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第一章 七つの呪い
大虐殺
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いったい、何をやってんだよ……。
暗い森の中である。星明かりを頼りに春人は村に向かって走っていた。意識の無いアリスの身体が春人の背中で揺れる。
蹴り上げられた頬がズキズキと痛んだ。歯は折れていなかったが、口の中はズタズタに裂け、歯と歯の間に生暖かい液体が流れるのを春人は感じた。ペッと血を吐くと、先ほどまでの恐怖が強い怒りに変わっていく。
「おい、まだ起きねーのか?」
春人はグッタリと背中にもたれ掛かるアリスを走りながら揺すった。その信じられないほど軽い身体に春人は戸惑っていた。
とにかく逃げろと、アリスは言っていた。確かに逃げた方が良さそうだと春人も考える。だが、あまりにも情報が不足していた。北に逃げろとアリスは言ったが、北に行くと〈ヒト〉の王国があるそうではないか。
「〈ヒト〉は避けるんじゃなかったのか?」
春人は意識のないアリスに声をかけた。そして、はぁと息を吐く。そもそも春人には北がどちらなのか分からなかった。何処へ逃げればいいのか分からない。〈ヒト〉が何処に潜むのかも検討がつかない。
マジで、どうするつもりだ……?
アリスは起きる気配がない。春人は坂を転げ落ちぬよう慎重に歩みを進めながら自問を続けた。
やはり村とは逆方向に進んだほうがいいんじゃないか……?
気がつくと春人は森を抜けていた。夜の草原には風が流れ、あちこちで、電球大の光の球が白い石を照らしている。それらを横目に訝しげな表情をした春人は、顔を上げるとはっと息を飲んだ。ちょうど村のあたりで煙が上っていたのだ。夜空は炎で明るく照らされている。
どうする……。
春人は立ち止まって必死に頭を働かせた。
先ほど春人を蹴り上げた小柄な男は、隊に戻るぞと大男に言っていた。隊とはつまり軍隊のことだろうか。〈エルフ〉と〈ヒト〉がいがみ合っている事は知っていたが、戦争中などと言う話を春人は聞いていなかった。
アイツら、魔女がどうたらと言っていたな。いや、まさか、それは憤怒の魔女とやらの事か? だとしたら狙いは……。いや、ならば何故、俺を見逃した?
「おい、頼むから起きてくれ。どうすればいいんだ?」
春人は、白い石の陰にアリスを下ろすと、肩を強く揺すった。だが、アリスは死んだように動かない。
少しの間だ。ほんの少し一緒に暮らしただけの奴らじゃねーか。どうなろうと、俺の知ったことじゃないさ……。
春人は自分以外の誰かに親しみを感じた事が無い。いつも一人だったからだ。一人で生きて、一人で死んだ。寂しさなど考えた事も無かった。
死んで生き返った春人には一人の時間がほとんど無かった。背負わされた呪いにより感情の起伏が激しくなった男。〈ドワーフ〉たちはよく春人を飲みに誘い、〈エルフ〉の女性たちは、昼まで眠り続ける春人を叱った。〈ホビット〉は話好きで、春人を見掛けると駆け寄ってきた。
毎日のように春人のもとへやって来たリーリ。話好きの少女の顔を見つめながら、眠りにつく夜。
ソフィアの笑顔が、瞼の裏に張り付いて離れない。下心を向けると怒る彼女が可笑しく、春人は、わざとソフィアにちょっかいを出した。その心理の奥底を、春人は当然知っている。
いや、違う……。まだ、まだ俺はこの世界のことを何も知らないから……。
そ、そうだった、短い時間でも一人でいるのは危険じゃねーか。猛獣、虫、毒草、病、気候変動……。危険を数え上げてもキリがない。
この世界を生き抜く為には、まだアイツらが必要だ。そうだ、これは合理的な判断なんだ。
そう自分に言い聞かせるように春人は何度も何度も頷いた。そして、一向に目を覚さないアリスを石陰に隠した春人は、なんの策も無いままに村の方角へと駆け出した。
「魔女は何処にいる!」
軍隊長のアラガン・ハンチントンは、足下に蹲る〈ホビット〉の体を踏みつけながら怒鳴り声を上げた。〈ホビット〉はとうに息絶えている。
