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【第三部:とらわれの舞姫】第六章
再会と別れ
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はやる気持ちを抑えながら、ナイシェはひとつひとつ丁寧に酒場を見て回った。注意深く店の中を探す。一軒目は空振りで、すぐに二軒目をあたる。そこにもエルシャたちの姿はなかった。
大丈夫、まだお店はあるわ。それに、もっと遅い時間に来るかもしれない。酒場にいなくても、明日は宿屋を回れば……。
そう思いながら三軒目の酒場に入った。まずカウンターに目をやる。
「おや、いらっしゃい。お嬢ちゃん、ひとりかい? 飲んでくの?」
カウンターの女性が声をかける。
「あ……の、人を探して……」
そのとき、カウンターに座っていた二人の男性が振り返った。ナイシェは思わず言葉を飲み込むと、次の瞬間二人のもとへ駆け寄った。それは紛れもなくエルシャとフェランだった。
「ナイシェ! 探していたんだぞ!」
耳に飛び込むエルシャの声が、とても懐かしく感じる。
「無事でよかった、本当に……!」
フェランがほっとした表情でナイシェの手を握った。
「会えてよかった! ディオネ姉さんも一緒よね?」
「もちろんだ。君を連れ去ったカイル・スカーライン伯爵の別邸を訪ねたら、ツールまで送ったというから、あわててあとを追ったんだよ。見つかるまでツールの宿という宿を何日でも探し続けようと思っていたが、思っていたより早く見つかってよかった」
「私、旅費を盗まれちゃって、お金ができるまでサリっていう子のところで働かせてもらってたのよ。それで、エルシャたちがツールにいるらしいって噂を聞いたから」
笑顔で話すナイシェを心配そうに見つめながら、フェランが恐る恐る尋ねた。
「ナイシェ……伯爵のところでは、何か大変なことにでも……」
ナイシェは少しだけ黙ると、すぐに笑って答えた。
「……ううん、伯爵はとても親切だった。私、伯爵の踊り子になれっていわれて、それでしばらく閉じ込められてたんだけど……。でも、伯爵も途中で思い直してくれて、私が一度だけ踊ったら、もう戻っていい、ってちゃんと返してくれたのよ」
そして険しい顔つきのエルシャを見る。
「あの……伯爵に、罰とかあるの……?」
「もちろんだ、誘拐は立派な犯罪だからね。だが……彼を罰するか否かは、ナイシェが決めることだ」
ナイシェは安堵のため息をついた。
「伯爵を、罰しないで。いろいろあったけど、最後には私たち、ちゃんとわかり合えたの。伯爵は、とんでもないことをした、って謝ってくれたし、私も、今ではもう何とも思っていないから……」
エルシャはフェランと顔を見合わせた。フェランは驚いたような怒ったような顔をしている。しかしエルシャは肩をすくめていった。
「……確かに……今朝、スカーライン伯爵を訪ねたら、あの傲慢な性格が鳴りを潜めていてね、真っ青な顔でしきりに反省していた。どんな罰でも受ける覚悟がある、といっていたぞ。前代未聞の誘拐がばれたから、せめて刑を軽くと思って演技でもしているのかと思ったが……そうでは、なかったんだな。ナイシェ、君の寛大な心には感謝してもし尽せない、ともいっていたよ」
それを聞いて、ナイシェの頬がほころんだ。そんなナイシェの様子を見て、フェランがたまらず声をあげる。
「ナイシェ! あんなことをされて、別荘に監禁までされて、伯爵を許すのですか!? 寛大にもほどがあるのでは……!」
しかしナイシェは首を振った。
「いいのよ、フェラン。伯爵はね、変わったの。私だってびっくりするくらいに。たぶん伯爵は、もう二度と、人をお金で動かそうなんてしないと思うわ。だから、これでいいのよ」
まだ納得がいかない様子のフェランを、エルシャが苦笑しながらなだめる。
「おまえの気持ちはわかるがね。誘拐された本人がそういっているんだ。これで終わりにしようじゃないか、フェラン」
その言葉が幕引きとなり、ナイシェは思い出したようにいった。
「私、サリにお別れをいってこなきゃ! お店も途中で投げ出してきちゃったし」
