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【第四部:神の記憶】第二章
盗難①
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陽が昇ってまだ間もない朝早く、リキュスは扉を叩く音で目が覚めた。
「朝早くに失礼いたします、国王陛下。緊急に申し上げたいことが」
扉の向こうでワーグナの声がする。人目をはばかるような低い声だった。そばの椅子にかけてあったガウンを羽織りながら、リキュスが扉を開ける。見るからに慌てた様子のワーグナが入ってきた。何とか気を静めようと数回深呼吸をする。
「黄金宮の金庫の中から――故アルマニア六世陛下の紋章が、盗まれました」
事の重大さを認識し、リキュスはすぐさま着替えて現場へ向かった。
「確か守衛の交代は三時間ごとだったな。いったいいつ盗まれたんだ、彼らは何をしていた」
「それが……今朝六時に交代の守衛が発見したものでして、三時からの守衛は二名とも姿が見えないのです」
「二人ともいなくなった? どういうことなんだ。第一、あの金庫には王族しか入れないではないか。それも、守衛が署名で本人かどうか確認するだろう? 顔だって隠せない。いったい誰が、どうやって盗んだんだ。まさか、王族ではなるまいな」
「それが……昨夜三時以降の来訪者リストを調べましたところ、お一人分だけ署名がございまして……」
「誰だ?」
ワーグナはリキュスの様子を伺いながらいいにくそうに告げた。
「アルマニア七世陛下、ご自身でごさいました」
「私だって?」
リキュスは思わず問い返した。
「私はそんな時間に黄金宮には行っていないぞ」
ワーグナがうやうやしくうなずく。
「存じております。ですから私は、卑しくも国王陛下の名を語った者の仕業かと……」
二人は黄金宮へ足を踏み入れた。黄金宮には、アルマニア王国の持つ宝のすべてが保管されている。そのため宮の内外は厳重な警戒態勢が敷かれ、部外者の立ち入りは不可能に近い。黄金宮へ入ることを許されているのは、毎晩金庫内を点検する警備隊長と、王族のみである。王族のみが、特別な入口から宮内へ入ることができ、守衛二人の配置されている金庫の入口で署名さえすれば、自由に金庫内を閲覧できる。しかし、万全を期すため守衛のひとりが閲覧には付き添うことになっているし、盗難防止のための身体検査を終えなければ退室もできない。金庫には一度にひとりしか入れない規則もあり、黄金宮が建設されて以来、国宝の盗難が発生したことは一度もなかった。
リキュスは六時からの守衛に話を聞いた。
「いつも守衛が立っているはずの受付に誰もいなかったので、不審に思い金庫室の扉を確認いたしました。施錠されているはずの鍵が開いておりました。来訪者リストを見ると、午前四時三分に国王陛下の署名が記されており、確認者の守衛の名もありました。なので私は、守衛のひとりがまだ国王陛下と金庫室の中にいるものと思いました」
「しかし、中には誰もいなかったのか?」
「はい。そして、アルマニア六世陛下の紋章だけがなくなっていたのでございます」
続いてもう一人の守衛も話し出した。
「私はあとから参りまして、同じく金庫室の鍵が開いているのに気づいたところに、中から先に出勤していたバッケルが出てきて紋章が盗まれたといい出したのです。私はバッケルの身体検査をしましたが、彼は紋章を持ってはおりませんでした。そこで、黄金宮入口の衛兵に、ジャン黄金宮警備隊長に報告するよう頼み、それから今まで私たちは持ち場を離れておりません」
「その、いなくなった守衛二人が共謀したのではないか?」
すると駆けつけていたジャン警備隊長が首を振った。
「共謀できないよう、当日まで勤務時間は知らされない規則ですし、仮に共謀したとしても、黄金宮から出るときに、出入り口にいる別の部署の衛兵に見つかります。彼らは不審者など見てないと申しておりますし、王族専用の出入口でしたら衛兵の目を免れることもできますが、こちらは王族の方々しか鍵をお持ちではありませんから、私たちは利用できません」
「では、その三時の守衛二人はいったいどこに消えたというのだ?」
「はっ、目下全力で捜索中であります」
ひとまず来訪者リストに目を通す。署名は確かにリキュス・ガルシアと見てとれる。リキュスはため息をついた。
「……私の字だな」
次に金庫の中へと足を運ぶ。小さな広間くらいの大きさの金庫に、たくさんのガラス製の箱や小金庫が並んでいる。その中のひとつの金庫の蓋が開け放たれ、中に並んだ数々の金の紋章の最下列のひとつが、消えていた。歴代の国王たちの紋章の中で、消えているのは確かにアルマニア六世のものだ。リキュスはふと自分の襟元に触れた。現国王の紋章は、国王が常に身につけることになっている。リキュスはたいていそれを襟元につけていた。
