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雨音を踏む
しおりを挟む本の背表紙を眺めていた千島芽依は、適当に触れた小説を一冊手に取った。
指先に掛かる白いページの厚み。図書館の乾いた本の匂い。四角い窓を叩く雨の音。
雨の本だ。
小説の冒頭。雨に遊ぶ子供。青い水溜りに飛び込んだ男の子の笑い声に始まる物語。壊れた傘の描写が美しい。
芽依は本の世界の柔らかな雨に微笑みながら、図書館の窓に打ち付ける激しい雨に視線を送った。通り雨である事を祈る彼女。椅子に座った芽依は現実の雨を忘れて物語の雨を楽しんだ。
やがて晴れる本の中の世界。日が暮れても降り続ける窓の向こうの雨。
まだ読み終わっていない本を名残惜しそうに閉じた芽依は、頼りない折り畳み傘を手に図書館を出た。
濡れた街灯に照らされる夜道。狭い傘の内に縮こまる芽依。雨の中を歩きながら、彼女は乾いた世界を恋しがった。大粒の雨が傘の黒い生地に弾ける。細かな振動と低い振動。うるさい現実の雨に眉を顰める芽依。
前方からの強い光。慌てて歩道の端に寄る芽依。低木の青葉を撫でる傘。滴る水に濡れる彼女の服。
深く息を吐いた芽依はそっと足を踏み出した。無数の雨粒。リズミカルな騒音。雨に弾ける雨に落ち込む芽依。
雨の夜道を歩きながら、芽依は図書館で読んだ物語を思い返した。雨の本の主人公。晴れ空の下で、男の子が恋しがった雨。その後のストーリーを想像する芽依。
きっと雨は降らなかったのだろう。
自分の妄想に芽依は悲しんだ。
雨の好きな物語の主人公。雨が嫌いな自分。雨を望む男の子に見せる青い空。雨を望まない自分にかかる黒い雲。
世界は無情だ。
濡れたスニーカーの不快感。冷たい体を濡らし続ける雨に怒る芽依。晴れ間に嘆いた男の子と自分を重ねた彼女は、大きく一歩、足を踏み出した。耳障りな雨音を踏み付ける。雑音を蹴り飛ばす。ズンズンと夜道を進む芽依は、物語の男の子のように水溜りの中を闊歩した。
初夏の雨。先程まで傘の中で寒さに怯えていた芽依は、雨が意外と温かい事に驚く。だんだんと楽しくなってくる芽依。水溜りに飛び込んだ彼女は雨の中を走り出した。
やがて見えてくる家の明かり。雨の道の終わりを少し残念に思う芽依。
男の子は晴れ間を楽しめたのだろうか?
本の続きが気になった芽依は、大きくクシャミをした。
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