159 / 371
【第四部:神の記憶】第四章
ハーレルを追って
しおりを挟む
翌日ツールを出発した彼らがテサロについたのは、それから四日後の朝だった。サリのいっていた、互いに干渉しない主義という雰囲気は、町のすぐ外からも容易に感じることができた。ふつうならば朝の買い物客や旅人を標的とした行商人で賑やかな街の周辺が、テサロに関してはまるで廃墟のように静まり返っているのだ。わずかに人気を感じさせるのは、建物の二階の窓に干された洗濯物と、何軒かの家の煙突から出ている細い煙だけだった。
一行は、とりあえず宿をいくつか当たることにした。この町で自分の住む家を見つけるのには時間がかかりそうだから、もしハーレルがテサロにいるとしても、まだどこかの宿に泊まっているだろうと考えたのだ。
テサロは大きな町ではなかったが、それでも宿の数は非常に少なく、また町に宿の場所を教えてくれるような人はいなかったので、宿探しは予想以上に困難だった。町に入ってすぐの宿屋の主人は、ハーレルのことを尋ねても不愛想に首を振るだけで、町中を歩いてやっと探し当てた二軒目の宿に入るころには、すでに夕方になっていた。宿の主人は女性で、エルシャたちが来ても顔も上げずに黙々と編み物を続けている。エルシャはカウンターの奥まで身を乗り出して話しかけなければならなかった。
「ハーレルという男を探しているんだが。茶色の髪で、眼鏡をかけている。ここに泊まっていないか?」
女性は手を止めると上目遣いにエルシャを見やり、再び編み物を始めながら低い声でいった。
「面倒はごめんだよ」
「ここに迷惑はかけないよ。彼を探しているだけなんだ」
女性はしばらく黙っていたが、やがて答えていった。
「夕飯の材料でも採りにいってるんじゃないのかね」
「それはどこなんだ?」
エルシャの問いに、女性はうんざりしたように顔を上げた。
「ここは寝る場所を提供しているだけなんだ。他人様の夕飯が何かなんて、あたしが知るわけないだろ?」
そのとき、宿の扉が開いて大きな皮袋を持った男が入ってきた。男はエルシャたちの姿を認めると驚いて足を止めた。それはハーレルだった。
「ハーレル、君に話があるんだ。聞いてくれないか」
しかしハルは皮袋を投げ出すとすぐさま宿の外へ飛び出した。
「ハル、待ってくれ!」
叫んでもまったく聞く様子はなく、ひたすら走っていく。どうやら今来た道を戻っているらしく、ハルは南の裏山へと向かっていった。夕暮れ時の南の山は濃い影に包まれ、むやみに入っていくのは危険だ。しかし、今ハルを追わなければこのまま見失ってしまう。
「あたしはラミと宿で待ってるわ。もしハルが戻ってくるようなら、話してみる。あたしなら顔見知りだから、少しは話を聞いてくれるかもしれない」
宿をメリナに任せ、エルシャたちはハーレルのあとを追った。遠くの木陰にハルの姿が見える。
「ハル、君を傷つけようとしているんじゃない。話したいことがあるだけなんだ!」
しかしハルは足を止めず、木の根や草に足を取られながら必死に走っていく。四人が執拗に追ってくる姿を見て、奥へ奥へと入っていった。しだいに木の枝が生い茂って行く手を阻み、地面は凹凸が激しくいった。いつの間にか陽は暮れて、山の中はみるみる暗くなっていく。ハルの姿はまだかろうじて見えているが、道なき道も狭くなり、四人の左手には山肌が、右手には暗くて底のわからない斜面が迫っている。これ以上行けば帰れなくなりそうだとエルシャが判断したそのとき、背後でナイシェの小さな悲鳴がした。ナイシェが地面から突き出した木の根に足を取られてバランスを崩している。すぐ前にいたフェランが彼女の右腕を掴んで支えようとしたが、その瞬間ナイシェの足は地を踏み外し、体が宙に泳いだ。
「ナイシェ!」
