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第二章 魔法の世界

愚かな魔女の救いの手

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 クラウディウスは大樹の内側の幹に寄り掛かって深刻そうに指輪を見つめていた。指輪は先ほどまでの赤い輝きを失い、元の真珠色に戻っている。
 テーブルの晩餐はあらかた片付けられていた。アリスとソフィアがほぼ食べ尽くしてしまったのだ。アリシアはうつらうつらと目を瞑って体を揺らしていた。春人も大きく欠伸をする。
「いやあ、お騒がせして申し訳ない」
 クラウディウスはにこやかにテーブルに戻った。アリシアは寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げる。
「で、強欲とやらは捕まえたのか?」
 春人は座ったまま背中の筋肉を伸ばした。ゴキッといい音が鳴る。
「いや、取り逃したようだ。にわかには信じられんがね」
「何でだよ?」
「報告通りならば、強欲はとても逃げられるような状況では無かったからだよ。もしその状況から自力で逃げ出したのだとすれば、相当厄介な相手だと思ってね」
「へぇ、まあでもよ、正面から戦える相手で良かったじゃねーか。逃げ出したって事はお前らが優勢だったんだろ?」
「さて、どうだろう。私は現場を直接見てないのだから、何とも言えないな」
 クラウディウスは皿に残っていた骨付き肉を手に取った。それをアリスがじっと見つめていた為「どうぞ」とニッコリ手渡す。
「で、どーすんのこれから? お前らの国で魔女が大暴れした直後に、どうもこんにちは何て顔出す勇気ねーけど、俺」
「そうだね、今は流石に状況が悪い。私も忙しくなりそうだし、済まないが、君の無罪を勝ち取るのは相当先になりそうだ」
「いったんお開きか?」
「いやいや、そんな悠長な事は言ってられんぞ、ハルトくん」
「じゃあ、どーすんだよ?」
 クラウディウスは腕を組んで斜め上を見上げた。何かを悩んでいるようだった。
「やらなければいけない事は沢山あるんだ。例えば私の同僚に一人、必ず始末しなければいけない男がいる」
「へぇ、物騒だな」
「彼は優秀だが非常に危険な思想を持っていてね、ある意味で魔女と同等ぐらいに厄介な存在かもしれない」
「何だよ、俺に始末しろって言ってんのか?」
「ははは、私でも中々手が出せない相手だ、今の君では荷が重すぎるだろう」
「ああ、そうかい」
 春人は面倒くさそうにテーブルに肘をつく。
 先ほどからクラウディウスは、何か言いたそうにアリスの顔をチラチラと横目で見ていた。
 何だよコイツ。アリスに頼みたいことがあんならとっとと頼めよ。
 春人はため息をついた。
「なあアリス、お前って実は他の魔女の居場所とか分かってんだろ? 教えてやれよ、クラウディウスに」
 アリスは細い骨を小さな舌先でぺろぺろと舐めていた。
「おーいアリスさん、聞こえてますか? お前飯ばっかパクパク食いやがって、コラ。この金持ち様に少しは奉仕してあげようって気はねーのかよ?」
 春人はペチペチとアリスの白い頬を叩いた。アリスはムッとして口を閉じる。
「ああああ! 別によいのです、アリス殿。どうぞお食事の続きをなさってください」
 クラウディウスは後ろから春人を羽交い締めにすると、後ろに引きずる。
「何すんだ、コラ! あのアホに聞きゃすぐ解決すんじゃねーか!」
「アホは君だ! それはアリス殿がその気になれば話してくださる事だ。君は黙っていなさい」
 何なんだ、コイツは? 
 春人は人が変わったようなクラウディウスに唖然とする。
 コイツにとって、アリスはそれほど厄介な存在なのだろうか?
 春人の目にアリスは、女友達を欲しがる無口な少女にしか見えなかった。アリスは何事も無かったかのように骨を口に入れる。
 クラウディウスはふうっと息を吐いた。彼は気まぐれな氷の王の瞳の色だけは、絶対に変えたく無かったのだ。
 クラウディウスはそのまま春人を引きずってアリシアの隣に座らすと、向かいに腰掛けた。
「さて、ハルトくん」
「さて、じゃねーよ」
「君は金が欲しいかね?」
「欲しいぜ」
 春人は金という言葉に条件反射で反応した。
 この世界の通貨制度がどうなってんのかは知らねーけど、貰っといて損はねーだろ。
 ワクワクと、クラウディウスに熱い視線を送る春人。ソフィアは既にテーブルに突っ伏して眠っている。アリシアも目を瞑って涎を垂らしていた。
「なぁハルトくん、想像したまえ。石畳に煌めく噴水の青。花々が一年中美しく咲き誇る庭園。豪奢な家具の並ぶ立派な屋敷で、麗しき女性たちに囲まれながら暮らす。そんな生活が欲しくはないかね?」
「だから欲しいですって」
「北海の珍味。熱帯の香辛料。世界で五本の指に入るシェフの織りなす絶品の宮廷料理を味わってみたいと思わんかね?」
「欲しいっつってんだろ! しつけぇんだよ、早く寄越せ!」
 クラウディウスは笑った。
 この野郎、俺がどのくらいでキレるのか試してやがるな。
 春人はちっと舌打ちして腕を組んだ。
「ハルトくん、分かっていると思うが、それらを無償で君に寄越す事など出来ない。ただ、それらは君の手の届かない所にあるわけでもない。望めば手に入る位置に転がっているのさ」
「いちいち勿体ぶった奴だな、お前は?」
「ああ、そのせいで先生にもよく怒られる」
 クラウディウスは困ったように苦笑して、顔を手で扇いだ。
「で、何すればいいんだ?」
「憤怒の魔女になってくれ」
「はあ!?」
「憤怒の魔女となって、サマルディア王国南の国境を攻撃したまえ」
「何言ってんだ、お前?」
「情勢は刻々と動いている。もしかすれば既に〈ドワーフ〉の国ド・ゴルドとサマルディア王国は開戦しているかもしれない」
「おい、ちょっと待て、何処と何処が開戦してるって?」
「もしも開戦していた場合、両軍が折り重なるエリアを攻撃しなさい。最悪、兵たちを殺しても構わん」
「待てって! ふざけんじゃねーぞ、お前!」
「ふざけてなどいないよ、ハルトくん。私は、魔女を取り逃したままでは世界が破滅する、と言ったよね? だからふざけてなどいられないんだ」
 クラウディウスは言葉の割に、何処か余裕そうだった。
「ふざけないで!」
 いつの間にか目を覚ましていたアリシアが、顔を赤く染めて立ち上がった。その唇は怒りでワナワナと震えている。
「クラウディウス、あなたはハルトに戦場で〈ヒト〉を殺せと言っているの?」
「殺せとは言ってないよ、アリシア」
「言ってるよ! 攻撃すれば〈ヒト〉が死ぬ! ハルトにそんな事させるなんて絶対に許さない!」
「ならば君がハルトくんに付いていなさい」
「えっ?」
「ハルトくんが暴走を始めたら、君がコントロールしなさい。死人が出ないように君が調整しなさい」
 クラウディウスは目を細めてアリシアを睨んだ。その冷たい瞳から、アリシアは目線を逸らす。
「いいかね、世界が破滅するかどうかは君たちにかかっているんだ。なに、難しく考えるな。憤怒の魔法で城壁を破壊、もしくは戦う兵士たちを混乱させる、その際に君は必ず彼らに姿を見せる、後はさっさと逃げなさい、それだけだ。そして君は大富豪の仲間入りをする」
「それをして、何の意味がある?」
「色々とあるが、まぁ実際にやって見なければ分からん。深く考えるな、ハルトくん。破壊して逃げる、それだけだ。大丈夫さ、君には最上級魔術師アリシア・ローズと、四聖剣の一振りだったアリス殿が付いている」
 クラウディウスはにっこりと笑った。
 春人は頭を掻いた。
 このペテン野郎め。
 春人はクラウディウスの言葉にそのまま乗っかって良いものか、頭を悩ませた。

