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【第四部:神の記憶】第六章

ラミの選択

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 純白の装束に身を包んだメリナが、透明のガラスケースに入れられて、ほこらの中へ運び込まれた。ケースの底には、真っ白なバラの花びらが敷き詰められている。白は、いまだ何ものにも染まらない無垢の色――これは同時に、邪悪な気や念を吸収して封じ込めるものとして、浄化の儀式では多用されていた。冷たく重たい鉄の扉がゆっくりと開き、その奥の暗闇に、ガラスケースを抱えた男四人が消えていった。しばらくの静寂。ときおり肌に少し冷たい秋風が吹き、木々の葉が鳴る。ほこらの外で待つ者たちは皆、息を潜めていた。ナイシェは、開かれた扉の奥の吸い込まれそうな暗闇を凝視したまま、ラミの肩を抱く自分の左手が不自然に冷えていくのを感じていた。
 しばらくしてから、先ほど入っていった四人の男たちが出てきた――今度は何も持たずに。四人が出たあと、鉄の扉が地響きのような音をたてて閉じられた。その前で青い衣装を身にまとった神官が祈りの言葉を唱えると、固く閉ざされた鉄の扉に錠が下ろされた。神官はそれを見届けてからおもむろに振り返り、一礼してからその場を去っていった。代わりにひとりの役人が近づいてきた。

「本日より三日間浄化したのち、埋葬させていただきます。安らかに眠られますよう、お祈り申し上げます」

 中途半端に神妙な顔つきをしたその役人は、そのあとも何とか気の利いた言葉を見つけようとしていたが、やがて諦めると、小さく会釈をして帰っていった。その後ろ姿を見つめながら、ディオネが独り言のように呟く。

「安らかに、ね……」

 ラミが、ナイシェのスカートの裾を強く握りしめた。

「もう、ママとは二度と会えないのね……」
「……そうね……」

 そう答えながら、ナイシェはそっとラミの様子をうかがった。先ほどまで泣いていたのとは違い、今はしっかりと口を閉じ、鋭い視線を鉄の扉に送っている。今さらながら、ナイシェはラミの年齢にそぐわない大人びた雰囲気に戸惑いを覚えた。

「でもね、ラミ」
 フェランがラミの前にしゃがんだ。
「ラミのママが、ラミのために残していったものがあるんだ」

「残していったもの?」
「そう。大切な話だから、よく聞いて。ラミなら、きっと理解できると思う」

 そういうと、フェランは一息ついてから再び口を開いた。

「ラミのママが、どうして僕たちについて町を出ようと思ったのか、覚えてる?」
「うん。ママは『神の民』で、町の人たちは『神の民』が嫌いなの。なんかね、人殺しって呼ぶんだよ、ママは違うのに」
「そう……町の皆は、神の民のことをよく知らないからそういうんだ。でも、ラミは、ちゃんとわかっていなくちゃいけない。なぜなら、それが、ラミのママをちゃんと理解することになるから。それに……ラミ自身にも、関係のあることだからね」
「あたしは『神の民』じゃないよ。ママがそういってた」

 首をかしげるラミに、ナイシェが説明した。

「あのね。神の民は、小さな小さなかけらを持っている人たちがなるの。そのかけらには、神様のいろんな力が詰まっているのよ。ラミのお母さんは、『記憶』の詰まったかけらを持っていた。そのかけらには、何十億年もの神様自身の記憶が詰まっているのよ。そして、本来かけらは、代々受け継がれるものなの」
「……じゃあ、次はあたしが神の民になるの?」

「そのことなんだけど」
 フェランが答える。
「ラミのママは、ラミを神の民にはさせたくないといっていた。かけらを持つと、たくさんのことを犠牲にしなくてはならないからね。でも、最後にはこういっていた――すべてを理解して、それでも受け入れる覚悟ができたなら、そのときにかけらを入れなさい、とね」

 ラミは顔をしかめて唇を尖らせた。

「よく、わからない。覚悟って、なに? どうして犠牲になるの?」

 フェランはそんなラミの頬をやさしく撫でる。

「それは、ラミがこれから学んでいくことだ。言葉だけではどうしても伝わらないことや気持ちを、自分で感じて……それから、どうするか決めたらいいよ。僕たちも、その手伝いをするつもりだ。それまでは、かけらは……ラミの、お守りだね。ラミのママが残してくれた、ただひとつのものだ」

 フェランはラミの右手をとると、その手のひらに小さなかけらを握らせた。親指の爪ほどの小さなガラスのような破片で、太陽の光を反射して美しく輝いている。

「これが、かけら?」

 破片にうんと顔を近づけて、ラミが尋ねる。

「そうだよ。どこにしまうかは、わかるね?」

 ラミは一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を輝かせてうなずくと、首元からぶら下がっている革の紐を手繰り寄せ、母親から最後に渡された小さな栗色の巾着を取り出した。

「ここで、いいんだよね?」

 ラミの言葉に、フェランはやさしく彼女の頭を撫でた。

「そう、さすがラミだ。そのかけらをどうするかは、これからゆっくり決めていけばいい。……もうラミのママはいないから、これからはラミが、自分で自分のことを決めていかなくてはね」

 もうラミのママはいない。
 その言葉を聞いて、ラミはわずかにうつむくと唇を尖らせた。

「……何だか、わからない。信じられないよ、もうママに会えないなんて。あたし、この先どうすればいいのかなあ? 今までは、ママと一緒にいれば間違いないって思ってた。でも、ママがいなくなっちゃったから……」

 それを聞いて、今度はナイシェが身をかがめる。

「それじゃ、こう考えたらどう? ラミのお手本はラミのお母さんでしょ。お母さんがいなくても、お母さんの教えを守っていくことはできるわ。よく思い出して、ラミのお母さんは、ラミにどんなふうに生きてほしいっていってた?」

 ラミは額にしわを寄せながら懸命に考えた。

「うーんとね。自分にウソをついたらダメ。悪い人についていっちゃダメ。それから……自分の好きなように生きなさい、っていってたかな……」
「そうね。じゃあ今、ラミはどうしたいの?」

 するとラミは元気よく答えた。

「ナイシェやフェランたちと一緒にいたい! ママが、この人たちなら信頼していいっていってたし。それで、あたしが大きくなって、もっと頭がよくなったら……ママのこと、もっと教えてほしい。ママがどうしてあんなふうに苦しんでいたのか。どうして、町の人たちから嫌われちゃったのか……」

 次第に声が弱くなっていく。

「……これで、いいのかなあ? ナイシェたちは、連れていってくれる?」

 ナイシェはフェランやエルシャの顔を交互に見比べた。

「もちろんよね?」

 エルシャがうなずいた。

「ああ。ラミも知ってるとおり、俺たちはサラマ・アンギュースを探して旅をしている。危険だし辛い旅になると思うけど、ラミのお母さんのことをよく知ることはできると思う。……それでいいかい?」

 ラミは大きくうなずいた。

「うん、連れていって! お願い!」

 目を大きく輝かせるラミを、ゼムズが逞しい両腕で高々と抱え上げる。

「よおし! そうと決まれば、小さな小さなお姫様は、このゼムズがお守りしてみせますぞ!」

 ゼムズの腕の中で嬉しそうに笑うラミを見て、フェランはのしかかっていた荷のひとつが消えていくのを感じた。死を目前にした者との、もうひとつの約束――それも、守ることができそうな気がした。
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