上 下
1 / 1

片耳イヤホンってどうなの?

しおりを挟む

 ある日の昼休みのことである。
 教室の明るい窓際。親友の奥田まりこと、少女漫画の新刊をどちらが先に読むかで争っていた三波由香里は、唐突に思った。
 これだ、よく漫画とかで見るこれ、やってみたい。
 由香里は教室の隅に視線を送る。帰宅部の西村裕翔が一人机に突っ伏していた。その無造作にごわつく黒髪からは有線イヤホンが伸びている。
「ど、どうしたの……?」
 まりこは、急に無言になった由香里に恐々と声をかける。ピンクのカバーの単行本は彼女の両手にガッチリとホールドされ、ビクともしなかった。
「……まりちゃんさんさ、これやってみたいと思わない?」
「これって?」
「片耳イヤホン」
 由香里は切れ長の唇をフッと広げて笑った。長い手足を躍動させて立ち上がると、裕翔の元に駆ける。
「ヘイボーイ。何、聞いてるの?」
 由香里は、裕翔の丸まった背中をスーッと撫でた。
 裕翔は驚いて顔を上げる。すると夏服のスカートから伸びるスラリとした足が目に入った。背中を摩ったのが由香里だと気がつくと、面長の顔が真っ赤に染まる。慌ててイヤホンを外した。
「あ、え、三波さん?」
「何、聞いてるの?」
「あ、その、あの……」
 裕翔は僅かにイヤホンから漏れるアニソンを慌てて止めようとした。
 裕翔はアニメ好きの自分を誇らしいとすら思っている。だがこの時ばかりは、憧れの由香里にオタクである事を知られたくないと焦った。
「洋楽……かな?」
「何の? 聞かせてよ?」
「あ、ちょ、まっ!」
 由香里は有無を言わせず、裕翔から片方のイヤホンをもぎ取った。左耳にイヤホンを装着すると、首筋を真っ赤に染める裕翔にだらりともたれ掛かる。すると、甲高い少女の声とともに、軽快なポップが流れてきた。
「……何これ?」
 由香里は呟いた。裕翔は恥ずかしさと緊張で固まってしまう。
「な、何してるの!」
 まりこは慌てて由香里に駆け寄ると、だらしなく男子にもたれかかる彼女の長い腕を引っ張った。
「片耳イヤホン、漫画読んでたらやってみたくなっちゃった」
 由香里はヨイショと立ち上がると、裕翔にイヤホンを返した。
 裕翔は弁解しようと顔を上げた。背中は汗でべっしょりと濡れている。
「あの……」
「裕翔くん、君、意外と背中大きくてあったかいね?」
 由香里の笑顔に、裕翔の不安と焦燥は吹き飛んだ。
 やはりアニソンで正解だった! 
 晴れやかな気分になった裕翔は「あ、どうも」と頭を掻く。その光景を見ていた他の男子は、明日から有線イヤホンを持ってこようと決意した。
 由香里は、何か違うなぁと首を傾げた。少女漫画に描かれていたシーンは、もっとロマンチックだったからだ。
「ねぇ、まりちゃんさん、君の達也くんに片耳イヤホンしてもいい?」
「だ、だめだよ! 絶対だめ!」
 由香里の言葉に、まりこは慌てて否定する。
「じゃあ、まりちゃんさんが達也くんとやってみてよ? それで、感想聞かせて?」
「え……?」
 まりこは、由香里の整った顔を見上げた。そして、憧れの三島達也とのそんなロマンチックなシーンを思い描く。首筋から頬まで真っ赤に染まった。
 ……ん? あっ、これ、こんなシーンが少女漫画にあったぞ?
 由香里は、赤面して並ぶまりこと裕翔を見比べて一人頷いた。
 
 