 目を覚ますと先ず、壁でゆらゆらと揺れる蝋燭の火が目に入った。
 マーク・ロジャーはゆっくりと首を動かす。
「魔女様、おはようございます。お加減はいかがですか?」
 簡素なベットの上だった。マークは全裸で乾いたシーツの上に横になっていた。
 身体を起こしたマークは、腹の傷を見た。綺麗に塞がっている。
「ここは何処でしょう?」 
 マークはベットの側に腰掛ける、目元の涼しい女性に声をかけた。細やかな金の髪は腰までさらりと伸び、薄い麻の服からは艶かしい胸元が覗いている。
「地下の隠れ家にございます」
「ほぉ、隠れ家ですか。何から隠れているんです?」
「〈ヒト〉の軍です」
「あなたも〈ヒト〉の様ですが、〈ヒト〉とは敵対しているのですか?」
「敵対ではありません、迫害されているのです。思想の違いにより迫害される民もいるのです」
「思想の違いとは?」
「私たちは生物、種族、人種、性別の差なく、世界が平等で平和な世の中になる事を、ただ望んでいるのです」
「はは、なるほど」
 マークは笑った。昔の自分を思い出したのだ。
 私にも世界に蔓延する戦争や飢餓に憂いていた時期があった。まったく、その頃の自分はなんと滑稽で哀れな存在だったのだろう。どれだけ欲望を抑えて神に祈り続けようとも、いづれ訪れる死は決して免れないというのに……。
「魔女様、衣服とお食事のご用意が出来ております」
 女は長い髪を揺らして立ち上がった。マークはその白い腕を掴む。
「待ちたまえ、君たちはどのようにして私を助けたのだ?」
「爆炎に飲まれた魔女様を地下深くに転移させました」
「ほぅ、それは何故?」
 マークは女の腕を引くとマークの隣に座らせた。
「魔女様に……」
「マークと呼びなさい」
「マ、マーク様に世界を救って貰いたいと……」
 マークは女の頸に息をかけた。女はその細やかな白い肌を震わす。
「救う?」
「は、はい……。皆が平和に暮らせる世を作って頂きたいのです、マーク様」
「あなたの名前は何ですか?」
「……あっ……エ、エリザ、です」
「エリザ。美しい名前だ。良いでしょう、私があなた方を救って差し上げよう」
「ああ、マーク様」
 マークはエリザをベットに倒した。太ももからゆっくりと上に指を滑らせながら、薄い唇にキスをする。エリザは恍惚の表情を浮かべた。
 アンナもこれほど素直な女ならば良いのだが。
 マークは乱れるエリザの肢体を楽しみながら、愚かな理想主義者どもを使って何が出来るかをじっくりと考えた。

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