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片耳イヤホンってどうなの?
しおりを挟むある日の昼休みのことである。
教室の明るい窓際。親友の奥田まりこと、少女漫画の新刊をどちらが先に読むかで争っていた三波由香里は、唐突に思った。
これだ、よく漫画とかで見るこれ、やってみたい。
由香里は教室の隅に視線を送る。帰宅部の西村裕翔が一人机に突っ伏していた。その無造作にごわつく黒髪からは有線イヤホンが伸びている。
「ど、どうしたの……?」
まりこは、急に無言になった由香里に恐々と声をかける。ピンクのカバーの単行本は彼女の両手にガッチリとホールドされ、ビクともしなかった。
「……まりちゃんさんさ、これやってみたいと思わない?」
「これって?」
「片耳イヤホン」
由香里は切れ長の唇をフッと広げて笑った。長い手足を躍動させて立ち上がると、裕翔の元に駆ける。
「ヘイボーイ。何、聞いてるの?」
由香里は、裕翔の丸まった背中をスーッと撫でた。
裕翔は驚いて顔を上げる。すると夏服のスカートから伸びるスラリとした足が目に入った。背中を摩ったのが由香里だと気がつくと、面長の顔が真っ赤に染まる。慌ててイヤホンを外した。
「あ、え、三波さん?」
「何、聞いてるの?」
「あ、その、あの……」
裕翔は僅かにイヤホンから漏れるアニソンを慌てて止めようとした。
裕翔はアニメ好きの自分を誇らしいとすら思っている。だがこの時ばかりは、憧れの由香里にオタクである事を知られたくないと焦った。
「洋楽……かな?」
「何の? 聞かせてよ?」
「あ、ちょ、まっ!」
由香里は有無を言わせず、裕翔から片方のイヤホンをもぎ取った。左耳にイヤホンを装着すると、首筋を真っ赤に染める裕翔にだらりともたれ掛かる。すると、甲高い少女の声とともに、軽快なポップが流れてきた。
「……何これ?」
由香里は呟いた。裕翔は恥ずかしさと緊張で固まってしまう。
「な、何してるの!」
まりこは慌てて由香里に駆け寄ると、だらしなく男子にもたれかかる彼女の長い腕を引っ張った。
「片耳イヤホン、漫画読んでたらやってみたくなっちゃった」
由香里はヨイショと立ち上がると、裕翔にイヤホンを返した。
裕翔は弁解しようと顔を上げた。背中は汗でべっしょりと濡れている。
「あの……」
「裕翔くん、君、意外と背中大きくてあったかいね?」
由香里の笑顔に、裕翔の不安と焦燥は吹き飛んだ。
やはりアニソンで正解だった!
晴れやかな気分になった裕翔は「あ、どうも」と頭を掻く。その光景を見ていた他の男子は、明日から有線イヤホンを持ってこようと決意した。
由香里は、何か違うなぁと首を傾げた。少女漫画に描かれていたシーンは、もっとロマンチックだったからだ。
「ねぇ、まりちゃんさん、君の達也くんに片耳イヤホンしてもいい?」
「だ、だめだよ! 絶対だめ!」
由香里の言葉に、まりこは慌てて否定する。
「じゃあ、まりちゃんさんが達也くんとやってみてよ? それで、感想聞かせて?」
「え……?」
まりこは、由香里の整った顔を見上げた。そして、憧れの三島達也とのそんなロマンチックなシーンを思い描く。首筋から頬まで真っ赤に染まった。
……ん? あっ、これ、こんなシーンが少女漫画にあったぞ?
由香里は、赤面して並ぶまりこと裕翔を見比べて一人頷いた。
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