厄介なことになったな……。
リキュスは紋章があったはずの小さなくぼみを見つめながら、再びため息をついた。
「朝早くに失礼いたします、国王陛下。緊急に申し上げたいことが」
扉の向こうでワーグナの声がする。人目をはばかるような低い声だった。そばの椅子にかけてあったガウンを羽織りながら、リキュスが扉を開ける。見るからに慌てた様子のワーグナが入ってきた。何とか気を静めようと数回深呼吸をする。
「黄金宮の金庫の中から――故アルマニア六世陛下の紋章が、盗まれました」
事の重大さを認識し、リキュスはすぐさま着替えて現場へ向かった。
「確か守衛の交代は三時間ごとだったな。いったいいつ盗まれたんだ、彼らは何をしていた」
「それが……今朝六時に交代の守衛が発見したものでして、三時からの守衛は二名とも姿が見えないのです」
「二人ともいなくなった? どういうことなんだ。第一、あの金庫には王族しか入れないではないか。それも、守衛が署名で本人かどうか確認するだろう? 顔だって隠せない。いったい誰が、どうやって盗んだんだ。まさか、王族ではなるまいな」
「それが……昨夜三時以降の来訪者リストを調べましたところ、お一人分だけ署名がございまして……」
「誰だ?」
ワーグナはリキュスの様子を伺いながらいいにくそうに告げた。
「アルマニア七世陛下、ご自身でごさいました」
「私だって?」
リキュスは思わず問い返した。
「私はそんな時間に黄金宮には行っていないぞ」
ワーグナがうやうやしくうなずく。
「存じております。ですから私は、卑しくも国王陛下の名を語った者の仕業かと……」
二人は黄金宮へ足を踏み入れた。黄金宮には、アルマニア王国の持つ宝のすべてが保管されている。そのため宮の内外は厳重な警戒態勢が敷かれ、部外者の立ち入りは不可能に近い。黄金宮へ入ることを許されているのは、毎晩金庫内を点検する警備隊長と、王族のみである。王族のみが、特別な入口から宮内へ入ることができ、守衛二人の配置されている金庫の入口で署名さえすれば、自由に金庫内を閲覧できる。しかし、万全を期すため守衛のひとりが閲覧には付き添うことになっているし、盗難防止のための身体検査を終えなければ退室もできない。金庫には一度にひとりしか入れない規則もあり、黄金宮が建設されて以来、国宝の盗難が発生したことは一度もなかった。
リキュスは六時からの守衛に話を聞いた。
「いつも守衛が立っているはずの受付に誰もいなかったので、不審に思い金庫室の扉を確認いたしました。施錠されているはずの鍵が開いておりました。来訪者リストを見ると、午前四時三分に国王陛下の署名が記されており、確認者の守衛の名もありました。なので私は、守衛のひとりがまだ国王陛下と金庫室の中にいるものと思いました」
「しかし、中には誰もいなかったのか?」
「はい。そして、アルマニア六世陛下の紋章だけがなくなっていたのでございます」
続いてもう一人の守衛も話し出した。
「私はあとから参りまして、同じく金庫室の鍵が開いているのに気づいたところに、中から先に出勤していたバッケルが出てきて紋章が盗まれたといい出したのです。私はバッケルの身体検査をしましたが、彼は紋章を持ってはおりませんでした。そこで、黄金宮入口の衛兵に、ジャン黄金宮警備隊長に報告するよう頼み、それから今まで私たちは持ち場を離れておりません」
「その、いなくなった守衛二人が共謀したのではないか?」
すると駆けつけていたジャン警備隊長が首を振った。
「共謀できないよう、当日まで勤務時間は知らされない規則ですし、仮に共謀したとしても、黄金宮から出るときに、出入り口にいる別の部署の衛兵に見つかります。彼らは不審者など見てないと申しておりますし、王族専用の出入口でしたら衛兵の目を免れることもできますが、こちらは王族の方々しか鍵をお持ちではありませんから、私たちは利用できません」
「では、その三時の守衛二人はいったいどこに消えたというのだ?」
「はっ、目下全力で捜索中であります」
ひとまず来訪者リストに目を通す。署名は確かにリキュス・ガルシアと見てとれる。リキュスはため息をついた。
「……私の字だな」
次に金庫の中へと足を運ぶ。小さな広間くらいの大きさの金庫に、たくさんのガラス製の箱や小金庫が並んでいる。その中のひとつの金庫の蓋が開け放たれ、中に並んだ数々の金の紋章の最下列のひとつが、消えていた。歴代の国王たちの紋章の中で、消えているのは確かにアルマニア六世のものだ。リキュスはふと自分の襟元に触れた。現国王の紋章は、国王が常に身につけることになっている。リキュスはたいていそれを襟元につけていた。
厄介なことになったな……。
リキュスは紋章があったはずの小さなくぼみを見つめながら、再びため息をついた。
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