フェランが体を抱きかかえる前に彼女は斜面の下へと落下し、それに引かれるようにフェランも転がり落ちていく。二人はあっという間に暗闇の中へ吸い込まれ、あとに残ったのは、小枝の折れる残響だけだった。
一行は、とりあえず宿をいくつか当たることにした。この町で自分の住む家を見つけるのには時間がかかりそうだから、もしハーレルがテサロにいるとしても、まだどこかの宿に泊まっているだろうと考えたのだ。
テサロは大きな町ではなかったが、それでも宿の数は非常に少なく、また町に宿の場所を教えてくれるような人はいなかったので、宿探しは予想以上に困難だった。町に入ってすぐの宿屋の主人は、ハーレルのことを尋ねても不愛想に首を振るだけで、町中を歩いてやっと探し当てた二軒目の宿に入るころには、すでに夕方になっていた。宿の主人は女性で、エルシャたちが来ても顔も上げずに黙々と編み物を続けている。エルシャはカウンターの奥まで身を乗り出して話しかけなければならなかった。
「ハーレルという男を探しているんだが。茶色の髪で、眼鏡をかけている。ここに泊まっていないか?」
女性は手を止めると上目遣いにエルシャを見やり、再び編み物を始めながら低い声でいった。
「面倒はごめんだよ」
「ここに迷惑はかけないよ。彼を探しているだけなんだ」
女性はしばらく黙っていたが、やがて答えていった。
「夕飯の材料でも採りにいってるんじゃないのかね」
「それはどこなんだ?」
エルシャの問いに、女性はうんざりしたように顔を上げた。
「ここは寝る場所を提供しているだけなんだ。他人様の夕飯が何かなんて、あたしが知るわけないだろ?」
そのとき、宿の扉が開いて大きな皮袋を持った男が入ってきた。男はエルシャたちの姿を認めると驚いて足を止めた。それはハーレルだった。
「ハーレル、君に話があるんだ。聞いてくれないか」
しかしハルは皮袋を投げ出すとすぐさま宿の外へ飛び出した。
「ハル、待ってくれ!」
叫んでもまったく聞く様子はなく、ひたすら走っていく。どうやら今来た道を戻っているらしく、ハルは南の裏山へと向かっていった。夕暮れ時の南の山は濃い影に包まれ、むやみに入っていくのは危険だ。しかし、今ハルを追わなければこのまま見失ってしまう。
「あたしはラミと宿で待ってるわ。もしハルが戻ってくるようなら、話してみる。あたしなら顔見知りだから、少しは話を聞いてくれるかもしれない」
宿をメリナに任せ、エルシャたちはハーレルのあとを追った。遠くの木陰にハルの姿が見える。
「ハル、君を傷つけようとしているんじゃない。話したいことがあるだけなんだ!」
しかしハルは足を止めず、木の根や草に足を取られながら必死に走っていく。四人が執拗に追ってくる姿を見て、奥へ奥へと入っていった。しだいに木の枝が生い茂って行く手を阻み、地面は凹凸が激しくいった。いつの間にか陽は暮れて、山の中はみるみる暗くなっていく。ハルの姿はまだかろうじて見えているが、道なき道も狭くなり、四人の左手には山肌が、右手には暗くて底のわからない斜面が迫っている。これ以上行けば帰れなくなりそうだとエルシャが判断したそのとき、背後でナイシェの小さな悲鳴がした。ナイシェが地面から突き出した木の根に足を取られてバランスを崩している。すぐ前にいたフェランが彼女の右腕を掴んで支えようとしたが、その瞬間ナイシェの足は地を踏み外し、体が宙に泳いだ。
「ナイシェ!」
フェランが体を抱きかかえる前に彼女は斜面の下へと落下し、それに引かれるようにフェランも転がり落ちていく。二人はあっという間に暗闇の中へ吸い込まれ、あとに残ったのは、小枝の折れる残響だけだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
41
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる