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【第四部:神の記憶】第五章

宮殿へ

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「確かに、突拍子もない考えだな。サラマ・アンギュースというのは、そんなにごろごろ転がっているものなのか? 手配者のひとりだったハーレルとやらもそうだろう。あの男も無実ということらしいがな」
「ああ、あいつは確かに……」

 無実だ、といおうとして、ふと言葉を止める。それまで胸に引っかかっていたものが取れたような気がした。紋章を盗んだ目的と犯人のやり方がどうしても一致しなかったのは、思い違いなどではなかったのかもしれない。目的は、想像も及ばないところにあるのかもしれないのだ。

「首謀者の目的は、本当に宮殿にあるのだろうか……」

 エルシャが呟く。

「何だって? そうでなければ、どうしてわざわざ宮殿内部の者が宮殿の象徴でもある紋章を盗むんだ」
「そう思わせるのが狙いだとしたら?」

 テュリスはエルシャの言葉を一笑に付した。

「おいおい、ずいぶん大掛かりな犯行だな! そこまでする犯人の狙いは何だ? 世界征服か?」

 エルシャは構わず続ける。

「自分でも突飛な発想だとは思っている。だが、可能性がないわけではないだろう? 左の頬がえぐられていたのは、男のあの傷が、神の民のかけらを埋めた跡だからじゃないだろうか。ハルを容疑者に仕立て上げたのも、彼からかけらを奪うためとは考えられないか?」

 テュリスはどうしようもないというように首を振った。

「なあ、エルシャさん、頭がどうかしてしまったか? おまえのいうとおりなら、なぜわざわざそのために盗難事件を起こす必要がある? 標的がわかっているなら、そんなまわりくどいことをしなくても直接殺せばいいじゃないか。確かに、あの男は操作の民だったかもしれない。だが、それ以上は納得できないな。おまえは神の使命のことで頭がいっぱいなんだよ」

 エルシャはしばらく黙っていたが、やがてうなずいた。

「そうだな。おまえのいうとおりだ。矛盾が多すぎる。単なる偶然なんだろう……」

 テュリスは再び黙ってしまったエルシャを見て、ため息をついた。

「……一応、おまえの意見も念頭には置いておくよ。どうせハルもまだ手配中だしな。引き続き殺し屋の操作も続けているから、捕まえたらその線でも攻めてみよう。それでいいか?」
「ああ、すまないな」

 テュリスは鼻で笑いながら席を立った。

「俺が手を借りるつもりが、おまえに悩みの種を増やしてしまったみたいだな」

 そのまま宿を出ようとするテュリスを、エルシャが慌てて呼び止める。

「テュリス、頼みがあるんだが。容疑者のうち、ほかに四人殺されたといっていたな。彼らが具体的にどう殺されたのか、調べられるか?」

 テュリスはいかにも面倒そうに片眉を上げた。

「まあ、できないこともないが……。宮殿に戻れば、資料は手に入るぞ。だが、確かこれといって特徴的な死に方をした奴はいなかったな。……おい、本当にサラマ・アンギュース狩りが行われていると思っているのか?」
「わからない。それを確かめるつもりだ。このままでも神の民に関する手がかりは掴めないからな」

 それに、我々の邪魔をしようとしている者が宮殿の中にいることは確かなのだ。

 エルシャは心の中でそう呟いた。が、口には出さなかった――このことは、宮殿に少しでも関わりのある者には漏らせない。それがたとえテュリスでも、またジュノレやリキュスであっても。

「なら、宮殿に戻るか? 五、六人なら、馬車に乗せてやってもいいが」
「助かる。ちょうど病人がいるんだ」

 宮殿内に神の民を集めるのは危険かもしれないが、常に人の目のあるところにいれば問題はないだろう。

「俺は気は短いぞ。戻るのならすぐ出発する」
「ああ、少しだけ待っていてくれ。フェランが帰ってきたら、すぐ出られると思う」
「すぐ戻るのか?」
「ああ。病人というのはメリライナでね。寝込んでいて起きられないから、フェランに何か用事を頼んだらしい」

 エルシャは、あまり詳しくは話さなかった。敵は、宮殿の中に住むかなり近しい者だ。テュリスも、そのうちのひとりであることには間違いなかった。

 ちょうどいい。宮殿でメリナの回復を待つ間に、そのあたりも探ってみよう。

 エルシャはそう思いながら、ちらりとテュリスのほうを盗み見た。
 そもそもこの男は、本当に俺の力を借りに来たのか? 宮殿に潜む敵は、十三年前にフェランの記憶を封じることができるほどの人物だ、それがテュリスであるわけはない。しかし、だからといって、テュリスがその人物の仲間ではないと断言することも、できないのだ――。
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