180 / 371
【第四部:神の記憶】第六章
カイル伯爵との会食
しおりを挟む
細長いテーブルの上に、朝食にしてはあり余るほどの料理が並べられている。山と積まれた焼きたてのパン、色とりどりの野菜が盛られたサラダ、鼻をくすぐる香ばしいスープ、手に取るのをためらうほどに美しく盛り付けられたハムとチーズ。何から手をつけたらいいのかわからないほどだった。
「さあ、遠慮なく食べてくれたまえ」
カイルの言葉に、ナイシェは素直にお礼をいう。ディオネはというと、食卓の上を一通り眺めたあと、カイルのほうへ一瞥をくれた。
「食べ物で丸め込もうったってそうはいかないわよ」
「姉さん! 失礼だわ」
たしなめるナイシェをカイルが制する。
「いや、お姉さんがそう思うのも当然だ。僕は君を手に入れるために、似たようなことをしてしまったんだから」
「そのとおりよ」
ディオネが強い口調でいう。
「あたしがここに来たのは、あんたを許したからじゃないのよ。あんたのいい訳を聞きに来たの。もっとも、あんなことして正当ないい訳も何もないでしょうけど」
カイルは小さくため息をついた。
「ああ、君のいうとおりだ。許してもらえるとは思っていない。でも、どうしても面と向かって謝っておきたくてね。ナイシェとエルシャ殿の寛容な措置にも、本当に感謝の言葉が見つからないよ。でも……」
何か考えているかのようなしばしの沈黙のあと、カイルはいった。
「一番いいたいのは、そんなことではないのかもしれない。あんなことをしてしまった理由はただひとつ……それほどまでに、ナイシェの踊りが素晴らしかったんだ」
そこまでいって、カイルは自嘲した。
「本当に、いい訳にもならないね」
しばらくの沈黙のあと、ディオネが口を開いた。
「あんたがそこまで惚れ込んだ、あの踊り……。この子が踊るのを見たのは、あたしもあれが初めてだった。あたしは踊りの良し悪しなんてまったくわからないけど、あの踊りは最高だった。心に焼き付く何かがあった……それは、認めるよ」
それを聞いて、カイルがディオネに微笑みかける。
「君も、そう思うだろう? だからってあんな手段に出るのは許されることではないけれど、そうさせてしまう何かが、あったんだ。ほかを知らなくたって、ナイシェは間違いなく世界一の踊り子だと、僕にはすぐわかったよ」
ディオネがかすかに笑った。
「世界一、ね……あたしの妹が」
「さあ、どんどん食べてくれたまえ。僕の気持ちなんだ、受け取ってくれないかな」
カイルの言葉に、ディオネはチーズの乗ったビスケットを一口かじった。
「うん……あんたの気持ちはともかく、これ、おいしいじゃない」
無表情ながらもテーブルの上の食事に手を伸ばすディオネを見て、ナイシェはほっと胸を撫で下ろした。ディオネは、少なからずカイルに心を開いたようだった。
「ところで、君たちはまたすぐ出発してしまうのかい?」
「まだ、当分ここにいると思うわ。連れの調子が、あまりよくないの」
「ああ、彼女、何ていったっけ……メリライナ、だったか。宮殿屈指の医師の手にも負えないんだってね。いったいどんな難病を患っているんだい」
ナイシェがいいにくそうに答える。
「お医者様は、ただの過労だって。でも、かなり衰弱しているから治療は難航するだろうって……」
そのとき、廊下へと続く扉からひとりの侍女が姿を現した。
「失礼いたします。ディオネ様、ナイシェ様、お連れのメリライナ様のご容態が思わしくないので、至急お戻りいただくように、とのことです」
ナイシェはディオネと顔を見合わせた。メリナは今、王族専用の医療用客室で手当てを受けている。宮殿に到着して三日目になるが、医師によると、やれることはやった今、あとは本人の回復力に頼るしかないということだった。
ナイシェが断るまでもなく、カイルは二人にいった。
「ここはいいから、早く行ってあげなさい」
二人は礼をいうと、すぐにメリナの元へ向かった。
「さあ、遠慮なく食べてくれたまえ」
カイルの言葉に、ナイシェは素直にお礼をいう。ディオネはというと、食卓の上を一通り眺めたあと、カイルのほうへ一瞥をくれた。