 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

クーデレお嬢様のお世話をすることになりました

すずと
青春
 クラスメイトの波北 綾乃は美少女である。  だが、無表情で無機質でコミュニケーション能力が不足している美少女だ。  そんな性格でも彼女はモテる。美少女だから。  確かに外見は美しく、ドストライクでタイプだが、俺はそんな彼女が正直苦手であった。   だから、俺と関わる事なんてないだろう何て思っていた。  ある日清掃代行の仕事をしている母親が熱を出したので、家事が出来る俺に清掃代行の仕事を代わりに行って欲しいと頼まれた。  俺は母親の頼みを聞き入れて清掃代行の仕事をしに高層マンションの最上階の家に向かった。  その家はなんと美少女無表情無機質クールキャラのクラスメイト波北 綾乃の家であった。  彼女の家を清掃プラスで晩御飯を作ってやると彼女の父親に気に入られたのか「給料を出すから綾乃の世話をして欲しい」と頼まれてしまう。  正直苦手なタイプなのだが、給料が今のバイトより良いので軽い気持ちで引き受ける事にしたがーー。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

『愛することはない』と婚約者に言われた私の前に現れた王子様

家紋武範
恋愛
 私、エレナ・ドラードには婚約者がいる。しかし、その婚約者に結婚しても愛することはないと言われてしまう。  そんな私の前に隣国の王子様が現れ、求婚して来るのだった。 ※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

ひょっとしてHEAVEN !?

シェリンカ
青春
【第13回ドリーム小説大賞奨励賞受賞】 三年つきあった彼氏に、ある日突然ふられた おかげで唯一の取り柄(?)だった成績がガタ落ち…… たいして面白味もない中途半端なこの進学校で、私の居場所っていったいどこだろう 手をさし伸べてくれたのは――学園一のイケメン王子だった! 「今すぐ俺と一緒に来て」って……どういうこと!? 恋と友情と青春の学園生徒会物語――開幕!

蒼き春の精霊少女

沼米 さくら
青春
 少年はこの日、少女になった。  来宮シキは夜行性の不登校ニート男子。けれど、とある夜中、出かけた先の公園で出会った少女と融合し、精霊にされてしまう。そして、女性の身体に性転換してしまう。  それから彼の生活は変わっていく。幼馴染の少女に性転換したことがバレたり、長いこと行っていなかった学校に登校したり、襲い来る敵『魚介人類』と戦ったり。  さらに精霊仲間との出会いや『黒精霊』という新たな敵の出現などに翻弄されつつも、次第に明るく人間的な感情を取り戻していくシキ。  しかし、充実していく生活とは裏腹に、世界は彼(彼女?)を翻弄していく。  第十八回MF文庫Jライトノベル新人賞第二期予備審査、一次選考落選作品供養です。  カクヨム、ノベルアッププラス、小説家になろうにも掲載いたします。

わかばの恋 〜First of May〜

佐倉 蘭
青春
抱えられない気持ちに耐えられなくなったとき、 あたしはいつもこの橋にやってくる。 そして、この橋の欄干に身体を預けて、 川の向こうに広がる山の稜線を目指し 刻々と沈んでいく夕陽を、ひとり眺める。 王子様ってほんとにいるんだ、って思っていたあの頃を、ひとり思い出しながら…… ※ 「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」のネタバレを含みます。

筋肉女子の弱点

椎名 富比路
青春
シックスパック女子唯一の弱点とは? pixivお題「腹筋」より

High-/-Quality(読切版)

hime
青春
「誰よりも、高い空が跳びたい。」 春から高校生となった主人公 若越 跳哉は、全国レベルの棒高跳び選手である、先輩 伍代 拝璃の陸上部勧誘パフォーマンスの跳躍に心打たれた。 勢いのあまり、陸上未経験ながらその世界に飛び込んだ若越。伍代の教えやマネージャー 桃木のサポートもあり、その才能を少しずつ見せるが…。 陸上競技史上最高難易度ともいえる棒高跳び。その魅力と競争を描く青春スポーツ物語_

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

処理中です...