デートプランは変更しない

忍野木しか

文字の大きさ
上 下
1 / 1

デートプランは変更しない

しおりを挟む

 梢の先。透き通る山の空。
 佐久間大志は緩い山道の傾斜をズンズンと登った。風に靡く茶色いハット。パンパンに膨れた青のリュックサック。ゆっくりとその背中を追う三月静香は、木々の間で揺れる白い花を見つけて立ち止まった。
「静先輩、大丈夫?」
 泥まみれの足で駆け戻る大志。新品の登山靴が腐葉土を跳躍する。そんな彼がなんだか可愛らしく思えて、静香はクスクスと笑った。
「大丈夫だよ、ゆっくりでごめんね?」
「ぜんぜん、遅くても良いよ! 静先輩、もしも荷物が重かったら僕が持つから、遠慮しないでね?」
「ありがとね、大志、頼りにしてるからね?」
「えへへ、昼頃には山頂に上がれるから、頑張ってよ! 景色が凄く綺麗で、空気も凄く美味しいんだ!」
「おおー、それは楽しみだね」
 大志はニッと笑った。額を流れる汗が煌めく。その爽やかな笑顔に、静香は顔を近づけたくなった。
 枝の隙間を伸びる影。薄い木漏れ日。枯れ葉を踏みしめる軽快なリズムは途切れない。
 順調だ、と大志。嬉しそうに静香を振り返ったその時、大粒の雨が彼の頬を掠めた。驚いて空を見上げると、雲の傘が山を覆っている。いつの間にか青空は南に押し流されていた。
「ありゃ、雨だね?」
 静香の呟きに呼応するように、ポツポツと雨粒が青葉を叩き始める。大志は慌ててレインコートを取り出した。
「て、天気予報では晴れだったんだけど……」
 露骨に肩を落とす大志。静香は微笑む。
「山の天気は変わりやすいっていうからね、しょうがないよ」
「あの……すいません」
「大丈夫だって、がんばろ!」
「はい……」
 落ち込む後輩を励ましながら、静香は前を向いた。
 雨足はそれほど強くない。ただ、枝から垂れる水滴が大きい。山道は湿り、踏みしめる靴が土に滑る。
 下を向く大志。そのリュックの背を元気よく叩いた静香は、段差で転んでしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「あはは、大丈夫だよ」
「あの、本当にすいません、俺のせいで……。その、危ないんで今日はもう帰りませんか?」
 フードから流れる雨が大志の目の横を伝う。呆れるほどに打たれ弱い後輩。静香はやれやれと立ち上がった。
「山頂まであと少しでしょ? 行こうよ!」
「でも……」
「ほら、大志クン、今度は先輩がリードしてあげる」
 大志の腕を掴んだ静香はズンズンと前に進んだ。そして、またバランスを崩す。
「うわっ」
「ああ! 危ないですよ、静先輩!」
「大丈夫、大丈夫」
「やっぱり帰りましょう。先輩が怪我したり、風邪を引いたりしたら大変です」
「大丈夫よ、あたしには大志が付いてるからね?」
「いえ、でも」
「だーめ、デートプランは絶対に変更しません!」
「……うん」
 やっと笑った大志。静香の手をギュッと握ると前を向いた。
 流れる低い雲。霧で覆われた山。大志は灰色の景色に落胆して目を伏せる。そんな年下の彼氏に微笑む彼女。静香は頂上でやりたい事があったのだ。
「ねぇ大志? ここまで連れてきてくれて、ありがとね?」
 俯く大志の顔を覗き込んだ静香は、そっと濡れた唇を近づけた。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

処理中です...