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【第四部:神の記憶】第五章

暗殺

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 その夜、テュリスは宮殿の伝令から報告を受けた。二日続けて使者が来るのは珍しい。大幅な進展でもあったかと考えたが、連絡はまったく予想だにしない内容だった。

「容疑者のうち、四人が昨夜何者かに殺害されました。三人はアルマニア宮殿への護送中、一人はまだ手配中の男で、エルスライの郊外で死体で発見されました」

 輸送中の三人の中には、ザンガに紋章を手渡した男も含まれていた。これで、彼から傷の男についてもう一度詳しく聞くことはできなくなった。テュリスはすぐに待機していた男たちを呼んだ。

「ザンガに護衛を三人つけろ。けして殺させるな」

 それから地図を開き、このルキヌからタストスまで移動するのにどれくらいの時間がかかるか計算する。一晩中場所を走らせれば行けない距離ではなかったが、何人もの部下を抱えて夜中に出発するのは無理だ。テュリスは舌打ちをした。恐らく、この事件の黒幕が、関わった者たちを口封じに次々と殺しているに違いない。だとすれば、真っ先に守らなければならないのは、タストスの傷の男なのだ。あるいは彼ももう殺されているかもしれない。
 テュリスは思案のあげく、部下たちに退室を命じた。

「明日の朝、日の出とともにタストスへ出発する。用意をしておけ。それまではひとりにしてくれ」

 部下たちがおとなしく出ていき、あたりが静まったのを確認すると、テュリスはひとつ深呼吸をした。最近疲れ気味だが、かまっている場合ではない。エルシャたちがまだタストスに滞在していることを願って、テュリスは赤魔法の呪文を唱えた。





 テュリスが突然タストスの宿の部屋に姿を現したとき、ちょうど部屋にいたナイシェとディオネは驚きのあまり悲鳴を上げた。それを聞いてほかの者も別の部屋から飛び出してくる。

「急に出てこないでよ、びっくりするじゃない!」

 ディオネが胸を押さえながら大声を出す。

「ちょっと急用があってね、まだここにいてよかった」
「もしかしたら戻ってくるかもしれないと思って、ハルを待ってるの。そろそろ出るつもりだけど。あんたが転移の術を使うなんて、どんな急用なの」

 テュリスは傷の男の絵を見せていった。

「おまえたちに渡しておいたうちのひとりだ。このタストスの裏街を毎晩歩いているらしい。この男を、できるだけ早く捕まえたいんだ。できれば今夜中にも」

 そして、その事情を説明した。

「俺は今部下たちとルキヌにいるから、明日まで身動きが取れないんだ。だから、こうしてやってきた」
「やってはみるが……裏街の、どこだ?」

 テュリスがザンガから聞いていた場所を地図で指し示すと、その地図を覗き込んだゼムズが声をあげた。

「おいおい! 宮殿の物を盗むやつはさすがだな! 毎晩こんなところを歩いてるのかよ」

 その場所は、アルマニア北部でも屈指の窃盗集団の巣窟のごく近くだった。

「つまり、その傷のある男は窃盗団の一味らしいってわけだ。紋章の終着点がそいつだとしたら、今ごろは闇で売り飛ばされているだろうよ」
 ゼムズが誇らしげにいった。
「そんなやつらのいるところへ入っていく人間なんて、密売人以外にはいやしないぜ。奴らは正体や居場所を突き止められるのを嫌がるからな。奴らに見つかれば、どんな目にあうかわかったもんじゃない」
 そしてテュリスの顔に指を突きつけた。
「特におまえみたいな、『いいところの出です』みたいな臭いをぷんぷんさせている奴らはな」

 テュリスはいかにも難しい顔をしていった。

「ということは、この仕事はおまえにしかできない、難しい仕事だということだな、ゼムズ?」

 ゼムズが満足そうにうなずく。

「どうだ、ときには俺のような庶民にしかできないようなこともあるんだぜ、鼻持ちならないお坊ちゃまよぉ」

 テュリスはゼムズの言葉を鼻で笑い飛ばした。

「そう敵意をむき出しにするなよ。それより、場所がわかってるなら早く行ってもらいたいんだがな」

 ずるとゼムズは待ってましたといわんばかりの得意顔になった。

「そりゃあただじゃできねえな。おまえは頼みに来たんだろう? それなりの態度を示してくれなきゃな」

 テュリスは大きくひとつため息をついてから、大仰に頭を下げた。

「我らがアルマニア宮殿のために、ご協力を願えますかな、ゼムズ殿?」

 ゼムズは大声で笑い出した。

「がっはっは! これは気分がいいや。おまえがそこまでするのなら、一肌脱いでやろうじゃねえか」

 そしてそばにあった大剣を掴むと、いきいきとした様子で部屋を出ていった。

「おい、捕まえるには宮殿の人間も必要だぞ!」

 エルシャが慌ててあとを追う。二人が出ていくと、テュリスは苦笑しながら椅子に腰を下ろした。

「ふん、頭を下げただけで満足するとは、金のかからない奴だ」
「嫌味のひとつでもいってる暇があったらとっとと帰ったら? 夜に勝手に押しかけてきて」

 ディオネが文句をいう。

「そういわれても、もう帰る力は残ってないよ。しばらくここで休ませてくれ」

 テュリスはそういってテーブルに突っ伏した。

「ちょっと、寝るつもり?」

 ディオネの罵倒を聞き流して、テュリスは早くも寝る体勢だ。

「夜明け前に起こしてくれ」
「あんた、あたしたちに夜明けまで起きてろってこと?」

 ディオネが信じられないという形相で声を荒げたが、テュリスはもはや口をきかなかった。

「でも、人前でこんなに無防備なテュリス様は初めて見ました。いつも他人に隙は見せない人ですからね」
「傲慢なだけじゃないの?」

 ディオネはそういったものの、フェランのいうとおりだとも思った。目を閉じたテュリスに顔を寄せてみると、かすかに寝息が聞こえる。どうやら本当に疲れていたようだ。

「テュリスさんが宮殿のためにここまで自分を酷使する人だとは思っていなかったけれど……」

 いいにくそうにナイシェがいう。

「あら、自分の利害が絡んでるに決まってるわよ、こいつのことだから」

 ディオネがすかさずいい返した。

「しかし……。エルシャとゼムズが、無事その人物を捕まえられるといいですが。リキュス様の失脚を狙っている王族がいるなんて……」
「そのリキュスのためにこのテュリスが働いていると思うと、ますます気味が悪いね」

 ディオネはそういいながら肩をすくめると、自分の部屋から毛糸のショールを持ってきてそっとテュリスの肩にかけてやった。

「こいつが心を入れ替えたんなら、それは素晴らしいことだけど」
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