キルランカ大陸南方のルーシャ地方。森の制圧は完了していたが、肝心の憤怒の魔女の姿が見当たらない。
「答えんか!」
アラガンは焦りと不安を隠すように、死体を蹴り続けた。周囲は未だ戦闘の余波で木々が燃え盛り、血の滴る肉塊がゴロゴロと転がっていた。
大損害だ……。
アラガンは青ざめた。
深夜の奇襲攻撃だった。キルランカ大陸にある唯一の同盟国、サマルディア王国と秘密裏に動き、上級魔術師二百三十名と最上級魔術師四名による大空間魔法での奇襲。深夜、静かに眠るわずか数百名の森の民は迅速に押さえ、三万の兵士による森の包囲でネズミ一匹逃さす事なく決着、する筈だった。
「隊長! 報告いたします!」
頬に火傷をおった兵士の一人がアラガンの前で敬礼した。
「なんだ」
「生き残った〈ホビット〉の少女に問い詰めたところ、やはりこの村にはふた月ほど前まで〈ヒト〉が居たそうです」
「其奴が魔女か!? それは何処へ行ったのだ!」
「いえ、それが死んだの何だのと言って要領を得ず、それと、何でもその〈ヒト〉は男であったとか……」
「たわけ! 魔女ならば女だ! その〈ホビット〉をすぐにここへ連れて来い!」
「はっ」
兵士は踵を返した。
アラガンは毛皮の手袋を剥ぎ捨てて爪を噛んだ。初めの突入で兵士の九割と上級魔術師の半分が命を落とした。奇襲が知られていた上に、敵の力を見誤ったのだ。その後は、圧倒的な兵力差と四名の最上級魔術師の力で何とか制圧することが出来たが、あまりにも犠牲が大き過ぎた。
もしも、魔女が見つからなければ、俺は絞首刑だ。
アラガンは折り畳み式の椅子にドサっと腰掛けると、血走った目で周囲を見渡した。肉塊の大半は自軍の兵士たちだ。中にはかろうじて生きているものも居るだろうが、作戦中と言うことで構わず放置した。燃え盛る火の側では四肢を切断された〈エルフ〉の女が積まれていた。
どうせ魔女が見つからんのならば、投獄される前に一匹犯そうか……。
立ち上がりかけたアラガンは首を振る。
いやまて、此奴らは奇襲の存在を知っていたのだ。必ず憤怒の魔女の情報を持っている。
「隊長! 〈ホビット〉の少女を連れて参りました!」
火傷を負った兵士は、背の高い兵士と共に戻って来た。右手に泣き叫ぶ〈ホビット〉の少女をぶら下げている。兵士は少女をアラガンの前に立たせると、その背後で姿勢を正した。爪を剥がれた赤い指で涙を拭きながら泣き叫ぶ少女。褐色の肌が炎に煌めき、血で汚れた赤い髪は生き物のように蠢いている。
「初めまして、お嬢ちゃん。私の名前はアラガン・ハンチントン。とある国から来た兵隊さんだよ」
アラガンは腰を落とすとにっこりと微笑んだ。〈ホビット〉は純粋な生き物だった。特に子供となれば少し優しくするだけで、ころりと言うことを聞くようになるのだ。
少女は何度も嗚咽しながら顔を上げた。ブルーサファイヤの瞳。褐色の唇が恐怖と悲しみに震えている。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「……っ……っ……、リ、リーリ」
「リーリちゃんか。可愛らしい名前だね」
リーリは嗚咽が止まらず、げえっと胃の内容物を吐き出した。アラガンは蔑むように一瞬顔を歪めるも、すぐに表情を和らげる。
「リーリちゃん、おじちゃんたち、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「……っ……ひっ」
「あのね、ふた月ほど前に、この森に女の〈ヒト〉が現れたと思うんだけど何か知らないかな?」
「……っ……っ……ハッ……、ハルト?」
「ハルト!? それは〈ヒト〉だね!? 何処にいるのか知らないかな?」
「……っ、ハルトは、死にました」
リーリはまた泣き叫んだ。アラガンは思わず剣の柄に手を伸ばす。
「あのね、リーリちゃん。ハルトは死んでないよ? その魔女は必ず生きてるんだ。頼むからおじちゃんに教えておくれ?」
「……っひ……ハ、ハルトは男の子です」
