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【第四部:神の記憶】第六章

カイル伯爵との会食

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 細長いテーブルの上に、朝食にしてはあり余るほどの料理が並べられている。山と積まれた焼きたてのパン、色とりどりの野菜が盛られたサラダ、鼻をくすぐる香ばしいスープ、手に取るのをためらうほどに美しく盛り付けられたハムとチーズ。何から手をつけたらいいのかわからないほどだった。

「さあ、遠慮なく食べてくれたまえ」

 カイルの言葉に、ナイシェは素直にお礼をいう。ディオネはというと、食卓の上を一通り眺めたあと、カイルのほうへ一瞥をくれた。

「食べ物で丸め込もうったってそうはいかないわよ」
「姉さん! 失礼だわ」

 たしなめるナイシェをカイルが制する。

「いや、お姉さんがそう思うのも当然だ。僕は君を手に入れるために、似たようなことをしてしまったんだから」

「そのとおりよ」
 ディオネが強い口調でいう。
「あたしがここに来たのは、あんたを許したからじゃないのよ。あんたのいい訳を聞きに来たの。もっとも、あんなことして正当ないい訳も何もないでしょうけど」

 カイルは小さくため息をついた。

「ああ、君のいうとおりだ。許してもらえるとは思っていない。でも、どうしても面と向かって謝っておきたくてね。ナイシェとエルシャ殿の寛容な措置にも、本当に感謝の言葉が見つからないよ。でも……」
 何か考えているかのようなしばしの沈黙のあと、カイルはいった。
「一番いいたいのは、そんなことではないのかもしれない。あんなことをしてしまった理由はただひとつ……それほどまでに、ナイシェの踊りが素晴らしかったんだ」

 そこまでいって、カイルは自嘲した。

「本当に、いい訳にもならないね」

 しばらくの沈黙のあと、ディオネが口を開いた。

「あんたがそこまで惚れ込んだ、あの踊り……。この子が踊るのを見たのは、あたしもあれが初めてだった。あたしは踊りの良し悪しなんてまったくわからないけど、あの踊りは最高だった。心に焼き付く何かがあった……それは、認めるよ」

 それを聞いて、カイルがディオネに微笑みかける。

「君も、そう思うだろう? だからってあんな手段に出るのは許されることではないけれど、そうさせてしまう何かが、あったんだ。ほかを知らなくたって、ナイシェは間違いなく世界一の踊り子だと、僕にはすぐわかったよ」

 ディオネがかすかに笑った。

「世界一、ね……あたしの妹が」

「さあ、どんどん食べてくれたまえ。僕の気持ちなんだ、受け取ってくれないかな」

 カイルの言葉に、ディオネはチーズの乗ったビスケットを一口かじった。

「うん……あんたの気持ちはともかく、これ、おいしいじゃない」

 無表情ながらもテーブルの上の食事に手を伸ばすディオネを見て、ナイシェはほっと胸を撫で下ろした。ディオネは、少なからずカイルに心を開いたようだった。

「ところで、君たちはまたすぐ出発してしまうのかい?」
「まだ、当分ここにいると思うわ。連れの調子が、あまりよくないの」
「ああ、彼女、何ていったっけ……メリライナ、だったか。宮殿屈指の医師の手にも負えないんだってね。いったいどんな難病を患っているんだい」

 ナイシェがいいにくそうに答える。

「お医者様は、ただの過労だって。でも、かなり衰弱しているから治療は難航するだろうって……」

 そのとき、廊下へと続く扉からひとりの侍女が姿を現した。

「失礼いたします。ディオネ様、ナイシェ様、お連れのメリライナ様のご容態が思わしくないので、至急お戻りいただくように、とのことです」

 ナイシェはディオネと顔を見合わせた。メリナは今、王族専用の医療用客室で手当てを受けている。宮殿に到着して三日目になるが、医師によると、やれることはやった今、あとは本人の回復力に頼るしかないということだった。
 ナイシェが断るまでもなく、カイルは二人にいった。

「ここはいいから、早く行ってあげなさい」

 二人は礼をいうと、すぐにメリナの元へ向かった。
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