「食べ物で丸め込もうったってそうはいかないわよ」
「姉さん! 失礼だわ」
たしなめるナイシェをカイルが制する。
「いや、お姉さんがそう思うのも当然だ。僕は君を手に入れるために、似たようなことをしてしまったんだから」
「そのとおりよ」
ディオネが強い口調でいう。
「あたしがここに来たのは、あんたを許したからじゃないのよ。あんたのいい訳を聞きに来たの。もっとも、あんなことして正当ないい訳も何もないでしょうけど」
カイルは小さくため息をついた。
「ああ、君のいうとおりだ。許してもらえるとは思っていない。でも、どうしても面と向かって謝っておきたくてね。ナイシェとエルシャ殿の寛容な措置にも、本当に感謝の言葉が見つからないよ。でも……」
何か考えているかのようなしばしの沈黙のあと、カイルはいった。
「一番いいたいのは、そんなことではないのかもしれない。あんなことをしてしまった理由はただひとつ……それほどまでに、ナイシェの踊りが素晴らしかったんだ」
そこまでいって、カイルは自嘲した。
「本当に、いい訳にもならないね」
しばらくの沈黙のあと、ディオネが口を開いた。
「あんたがそこまで惚れ込んだ、あの踊り……。この子が踊るのを見たのは、あたしもあれが初めてだった。あたしは踊りの良し悪しなんてまったくわからないけど、あの踊りは最高だった。心に焼き付く何かがあった……それは、認めるよ」
それを聞いて、カイルがディオネに微笑みかける。
「君も、そう思うだろう? だからってあんな手段に出るのは許されることではないけれど、そうさせてしまう何かが、あったんだ。ほかを知らなくたって、ナイシェは間違いなく世界一の踊り子だと、僕にはすぐわかったよ」
ディオネがかすかに笑った。
「世界一、ね……あたしの妹が」
「さあ、どんどん食べてくれたまえ。僕の気持ちなんだ、受け取ってくれないかな」
カイルの言葉に、ディオネはチーズの乗ったビスケットを一口かじった。
「うん……あんたの気持ちはともかく、これ、おいしいじゃない」
無表情ながらもテーブルの上の食事に手を伸ばすディオネを見て、ナイシェはほっと胸を撫で下ろした。ディオネは、少なからずカイルに心を開いたようだった。
「ところで、君たちはまたすぐ出発してしまうのかい?」
「まだ、当分ここにいると思うわ。連れの調子が、あまりよくないの」
「ああ、彼女、何ていったっけ……メリライナ、だったか。宮殿屈指の医師の手にも負えないんだってね。いったいどんな難病を患っているんだい」
ナイシェがいいにくそうに答える。
「お医者様は、ただの過労だって。でも、かなり衰弱しているから治療は難航するだろうって……」
そのとき、廊下へと続く扉からひとりの侍女が姿を現した。
「失礼いたします。ディオネ様、ナイシェ様、お連れのメリライナ様のご容態が思わしくないので、至急お戻りいただくように、とのことです」
ナイシェはディオネと顔を見合わせた。メリナは今、王族専用の医療用客室で手当てを受けている。宮殿に到着して三日目になるが、医師によると、やれることはやった今、あとは本人の回復力に頼るしかないということだった。
ナイシェが断るまでもなく、カイルは二人にいった。
「ここはいいから、早く行ってあげなさい」
二人は礼をいうと、すぐにメリナの元へ向かった。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件
後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。
転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。
それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。
これから零はどうなってしまうのか........。
お気に入り・感想等よろしくお願いします!!
【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる