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窓の向こうの君
しおりを挟む冬月美花は慌てて顔を伏せた。
一階の図書室の窓際。放課後の特等席。窓の向こうの広い校庭で、野球部が汗を流している。
グラウンドの端。図書室に伸びる木陰。イチョウの木の下で白いユニフォームを着た小笠原健斗がバットを振った。美花は何時迄も頭に入ってこない本を広げながら、その凛々しい横顔を眺めた。放課後は図書室に通い、窓辺の特等席で本を広げる。それが美花の日課だった。
健斗くんと目が合っちゃった……。
美花は首筋を真っ赤に染めて活字に顔を埋めた。暫く経ってから、ちらりと窓の外を見る。すると、また健斗と目が合ってしまう。慌てた美花は思わず会釈をした。額に汗を流す健斗は白い帽子のつばを握って会釈を返す。美花は嬉しさよりも猛烈な恥ずかしさで居たたまれなくなり、何度もペコペコ頭を下げながら立ち上がった。
もう、ダメ、何やってんのアタシのバカ……。
美花は鞄をギュッと抱きしめると、逃げるように廊下に出る。その日から美花は図書室に通わなくなった。
冬月美花は俯きがちに廊下を歩いた。向こうの窓際で小笠原健斗が友達と談笑している。
制服姿の健斗は表情が優しげだった。部活中の精悍な顔つきとのギャップに、美花はドキッとする。肩を丸めて顔を下げ、髪の間からこっそりと健斗を見つめた。すると、健斗も此方を見る。美花は慌てるが、健斗は何事も無いかのように目線を逸らした。美花は悲しくなって足早に健斗の横を通り過ぎた。
放課後のチャイムが鳴った。夕暮れが窓から校内を紅く染める。美花は教室の隅で読んでいた文庫本を閉じると立ち上がった。ブラスバンド部の軽快な楽器の音色が、今の美花には物哀しい。
下駄箱でのそりと靴を履き替える。熱心に声を出す野球部を横目に、美花はグラウンドの端を歩いた。
タッタッタ。前から足音が聞こえてきた。ちらりと顔を上げる美花。汚れたユニフォームに爽やかな汗を流す健斗が、此方に向かって走ってくるのが見えた。
あ、ジョギング中だ。
美花は驚いて転びそうになりながらも、何とか横にずれた。すると、健斗は美花の目の前で走るのを辞めてしまう。美花は俯いたまま顔を上げられなくなった。
「あのさ」
健斗は俯く美花に声をかけた。
「……はい」
美花はどうしていいか分からず、なんとか声を絞り出す。
「もう図書室には行かないの?」
「……え?」
「いや、最近見なくなったから心配になってさ」
美花はそっと顔を上げた。長い髪の隙間から健斗の顔を見上げる。
「あの……」
「もし俺の素振りが気になってたんなら、ごめんな。俺、練習場所変えるよ」
「い、いえいえ、いえいえ、そんな事は!」
美花は思わず声を上げた。顔が真っ赤に染まる。必死に細い腕を目の前で振った。それを見た健斗はニコリと笑う。
「なら良かった。俺も本読むからさ、ずっと何の本読んでるんだろうって気になってたんだ」
「そ、そうなんですか?」
「そ、似合わないでしょ?」
「いえいえ、似合います!」
美花はまた手をパタパタと振った。久しぶりの運動。汗が頬を伝った。その時、野球部の監督の怒鳴り声が聞こえてきた。健斗は慌てて校庭の向こうに手を振る。
「はは、また何かお勧めの本とかあったら教えてよ! それじゃ!」
帽子のつばを握って片手を上げた健斗は、グラウンドを駆けた。
その後ろ姿をぼーっと見つめた美花は、何時迄も頭に入ってこなかった図書室の本を思った。
早く続きが読みたい。
美花はサッとグラウンドに頭を下げると、走り出した。
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