を見つめた。
感情の無い瞳で田中愛を見下ろす女生徒。過度な人への接触と、稚拙な暴力に対する警告。常識と判断能力に疎い天使を諭す天使。
田中愛は髪の長い女生徒に頷くと、窓辺で読書感想文に読み耽る薄毛の教師に近づいた。
「何だ?」
稀に、ほんの僅かな時間のみ天使を認識出来る存在。急に袖を引っ張られて驚いた臼田勝郎は、横に立つ天使を見上げた。
「……あ? どうした……うむ、何かようか?」
見覚えのないショートボブの生徒の名前を、必死に思い出そうとする勝郎。田中愛は何度も何度も彼の袖を引っ張ると、そよ風に靡く青い草のように、音もなく職員室を出る。やれやれと立ち上がった勝郎は、ショートボブの生徒の後を追った。髪の長い女生徒も無音で彼に続く。
「お前ら、何をやっとるんだ!」
名前を思い出せない生徒を追って校舎裏に辿り着いた勝郎は、そこに屯する男子生徒に怒鳴り声を上げた。固まる男子生徒たち。ジッと蹲っていた圭太は、血に染まる顔を上げた。
「お、おい! 大丈夫か?」
慌てて駆け寄る勝郎。圭太は無言で頷いた。
「あー……、臼田せんせ、ちょうど良かったです」
「ああっ、何だと?」
「今、皆んなでダンスの練習してたんすよ、そしたら浜田クン、頭ぶつけちゃって」
「ダンスだと?」
「そうっす、文化祭で披露しようと思って、はは。……な? 浜田クン?」
背の高い男子生徒の冷たい視線。一斉に圭太を見下ろす瞳の光。田中愛の腕を掴む髪の長い女生徒。
困惑した表情の勝郎に、圭太は顔を歪めて笑顔を作った。
「う、うん、練習、してて」
そっと視線を逸らす圭太。勝郎は奥歯を噛み締めた。
「……取り敢えず、話は後で聞く。お前ら、すぐ保健室の奥田先生呼んでこい! おい、浜田? もしも気持ち悪かったり、眠かったりしたらすぐに言えよ?」
保健室に走る背の高い男子生徒。ハンカチで圭太の血を拭く勝郎。髪の長い女生徒の、感情のない瞳を見つめ返した田中愛は、その腕を強く振り払った。
悪行に対する報い。罪を帳消しにする罰。背の高い男子生徒の後を追う天使。
奥田恭子に事情を伝える男子生徒の頭にぶつかる野球ボール。金属バットを地面に投げた田中愛は次の罰を考えながら、恐怖と悲しみに震える浜田圭太を想った。
ゆっくりと沈む西日が街を赤く染めていく。少ないお金で買った遊戯王カードの袋を両手に抱える天使。田中愛は駅のホームで浜田圭太を待った。
線路に摩擦する車輪の悲鳴。笑う子供の手を握る母。誰にも認知されない誰かの呻き。
止まらない電車が風を切ると、天使のショートボブが静かに揺れる。
天使は人の命を救えない。
田中愛は電車に飛び込む少年の最後の表情を見つめた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!
月見里ゆずる(やまなしゆずる)
ライト文芸
私、依田結花! 37歳! みんな、ゆいちゃんって呼んでね!
大学卒業してから1回も働いたことないの!
23で娘が生まれて、中学生の親にしてはかなり若い方よ。
夫は自営業。でも最近忙しくって、友達やお母さんと遊んで散財しているの。
娘は反抗期で仲が悪いし。
そんな中、夫が仕事中に倒れてしまった。
夫が働けなくなったら、ゆいちゃんどうしたらいいの?!
退院そいてもうちに戻ってこないし! そしたらしばらく距離置こうって!
娘もお母さんと一緒にいたくないって。
しかもあれもこれも、今までのことぜーんぶバレちゃった!
もしかして夫と娘に逃げられちゃうの?! 離婚されちゃう?!
世界一可愛いゆいちゃんが、働くのも離婚も別居なんてあり得ない!
結婚時の約束はどうなるの?! 不履行よ!
自分大好き!
周りからチヤホヤされるのが当たり前!
長年わがまま放題の(精神が)成長しない系ヒロインの末路。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる