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本好きの憧れ
しおりを挟む岸本瑞香は書店の片隅で目を回していた。
普段は足を踏み入れない参考書コーナーの縦に長い書籍が、不気味な威圧感を出している。後ろを向くと、自己啓発本のタイトルが真夏の太陽のように瑞香の視界を眩ませた。勉学を怠ってきた事を激しく罵られている様な気分になる。
期末テストは散々だった。
特に数学と英語が致命的で、瑞香は自分が文系だったのかどうかすら分からなくなってしまった。
とにかく、その二つを何とかしないと……。
瑞香は適当に参考書を取り、ささっとその場を離れる。
小説の新刊の山が、レジの前で長閑にくつろいでいた。
文学部の瑞香は、その艶やかな色気に一瞬目を奪われるも慌てて首を振る。
このままじゃ進級出来ないぞ、私。
急いで会計を済ませると、外に飛び出した。
暑い……。
青いTシャツの裾から覗く瑞香の肌が、ジリジリと焼ける。初夏の晴天がいきなり瑞香の行く手を阻んだ。
瑞香は気怠そうにコンクリートに浮かぶ陽炎を見つめると、通りにあるレトロな外装のカフェに吸い込まれていった。
薄暗い店内は静かだった。エアコンがよく効いていて、耳に響くピアノの旋律が心地良い。瑞香は優しい顔をしたマスターに頭を下げる。
あれ? 啓太くん?
奥に進んだ瑞香は驚いた。窓際のテーブルで、文学部の部長である久賀啓太が読書をしていたのだ。啓太は新刊の小説を片手に真剣な表情をしている。
「や、やあ! 奇遇だねぇ」
瑞香は前髪を整えて片手を上げた。期末テストの結果などパッと忘れてしまう。しかし、啓太は活字にのめり込み、瑞香の存在には全く気が付かない。
瑞香はムッとして、啓太に軽くデコピンをしてやった。
「うわっ!? あれ、岸本さん?」
啓太はデコを押さえて顔を上げた。
「やあ! 奇遇だね」
「うん、奇遇だね、岸本さんも読書?」
「あ、いや、勉強です……」
瑞香は参考書を買った事を思い出して、一気にテンションが下がった。
「へー、珍しいね」
「……どういう意味かな?」
「いや、その……、良い事だなって思って……」
啓太は、瑞香の鋭い視線から逃れるように白磁のカップを手に取る。コーヒーは既に冷え切っていた。
瑞香はため息をついて啓太の前に座る。
コックシャツにベレー帽を被ったマスターが、瑞香の前にグラスを置いた。
「啓太くんは頭いいから良いよね」
瑞香は参考書を取り出す。
「別に、そんなに頭良くないよ?」
「嘘、学年順位いっつも上位じゃん」
「一応、勉強はしてるからね」
「はいはい、私は勉強してませんよーだ」
瑞香はいっーと白い歯を見せた。啓太は苦笑して短い髪を撫でる。
「岸本さんはどの教科が苦手なの?」
「全部」
「あらら……」
「特に数学と英語」
「へー、岸本さんって英語得意そうだけど?」
「苦手よあんなの」
瑞香は呪文のようなアルファベットの羅列を思い出して頭が痛くなった。数字が読める分、数学の方が幾分かマシだと考えて、数学の参考書を手に取る。
「岸本さん、どちらも苦手なら英語から勉強したほうが良いんじゃない?」
「何で?」
「だって岸本さん、文系でしょ? それに英語勉強した方が楽しいよ」
「英語なんて、全然楽しくないよ」
「それは難しく考えるからさ。英語の本の読書だって思えば、楽しくなってすぐに英語が得意になるよ」
「……そうかな?」
「そうだよ! 洋書がスラスラ読めるようになったら、きっと読書がもっと楽しくなるんだろうな……」
啓太は憧れるように遠い目をしながら窓の外を見た。
英語の本の読書かぁ……。
瑞香は英語の参考書を手に取って、おもむろにページを開く。
整然と並ぶ横文字は、やはり瑞香の目には呪文のようにしか見えない。
「ねぇ、それ読ませてよ!」
瑞香は、啓太の持つ新刊の小説にさっと視線を移した。
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