立ち上がったアラガンは〈ホビット〉の少女の腹を蹴り上げる。その衝撃で吹っ飛んだ少女は地面を転がると内臓の飛び出た死体にぶつかった。
「クソガキが」
剣を抜いたアラガンが少女に近寄ると、崩れた納屋の陰から男が飛び出してきた。
「やめろ!」
〈ヒト〉のようだった。だが、兵士ではない。薄い寝巻きのような奇妙な服装をした男。体付きは細く、肩まで伸びた黒髪で一見すると女のようにも見える。
「誰だ、貴様?」
兵士ではない。だが、この辺りに〈ヒト〉は住んでいない。アラガンは低い声を出した。兵士たちも身構える。
「や、め、ろ……」
男は声を振るわせた。目には涙を滲ませ、握り拳からは血が滴っている。
「ハ、ハルト!」
アラガンの足元で蹲っていたリーリは、顔を上げると、嬉しそうな声を上げた。
「リーリ、動くな!」
ハルトと呼ばれた男は粗い呼吸を繰り返しながら、アラガンに一歩近づく。
「貴様が動くな」
アラガンはハルトに剣を向けた。ハルトは言われた通りぴたりと動きを止める。だが、瞳は憎悪に揺れていた。
「ハルト、とやら、貴様は〈ヒト〉か?」
ハルトはコクリと頷いた。
「何故、貴様は、こんな辺境の地にいる?」
ハルトは答えない。アラガンはハルトの向こうに動く影を見つめた。
もうすぐ、この奇妙な男の包囲が完成するだろう。
気が付けば最上級魔術師のクライン・アンベルクが、アラガンの横に立っていた。クラインは戦闘が落ち着くとすぐに弟子のアリシア・ローズの目を覆って空間魔法で何処かへと消えていたのだった。再び現れた背の高い老人は、感情の読み取れない瞳でハルトという名の男をジッと観察した。
「どうした? 何か言ってみろ?」
アラガンは兵が完全にハルトを包囲するのを確認した。怒りに全身を震わせていたハルトは、ジッと、リーリの顔を見つめたまま動こうとしない。
馬鹿め。
アラガンはニヤリと笑った。
「捕らえよ!」
アラガンの声が燃え盛る炎を揺らす。嬉しそうな高笑いと共に振り下ろされたアラガンの剣が少女の首を撥ねた。
暗い森の中である。星明かりを頼りに春人は村に向かって走っていた。意識の無いアリスの身体が春人の背中で揺れる。
蹴り上げられた頬がズキズキと痛んだ。歯は折れていなかったが、口の中はズタズタに裂け、歯と歯の間に生暖かい液体が流れるのを春人は感じた。ペッと血を吐くと、先ほどまでの恐怖が強い怒りに変わっていく。
「おい、まだ起きねーのか?」
春人はグッタリと背中にもたれ掛かるアリスを走りながら揺すった。その信じられないほど軽い身体に春人は戸惑っていた。
とにかく逃げろと、アリスは言っていた。確かに逃げた方が良さそうだと春人も考える。だが、あまりにも情報が不足していた。北に逃げろとアリスは言ったが、北に行くと〈ヒト〉の王国があるそうではないか。
「〈ヒト〉は避けるんじゃなかったのか?」
春人は意識のないアリスに声をかけた。そして、はぁと息を吐く。そもそも春人には北がどちらなのか分からなかった。何処へ逃げればいいのか分からない。〈ヒト〉が何処に潜むのかも検討がつかない。
マジで、どうするつもりだ……?
アリスは起きる気配がない。春人は坂を転げ落ちぬよう慎重に歩みを進めながら自問を続けた。
やはり村とは逆方向に進んだほうがいいんじゃないか……?
気がつくと春人は森を抜けていた。夜の草原には風が流れ、あちこちで、電球大の光の球が白い石を照らしている。それらを横目に訝しげな表情をした春人は、顔を上げるとはっと息を飲んだ。ちょうど村のあたりで煙が上っていたのだ。夜空は炎で明るく照らされている。
どうする……。
春人は立ち止まって必死に頭を働かせた。
先ほど春人を蹴り上げた小柄な男は、隊に戻るぞと大男に言っていた。隊とはつまり軍隊のことだろうか。〈エルフ〉と〈ヒト〉がいがみ合っている事は知っていたが、戦争中などと言う話を春人は聞いていなかった。
アイツら、魔女がどうたらと言っていたな。いや、まさか、それは憤怒の魔女とやらの事か? だとしたら狙いは……。いや、ならば何故、俺を見逃した?
