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【第三部:とらわれの舞姫】第七章

兄の真実

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 サリが眉をひそめる。

「ショーは……死んだんだ」

 死という言葉を発した瞬間、何か苦いものが口の中に広がる。サリの表情を直視することができなかった。しばらく動かなかったサリが、呟くように繰り返す。

「……死んだ?」
「……そうだ」

 今度はしっかりと、大きく開いたサリの目を見つめて答えた。

「……どういうこと?」

 サリの声が震える。エルシャは大きく息をついた。

「二か月ほど前……サラマ・エステへ向かう途中の宿屋で、ショーと会ったんだ。彼も、力試しをしたいといってサラマ・エステへ登るところだった。それで、俺たちは一緒に登ることにしたんだ。だが……俺たちをつけ狙っていたやつに捕らえられて――サラマ・エステの頂上で、ショーは……殺されたんだ」

 話を聞いていたサリの目には、涙がたまっていた。怒りと悲しみと困惑が混ざり合い、まるで理性を保とうとするかのように、サリは無意識のうちにこみあげてきた涙を必死に堪えていた。

「……どういうこと? 兄貴は、殺されたの……? あんたたちを、殺そうとしたやつに……?」

 怒りを含んだサリの口調に、エルシャはただそうだと答えるしかなかった。

「どういうことよ。あんたたちが狙われてるって……サラマ・アンギュースの、せいなの? サラマ・アンギュースを探してるから、あたしの兄貴が死ぬ羽目になったの!?」
「……すまなかった。ショーは……俺たちの、巻き添えになったんだ。ショーに妹がいることは聞いていた。ショーが死んでから、ずっとその妹を探していたんだ。見つけ出して、ショーの死を告げて……謝ろうと……」
「謝るですって!?」

 サリが大声で食卓を叩いた。

「すまなかったですって!? どうして兄貴が死ななきゃいけなかったの!? どうしてあんたたちじゃなくて、兄さんなの? 信じられない……そんなの、信じないよ。死体も形見も何もなくて、サラマ・エステの頂上なんてありえないところで殺されたなんて、意味がわからない! 兄さんに会わせて! 会わせてよ……!」

 サリは声を枯らして一気にまくしたてると、肩を震わせながら怒りに満ちた目でエルシャを凝視した。

「……形見なら、ある。ショーが……君のお兄さんが、死ぬ直前に俺に手渡したものが。君のお兄さんは、君に渡したかったに違いない。だから俺たちは、ずっとショーの妹を探し続けていた」

 そういってエルシャは懐から小さな布の包みを取り出した。サリはそれを手に取ると、ゆっくりと開いて中身を取り出した。それは、一筋の光を捉えて様々な方向へ反射する、小さなガラスの破片のようなものだった。

「兄さんが……こんなものを……?」

 かけらを手のひらに乗せて、サリが呟く。

「それは、サラマ・アンギュースの力が凝縮されているかけらなんだ」

 エルシャの説明に、サリが眉をひそめた。

「どういうこと? どうして兄さんがそんなものを持って……」

 答えの出せないサリの代わりに、エルシャがいった。

「君のお兄さんは、サラマ・アンギュースだったんだよ」

 サリは驚きのあまり声も出ないようだった。眉をひそめたまま、しばらくの間エルシャを見つめる。

「……うそ。兄さんはそんなこと、一言もあたしにはいわなかったわ」
「きっと、世間の軽蔑の目に自分の妹までさらしたくなかったんだよ」

 サリはかけらを握りしめた。手が震える。信じがたいことが、次から次へと起こりすぎていた。

「……兄さんがサラマ・アンギュースだから、近づいたのね」

 サリが強い口調でいう。

「それは違う。わかったのは、一緒に旅をすることになったあとだ」

 しかし、エルシャの言葉はサリの怒りを抑えることができなかった。

「あらそう、旅の途中でわかって、しめたと思ってそのまま道連れにしたってわけね」
「道連れにしようとしたわけじゃない!」

 エルシャが声を荒げたが、サリは目からあふれる涙を隠そうともせずに大声で叫んだ。

「でも事実じゃない! あんたたちに出会わなければ、兄さんは死なずに済んだ。あんたたちが殺したのよ! 兄さんじゃなくてあんたたちが死ねばよかったんだ!」

 サリは怒りに任せて食卓を両こぶしで叩くと、勢いよく宿を飛び出した。
 エルシャの頭の中では、サリの最後の言葉が繰り返し流れていた。それは彼が今までに聞いたどんな音よりも大きく響き渡り、両耳を塞いでもけしてやむことはなかった。

 そうだ、そのとおりだ。

 エルシャは心の中で呟いた。

 それこそ、俺自身が何度も自分に繰り返してきた言葉だ。

 しかし彼は、同じ言葉を他人の口から聞かされたとき、それが何倍もの重みを持つものだとは知らなかった。あまりの重みに、息すらできないほどだった。

「エルシャ! しっかりして、エルシャ!」

 自分の肩を揺さぶる手の感触とディオネの声で、エルシャは我に返った。

「しっかりしなさい! 自分ばかり責めてどうするの⁉」

 しかし、エルシャは力なく首を横に振った。

「いや……彼女のいうとおりだ。ショーの死は、俺のせいなんだよ」
「あんなことが起こるなんて、誰にも予測できなかったわ。あんたにも、ショーにもね。なんでも自分でしょい込むのはやめて。あんたはもう充分苦しんだわ」
「サリの痛みに比べれば……」

 ディオネは再びうなだれるエルシャの両肩を揺さぶった。

「いつもの理性的なあんたはどこに行ったの⁉ いつまでも自分を責めたって何も進まないのよ」

 それでもディオネのほうを見ようともせずに頭を抱えるエルシャを見かねて、ディオネは彼の頬を張った。

「しっかりして! 今はそんなことよりすることがあるでしょ!? その理性的な頭でよく考えてみなさいよ。こんな夜遅くに、平常心を失った十五歳の女の子が泣きながら外に飛び出していったのよ!」

 頬の痛みで、頭の中が徐々に晴れていく。エルシャはディオネの言葉を繰り返しながら、懸命にその意味を理解しようとした。そして、それに時間はかからなかった。エルシャは突然勢いよく立ち上がった。

 考えてみろだって?

 横に立てかけておいた剣をつかむ。

 考えなくたって、わかるじゃないか!
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