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【第四部:神の記憶】第六章

朝食

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 翌朝、フェランはエルシャとゼムズの三人で朝食をとった。ゼムズは、エルシャの懸命の説得にも屈しず、宮殿用の正装を身にまとうのを頑なに拒んだ。あんな気取ったお上品な代物、とても俺には着れねえ、というのがゼムズのいい分だ。俺は自分の身分に誇りを持っている、あんな服を着るくらいなら死んだほうがましだ、という言葉に、エルシャも諦めたのだった。

「だがな、ゼムズ。せめて腰の剣は外してくれ。でないと衛兵や警備員が飛んできかねない」

 それがエルシャのせめてもの頼みだった。結局ゼムズは剣を保管してある自室からあまり離れようとせず、朝食も他の者がゼムズの部屋へ集合する形となった。

「ナイシェとディオネは来ないのですか?」

 フェランの問いに、エルシャがうなずく。

「カイル・スカーライン伯爵に誘われたらしい」
「あの伯爵が?」

 予期していなかった返答に、フェランが訊き返す。

「ああ。ナイシェはともかく、ディオネがよく承諾したものだ」

 すると、焼きたてのパンを頬張りながらゼムズが口を挟んだ。

「あたしを誘うとは上等だ、いい訳のひとつでも聞いてやろうじゃないか、って意気込んでたぜ。カイル伯爵ってーと、例の、ナイシェをさらった男だろう? そりゃあディオネじゃなくたって怒るよなあ。ナイシェ本人が許したってことのほうが驚きだが」
「許したどころか、今ではすっかり仲良くなっているぞ。まったく、あの屋敷で何があったんだか」

 するとフェランが表情を変えずにいった。

「ザイクといいカイル様といい、ナイシェと気が合うような性格には見えませんが」

 それを聞いて、ゼムズが楽しそうに片眉を上げる。

「おやおやフェランくん、男の嫉妬は醜いぜえ」

 途端にフェランが怒ったように顔を赤らめる。

「僕は思ったことを口にしただけです! 嫉妬だなんて……」

 すると今度はエルシャが含み笑いを始めた。

「気のやさしいフェランくんの棘のある言葉を、俺は初めて耳にしたよ」

 フェランがあからさまに不機嫌な顔をする。

「僕が誰に嫉妬しているというですか。棘があるというのなら、それはもともとですよ。ザイクがナイシェをお金と交換しようとしたときから、僕は彼を嫌っています。それに、そう指示した伯爵自身もね」

 ゼムズが目を丸くして意味ありげに口笛を吹いた。

「だが、ナイシェの話では、あのあと少なくとも伯爵本人は改心したようだぞ」

 エルシャの言葉に、ゼムズが一言つけ加える。

「そんなにナイシェちゃんが心配なら、行ってくればいいじゃないか。きっと今ごろは楽しくお食事中だぜ」

 フェランは鋭いまなざしでゼムズを睨んだ。ゼムズは大げさに両手を挙げる。

「おー、怖いねえ」
「それくらいにしておけ、ゼムズ。こいつが本気で怒ると怖いぞ」

 笑いを堪えながらそうたしなめるエルシャを横目で見やると、フェランはひとつ咳ばらいをして朝食を再開した。

「それはそうと、エルシャだってこんなところで食事をしている場合ではないのでは? いいんですよ、僕たちに気を遣わなくても」

 フェランのさりげない言い回しに、今度はエルシャが腹を立てる番だった。

「そんな嫌味のいい方をどこで覚えたんだ」
「嫌味ではないですよ、ゼムズにだって紹介するといっていたではないですか」

 するとゼムズがすかさず割って入る。

「ジュノレ坊ちゃん……じゃなかった、ジュノレ嬢ちゃんの話かい? そうだった、俺はまだ会っていないぜ」

 エルシャは浅くため息をついた。

「あいつはリキュスとともに国を運営しているから、忙しいんだろう。また改めて紹介するよ」
「ではエルシャも、こちらへ戻ってからまだお会いになっていないのですか? それはさぞ寂しいでしょう」

 エルシャがあからさまに不快な顔をする。

「おまえ、意外と性格悪いんだな。いくら何でも反撃が過ぎるぞ」

 フェランは気まずそうに再び咳ばらいをした。

「すみません、つい……。会う余裕なんて、ありませんでしたからね」

 それからしばらく沈黙が続いた。フェランの最後の一言で、それぞれがあるひとりの人物に思いを馳せたからだ。

「……可哀想にあのも、歳のわりにあんなにしっかりしてるってのは、それだけ厳しい生い立ちだったんだろうなあ」

 ゼムズが独り言のように呟く。
 二部屋隣で休養を取っているメリライナは、アルマニア宮殿に着いてからも一向に回復しなかった。毎日誰かが看護につき、今は娘のラミが母親とともに朝食をとっている。

「神の民に生まれたというだけで、こんなにも運命が変わってしまうのだな」

 ディオネからメリナの母親の話を聞いていたエルシャは、あのかけらさえなければメリナは今ごろ申し分のない生活が送れているはずだったことを知っていた。体を売ることもなく、両親の愛情に守られて。そして、母親と同じように幸せな結婚ができたはずなのだ。

「ニコルで俺たちと会いさえしなければ、今神の記憶にうなされ続けることもなかったろうに」
「エルシャ、すぐ悲観的になるのはおまえの悪い癖だな。少しは俺を見習えよ。メリナは自分の意思で俺たちについてきたんだ。こうなるだろうことは、誰よりも一番よくわかっていただろうよ」

 ゼムズの言葉に、エルシャは深いため息をついた。

「……そのとおりなんだがね」

 フェランは二人の会話にじっと耳を傾けるだけだった。
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