「おい、頼むから起きてくれ。どうすればいいんだ?」
春人は、白い石の陰にアリスを下ろすと、肩を強く揺すった。だが、アリスは死んだように動かない。
少しの間だ。ほんの少し一緒に暮らしただけの奴らじゃねーか。どうなろうと、俺の知ったことじゃないさ……。
春人は自分以外の誰かに親しみを感じた事が無い。いつも一人だったからだ。一人で生きて、一人で死んだ。寂しさなど考えた事も無かった。
死んで生き返った春人には一人の時間がほとんど無かった。背負わされた呪いにより感情の起伏が激しくなった男。〈ドワーフ〉たちはよく春人を飲みに誘い、〈エルフ〉の女性たちは、昼まで眠り続ける春人を叱った。〈ホビット〉は話好きで、春人を見掛けると駆け寄ってきた。
毎日のように春人のもとへやって来たリーリ。話好きの少女の顔を見つめながら、眠りにつく夜。
ソフィアの笑顔が、瞼の裏に張り付いて離れない。下心を向けると怒る彼女が可笑しく、春人は、わざとソフィアにちょっかいを出した。その心理の奥底を、春人は当然知っている。
いや、違う……。まだ、まだ俺はこの世界のことを何も知らないから……。
そ、そうだった、短い時間でも一人でいるのは危険じゃねーか。猛獣、虫、毒草、病、気候変動……。危険を数え上げてもキリがない。
この世界を生き抜く為には、まだアイツらが必要だ。そうだ、これは合理的な判断なんだ。
そう自分に言い聞かせるように春人は何度も何度も頷いた。そして、一向に目を覚さないアリスを石陰に隠した春人は、なんの策も無いままに村の方角へと駆け出した。
「魔女は何処にいる!」
軍隊長のアラガン・ハンチントンは、足下に蹲る〈ホビット〉の体を踏みつけながら怒鳴り声を上げた。〈ホビット〉はとうに息絶えている。
キルランカ大陸南方のルーシャ地方。森の制圧は完了していたが、肝心の憤怒の魔女の姿が見当たらない。
「答えんか!」
アラガンは焦りと不安を隠すように、死体を蹴り続けた。周囲は未だ戦闘の余波で木々が燃え盛り、血の滴る肉塊がゴロゴロと転がっていた。
大損害だ……。
アラガンは青ざめた。
深夜の奇襲攻撃だった。キルランカ大陸にある唯一の同盟国、サマルディア王国と秘密裏に動き、上級魔術師二百三十名と最上級魔術師四名による大空間魔法での奇襲。深夜、静かに眠るわずか数百名の森の民は迅速に押さえ、三万の兵士による森の包囲でネズミ一匹逃さす事なく決着、する筈だった。
「隊長! 報告いたします!」
頬に火傷をおった兵士の一人がアラガンの前で敬礼した。
「なんだ」
「生き残った〈ホビット〉の少女に問い詰めたところ、やはりこの村にはふた月ほど前まで〈ヒト〉が居たそうです」
「其奴が魔女か!? それは何処へ行ったのだ!」
「いえ、それが死んだの何だのと言って要領を得ず、それと、何でもその〈ヒト〉は男であったとか……」
「たわけ! 魔女ならば女だ! その〈ホビット〉をすぐにここへ連れて来い!」
「はっ」
兵士は踵を返した。
アラガンは毛皮の手袋を剥ぎ捨てて爪を噛んだ。初めの突入で兵士の九割と上級魔術師の半分が命を落とした。奇襲が知られていた上に、敵の力を見誤ったのだ。その後は、圧倒的な兵力差と四名の最上級魔術師の力で何とか制圧することが出来たが、あまりにも犠牲が大き過ぎた。
もしも、魔女が見つからなければ、俺は絞首刑だ。
アラガンは折り畳み式の椅子にドサっと腰掛けると、血走った目で周囲を見渡した。肉塊の大半は自軍の兵士たちだ。中にはかろうじて生きているものも居るだろうが、作戦中と言うことで構わず放置した。燃え盛る火の側では四肢を切断された〈エルフ〉の女が積まれていた。
どうせ魔女が見つからんのならば、投獄される前に一匹犯そうか……。
立ち上がりかけたアラガンは首を振る。
いやまて、此奴らは奇襲の存在を知っていたのだ。必ず憤怒の魔女の情報を持っている。
「隊長! 〈ホビット〉の少女を連れて参りました!」