宿屋で合流すると約束し、ナイシェはサリのもとへと向かった。エルシャたちとの再会を心から喜ぶ一方で、ほんの数日間だけともに過ごしたサリと離れることに、確かな寂しさも感じていた。
戻ったナイシェを見て、サリが微笑んだ。
「その様子だと、無事見つかったようね。おめでとう」
ナイシェはサリに抱きついた。
「ありがとう。今まで本当に、ありがとう。私がちゃんと生活できてエルシャたちと再会できたのも、全部サリのおかげよ」
「あたしのほうこそ、ナイシェにはお世話になったわ……親のこととか。もうお別れなんて早いけど、気をつけてね。それから」
サリはカウンターの下から白い包みを取り出した。
「これ、約束のお給料」
「ありがとう……。でもまだ今日の営業は終わってないわ、もらうのはあとで大丈夫よ――」
そういうナイシェの腰を折り、サリは彼女の背中を押した。
「いいのよ。せっかく探してた仲間に会えたんだから、もう行きなさい。その代わりさ、またいつか、遊びに来てよ」
「サリ……」
笑顔で見送ろうとするサリの表情が、どことなくぎこちない。それでもぐいぐいと背中を押すサリにつられて、ナイシェは別れを告げた。次の日にはまた会うような笑顔で、サリはナイシェを見送った。
まる一日休養をとったあと、エルシャたちは再び旅支度を整えた。北上を続け、ルキヌまで到達したら西側を回る予定だ。経済的な住民層を考慮すると、ショーの妹は中級から低級の集まるアルマニア北部のどこかにいるだろうというのが、エルシャの考えだった。
身支度を整えながらも、ナイシェの心を占めていたのはサリのことだった。別れるのは淋しいが、それ以上に彼女のことが心配だ。別れ際に見せた一瞬の陰り。些細なことだが、どうしても頭から離れない。
「ナイシェ、このままエルスライに向かっていいんですか? サリというお友達との別れはもう?」
フェランに尋ねられ、言葉を濁す。
「ええ、さよならはいってきたけど……」
そこまで答えて、ふと口をつぐむ。サリの酒場は、そんなに遠くない。この時間にはまだいないかもしれないが、最後にもう一度だけ会いたい。
「……ちょっとだけ、寄っていいかしら。もう一度さよならをいいたいわ」
宿を引き払ったその足で、ナイシェはサリの酒場へ向かった。
大丈夫、まだお店はあるわ。それに、もっと遅い時間に来るかもしれない。酒場にいなくても、明日は宿屋を回れば……。
そう思いながら三軒目の酒場に入った。まずカウンターに目をやる。
「おや、いらっしゃい。お嬢ちゃん、ひとりかい? 飲んでくの?」
カウンターの女性が声をかける。
「あ……の、人を探して……」
そのとき、カウンターに座っていた二人の男性が振り返った。ナイシェは思わず言葉を飲み込むと、次の瞬間二人のもとへ駆け寄った。それは紛れもなくエルシャとフェランだった。
「ナイシェ! 探していたんだぞ!」
耳に飛び込むエルシャの声が、とても懐かしく感じる。
「無事でよかった、本当に……!」
フェランがほっとした表情でナイシェの手を握った。
「会えてよかった! ディオネ姉さんも一緒よね?」
「もちろんだ。君を連れ去ったカイル・スカーライン伯爵の別邸を訪ねたら、ツールまで送ったというから、あわててあとを追ったんだよ。見つかるまでツールの宿という宿を何日でも探し続けようと思っていたが、思っていたより早く見つかってよかった」
「私、旅費を盗まれちゃって、お金ができるまでサリっていう子のところで働かせてもらってたのよ。それで、エルシャたちがツールにいるらしいって噂を聞いたから」
笑顔で話すナイシェを心配そうに見つめながら、フェランが恐る恐る尋ねた。
「ナイシェ……伯爵のところでは、何か大変なことにでも……」
ナイシェは少しだけ黙ると、すぐに笑って答えた。
「……ううん、伯爵はとても親切だった。私、伯爵の踊り子になれっていわれて、それでしばらく閉じ込められてたんだけど……。でも、伯爵も途中で思い直してくれて、私が一度だけ踊ったら、もう戻っていい、ってちゃんと返してくれたのよ」
そして険しい顔つきのエルシャを見る。
「あの……伯爵に、罰とかあるの……?」
