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【第五部:聖なる村】第一章
フェランの歌声
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「ラミも聞きたかった! 明日はラミも行きたい!」
翌朝、話を聞いてラミは不満げに口を尖らせた。
「おう、俺も興味があるね。ひょっとして、その歌自体に手がかりがあったりはしないのか? 歌の内容とか」
エルシャがディオネのほうを見やる。
「俺にはまったく意味がわからなかったが……客のひとりは、恋の歌だといってたな」
ディオネは何とか思い出そうと顔をしかめた。
「うーん、恋? っていうか、もっと難しい内容だったような。悲しみとか希望とかがどうだとか。……だめだ、思い出せない」
するとフェランが、滑らかな口調で静かに語り始めた。
「『悲しみと喜びとともに、希望へ向かって歩く。幸せの高嶺に在るときは、澄み切った青空にさえ手が届く』……」
「そうそう! そんな内容だったわ。あんた、一回聞いただけでよく覚えてるねえ」
思い出してすっきりした表情のディオネとは対照的に、フェランはまだ何か引っかかっているような様子だ。
「何ていうか、すごく自然に、入ってきたんです。あの歌が……。昨夜からずっと、頭を離れなくて……」
するとラミが声を上げた。
「じゃあフェランが歌って! 覚えてるんでしょ? 歌ってよ」
フェランが照れたように笑う。
「ラミ、僕は歌なんて歌ったことないよ。覚えてるといってもうろ覚えだし、そんな簡単には……」
しかし、ラミの頼みがエルシャを後押しする形となった。
「いや、俺からもお願いするよ。言語のナリューン語で、覚えているところだけでいいから歌ってくれないか? 俺にはわからないが、サラマ・アンギュースのナイシェやゼムズが聞いたら、何か気づくことがあるかもしれない」
エルシャの頼みとなると、これまで十年以上もエルシャの専属の従者として仕えてきたフェランにとっては、命令も同然だった。
「そ、そういうことでしたら……でも、僕が歌っても、きっと音が狂ってよくわからないんじゃ……」
しどろもどろになるフェランに、堪らずゼムズが大声を張り上げる。
「煮え切らねえ奴だな! てめえも男なら潔く歌え!」
ゼムズの言葉には、さすがにフェランも観念したようだった。彼は大きくひとつ深呼吸をすると、女声とも聞きまがうような細い裏声で歌い始めた。アルム語ではない言葉が、その口から紡がれる。遠慮がちに歌われた、少年のように高く細いその声は、コクトーのものとは異なるものの、昨夜歌われたその歌を見事に再現していた。途中まで歌うと、フェランは再びアルム語に戻っていった。
「ここまでしか、歌っていませんでした。覚えている限りやってみたつもりですが……」
居心地悪そうにするフェランに、ナイシェとラミが盛大な拍手を送る。
「素敵だったわよ、フェラン! あなた、歌も上手なのね。歌詞も、何だか神秘的で惹きつけられたわ」
「うん、全然知らない言葉だったけど、ラミ満足!」
しかし、エルシャのいうような歌からの特別な手掛かりについて問われると、一同は口を閉ざしてしまった。素晴らしい旋律と歌詞であることには間違いないが、皆、それ以上の感覚はなかった。
「……やはり、鍵を握るのはコクトーのみ、ということか……」
「でも、あのコクトーがこれ以上話してくれるとは到底思えないよ」
「だが……何か、引っかかるんだ。何とはいえないんだが……」
その『何か』がある限り、エルシャはコクトーを諦める気にはなれなかった。今は聞く耳を持たないコクトーだが、辛抱強く接すれば、いつか彼も心を開いてくれると信じていた。
翌朝、話を聞いてラミは不満げに口を尖らせた。
「おう、俺も興味があるね。ひょっとして、その歌自体に手がかりがあったりはしないのか? 歌の内容とか」
エルシャがディオネのほうを見やる。
「俺にはまったく意味がわからなかったが……客のひとりは、恋の歌だといってたな」
ディオネは何とか思い出そうと顔をしかめた。
「うーん、恋? っていうか、もっと難しい内容だったような。悲しみとか希望とかがどうだとか。……だめだ、思い出せない」
するとフェランが、滑らかな口調で静かに語り始めた。
「『悲しみと喜びとともに、希望へ向かって歩く。幸せの高嶺に在るときは、澄み切った青空にさえ手が届く』……」
「そうそう! そんな内容だったわ。あんた、一回聞いただけでよく覚えてるねえ」
思い出してすっきりした表情のディオネとは対照的に、フェランはまだ何か引っかかっているような様子だ。
「何ていうか、すごく自然に、入ってきたんです。あの歌が……。昨夜からずっと、頭を離れなくて……」
するとラミが声を上げた。
「じゃあフェランが歌って! 覚えてるんでしょ? 歌ってよ」
フェランが照れたように笑う。
「ラミ、僕は歌なんて歌ったことないよ。覚えてるといってもうろ覚えだし、そんな簡単には……」
しかし、ラミの頼みがエルシャを後押しする形となった。
「いや、俺からもお願いするよ。言語のナリューン語で、覚えているところだけでいいから歌ってくれないか? 俺にはわからないが、サラマ・アンギュースのナイシェやゼムズが聞いたら、何か気づくことがあるかもしれない」
エルシャの頼みとなると、これまで十年以上もエルシャの専属の従者として仕えてきたフェランにとっては、命令も同然だった。
「そ、そういうことでしたら……でも、僕が歌っても、きっと音が狂ってよくわからないんじゃ……」
しどろもどろになるフェランに、堪らずゼムズが大声を張り上げる。
「煮え切らねえ奴だな! てめえも男なら潔く歌え!」
ゼムズの言葉には、さすがにフェランも観念したようだった。彼は大きくひとつ深呼吸をすると、女声とも聞きまがうような細い裏声で歌い始めた。アルム語ではない言葉が、その口から紡がれる。遠慮がちに歌われた、少年のように高く細いその声は、コクトーのものとは異なるものの、昨夜歌われたその歌を見事に再現していた。途中まで歌うと、フェランは再びアルム語に戻っていった。
「ここまでしか、歌っていませんでした。覚えている限りやってみたつもりですが……」
居心地悪そうにするフェランに、ナイシェとラミが盛大な拍手を送る。
「素敵だったわよ、フェラン! あなた、歌も上手なのね。歌詞も、何だか神秘的で惹きつけられたわ」
「うん、全然知らない言葉だったけど、ラミ満足!」
しかし、エルシャのいうような歌からの特別な手掛かりについて問われると、一同は口を閉ざしてしまった。素晴らしい旋律と歌詞であることには間違いないが、皆、それ以上の感覚はなかった。
「……やはり、鍵を握るのはコクトーのみ、ということか……」
「でも、あのコクトーがこれ以上話してくれるとは到底思えないよ」
「だが……何か、引っかかるんだ。何とはいえないんだが……」
その『何か』がある限り、エルシャはコクトーを諦める気にはなれなかった。今は聞く耳を持たないコクトーだが、辛抱強く接すれば、いつか彼も心を開いてくれると信じていた。
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