火傷を負った兵士は、背の高い兵士と共に戻って来た。右手に泣き叫ぶ〈ホビット〉の少女をぶら下げている。兵士は少女をアラガンの前に立たせると、その背後で姿勢を正した。爪を剥がれた赤い指で涙を拭きながら泣き叫ぶ少女。褐色の肌が炎に煌めき、血で汚れた赤い髪は生き物のように蠢いている。
「初めまして、お嬢ちゃん。私の名前はアラガン・ハンチントン。とある国から来た兵隊さんだよ」
アラガンは腰を落とすとにっこりと微笑んだ。〈ホビット〉は純粋な生き物だった。特に子供となれば少し優しくするだけで、ころりと言うことを聞くようになるのだ。
少女は何度も嗚咽しながら顔を上げた。ブルーサファイヤの瞳。褐色の唇が恐怖と悲しみに震えている。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「……っ……っ……、リ、リーリ」
「リーリちゃんか。可愛らしい名前だね」
リーリは嗚咽が止まらず、げえっと胃の内容物を吐き出した。アラガンは蔑むように一瞬顔を歪めるも、すぐに表情を和らげる。
「リーリちゃん、おじちゃんたち、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「……っ……ひっ」
「あのね、ふた月ほど前に、この森に女の〈ヒト〉が現れたと思うんだけど何か知らないかな?」
「……っ……っ……ハッ……、ハルト?」
「ハルト!? それは〈ヒト〉だね!? 何処にいるのか知らないかな?」
「……っ、ハルトは、死にました」
リーリはまた泣き叫んだ。アラガンは思わず剣の柄に手を伸ばす。
「あのね、リーリちゃん。ハルトは死んでないよ? その魔女は必ず生きてるんだ。頼むからおじちゃんに教えておくれ?」
「……っひ……ハ、ハルトは男の子です」
立ち上がったアラガンは〈ホビット〉の少女の腹を蹴り上げる。その衝撃で吹っ飛んだ少女は地面を転がると内臓の飛び出た死体にぶつかった。
「クソガキが」
剣を抜いたアラガンが少女に近寄ると、崩れた納屋の陰から男が飛び出してきた。
「やめろ!」
〈ヒト〉のようだった。だが、兵士ではない。薄い寝巻きのような奇妙な服装をした男。体付きは細く、肩まで伸びた黒髪で一見すると女のようにも見える。
「誰だ、貴様?」
兵士ではない。だが、この辺りに〈ヒト〉は住んでいない。アラガンは低い声を出した。兵士たちも身構える。
「や、め、ろ……」
男は声を振るわせた。目には涙を滲ませ、握り拳からは血が滴っている。
「ハ、ハルト!」
アラガンの足元で蹲っていたリーリは、顔を上げると、嬉しそうな声を上げた。
「リーリ、動くな!」
ハルトと呼ばれた男は粗い呼吸を繰り返しながら、アラガンに一歩近づく。
「貴様が動くな」
アラガンはハルトに剣を向けた。ハルトは言われた通りぴたりと動きを止める。だが、瞳は憎悪に揺れていた。
「ハルト、とやら、貴様は〈ヒト〉か?」
ハルトはコクリと頷いた。
「何故、貴様は、こんな辺境の地にいる?」
ハルトは答えない。アラガンはハルトの向こうに動く影を見つめた。
もうすぐ、この奇妙な男の包囲が完成するだろう。
気が付けば最上級魔術師のクライン・アンベルクが、アラガンの横に立っていた。クラインは戦闘が落ち着くとすぐに弟子のアリシア・ローズの目を覆って空間魔法で何処かへと消えていたのだった。再び現れた背の高い老人は、感情の読み取れない瞳でハルトという名の男をジッと観察した。
「どうした? 何か言ってみろ?」
アラガンは兵が完全にハルトを包囲するのを確認した。怒りに全身を震わせていたハルトは、ジッと、リーリの顔を見つめたまま動こうとしない。
馬鹿め。
アラガンはニヤリと笑った。
「捕らえよ!」
アラガンの声が燃え盛る炎を揺らす。嬉しそうな高笑いと共に振り下ろされたアラガンの剣が少女の首を撥ねた。
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