「もちろんだ、誘拐は立派な犯罪だからね。だが……彼を罰するか否かは、ナイシェが決めることだ」
ナイシェは安堵のため息をついた。
「伯爵を、罰しないで。いろいろあったけど、最後には私たち、ちゃんとわかり合えたの。伯爵は、とんでもないことをした、って謝ってくれたし、私も、今ではもう何とも思っていないから……」
エルシャはフェランと顔を見合わせた。フェランは驚いたような怒ったような顔をしている。しかしエルシャは肩をすくめていった。
「……確かに……今朝、スカーライン伯爵を訪ねたら、あの傲慢な性格が鳴りを潜めていてね、真っ青な顔でしきりに反省していた。どんな罰でも受ける覚悟がある、といっていたぞ。前代未聞の誘拐がばれたから、せめて刑を軽くと思って演技でもしているのかと思ったが……そうでは、なかったんだな。ナイシェ、君の寛大な心には感謝してもし尽せない、ともいっていたよ」
それを聞いて、ナイシェの頬がほころんだ。そんなナイシェの様子を見て、フェランがたまらず声をあげる。
「ナイシェ! あんなことをされて、別荘に監禁までされて、伯爵を許すのですか!? 寛大にもほどがあるのでは……!」
しかしナイシェは首を振った。
「いいのよ、フェラン。伯爵はね、変わったの。私だってびっくりするくらいに。たぶん伯爵は、もう二度と、人をお金で動かそうなんてしないと思うわ。だから、これでいいのよ」
まだ納得がいかない様子のフェランを、エルシャが苦笑しながらなだめる。
「おまえの気持ちはわかるがね。誘拐された本人がそういっているんだ。これで終わりにしようじゃないか、フェラン」
その言葉が幕引きとなり、ナイシェは思い出したようにいった。
「私、サリにお別れをいってこなきゃ! お店も途中で投げ出してきちゃったし」
宿屋で合流すると約束し、ナイシェはサリのもとへと向かった。エルシャたちとの再会を心から喜ぶ一方で、ほんの数日間だけともに過ごしたサリと離れることに、確かな寂しさも感じていた。
戻ったナイシェを見て、サリが微笑んだ。
「その様子だと、無事見つかったようね。おめでとう」
ナイシェはサリに抱きついた。
「ありがとう。今まで本当に、ありがとう。私がちゃんと生活できてエルシャたちと再会できたのも、全部サリのおかげよ」
「あたしのほうこそ、ナイシェにはお世話になったわ……親のこととか。もうお別れなんて早いけど、気をつけてね。それから」
サリはカウンターの下から白い包みを取り出した。
「これ、約束のお給料」
「ありがとう……。でもまだ今日の営業は終わってないわ、もらうのはあとで大丈夫よ――」
そういうナイシェの腰を折り、サリは彼女の背中を押した。
「いいのよ。せっかく探してた仲間に会えたんだから、もう行きなさい。その代わりさ、またいつか、遊びに来てよ」
「サリ……」
笑顔で見送ろうとするサリの表情が、どことなくぎこちない。それでもぐいぐいと背中を押すサリにつられて、ナイシェは別れを告げた。次の日にはまた会うような笑顔で、サリはナイシェを見送った。
まる一日休養をとったあと、エルシャたちは再び旅支度を整えた。北上を続け、ルキヌまで到達したら西側を回る予定だ。経済的な住民層を考慮すると、ショーの妹は中級から低級の集まるアルマニア北部のどこかにいるだろうというのが、エルシャの考えだった。
身支度を整えながらも、ナイシェの心を占めていたのはサリのことだった。別れるのは淋しいが、それ以上に彼女のことが心配だ。別れ際に見せた一瞬の陰り。些細なことだが、どうしても頭から離れない。
「ナイシェ、このままエルスライに向かっていいんですか? サリというお友達との別れはもう?」
フェランに尋ねられ、言葉を濁す。
「ええ、さよならはいってきたけど……」
そこまで答えて、ふと口をつぐむ。サリの酒場は、そんなに遠くない。この時間にはまだいないかもしれないが、最後にもう一度だけ会いたい。
「……ちょっとだけ、寄っていいかしら。もう一度さよならをいいたいわ」
宿を引き払ったその足で、ナイシェはサリの酒場へ向かった。
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