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【第三部:とらわれの舞姫】第五章
シルフィールの目
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「どういうこと?」
「小さいころ、私はよくカイル様と遊んでいました。カードをしたり、庭に出たり。毎日がとても楽しくて、互いが互いの半身のような存在でした。そんなある日、カイル様が庭で木に登ろうとおっしゃいました。私が危ないからやめようというと、カイル様はおひとりで登られました。そして上のほうまで行ったときに、枝が折れたのです。そのまま、カイル様と一緒に落ちてきた枝が目に当たって、私は失明しました……八歳のときのことです。それ以来、カイル様は私に負い目を感じておられ……友として接し、尽くすほど、それがカイル様には苦痛であることがわかりました。私は目のことなどまったく気にしていないのに、カイル様にとっては、私の一挙一動が……私自身が、昔のつらい思い出を呼び起こすもの何です。互いに昔のようにふるまおうと努力しても、この溝は……どうしても埋められません」
ナイシェは何もいえなかった。この二人にそんな過去があろうとは。カイルもシルフィールも、そんなそぶりはまったく見せずに――おそらく二人にしか見えない隔たりがあるのだろう。そのせいで、カイルには友と呼べる存在がいないのだ。彼の周りの人間関係は、すべて感情の伴わない主人と従僕としてのもののみ……。
そうだとすれば、自分はどうだろう。姉のディオネがいて、身分の差など関係のないエルシャやフェラン、兄のようなゼムズ。けして幸せとはいえなかったころだって、ニーニャ一座の仲間たちが常に自分を支えてくれた。彼らが、心の逃げ場になってくれたのではなかったか。カイルには、それがないのだ。
「私……本当にひどいことをいっちゃったんだわ」
ぽつりと呟く。心が通じ合いそうだと思っていた矢先に、あんなことをいってしまったのだ。
「ナイシェ様は、おやさしいですね。カイル様もずいぶんなことをいったのでしょう?」
シルフィールが気遣う。ナイシェは苦笑いをした。
「私が勝手に怒っただけなんです、本当に。踊らないと自由にしてやらないとはいわれたけど、私はそれは承知の上だし。……その、とにかく、さっきはひどいところをお見せしちゃって本当にすみませんでした。それから……テイジーに、聞きました。ミゼッタとのことで、シルフィールさんがとてもよくしてくれたって。どうもありがとうございました」
「いえ……私にできることはそれくらいですから……。私はこれで失礼しますが今夜のことは、どうかお気になさらずに」
シルフィールは小さく礼をして部屋を出ていった。彼を見送ったまま、ナイシェは立ち尽くして考えた。カイルの言葉や、シルフィールの話。カイルがあんなふうに笑える人だとは知らなかった――それは自分も同じだ。けれど、彼の笑顔に驚いたのはそのためだけではない。魅力的、だったのだ。何も知らない純粋な心を持つ少年のように、惹きつけられるものがあったのだ。
今まで、あんな笑い方をしたことがなかったなんて、信じられない。もったいないわ。
ナイシェはそう思った。
もう一度……もう一度、あの笑顔を見てみてもいいかもしれない……。
ナイシェはきゅっと唇を噛むと、意を決して部屋を出た。
「小さいころ、私はよくカイル様と遊んでいました。カードをしたり、庭に出たり。毎日がとても楽しくて、互いが互いの半身のような存在でした。そんなある日、カイル様が庭で木に登ろうとおっしゃいました。私が危ないからやめようというと、カイル様はおひとりで登られました。そして上のほうまで行ったときに、枝が折れたのです。そのまま、カイル様と一緒に落ちてきた枝が目に当たって、私は失明しました……八歳のときのことです。それ以来、カイル様は私に負い目を感じておられ……友として接し、尽くすほど、それがカイル様には苦痛であることがわかりました。私は目のことなどまったく気にしていないのに、カイル様にとっては、私の一挙一動が……私自身が、昔のつらい思い出を呼び起こすもの何です。互いに昔のようにふるまおうと努力しても、この溝は……どうしても埋められません」
ナイシェは何もいえなかった。この二人にそんな過去があろうとは。カイルもシルフィールも、そんなそぶりはまったく見せずに――おそらく二人にしか見えない隔たりがあるのだろう。そのせいで、カイルには友と呼べる存在がいないのだ。彼の周りの人間関係は、すべて感情の伴わない主人と従僕としてのもののみ……。
そうだとすれば、自分はどうだろう。姉のディオネがいて、身分の差など関係のないエルシャやフェラン、兄のようなゼムズ。けして幸せとはいえなかったころだって、ニーニャ一座の仲間たちが常に自分を支えてくれた。彼らが、心の逃げ場になってくれたのではなかったか。カイルには、それがないのだ。
「私……本当にひどいことをいっちゃったんだわ」
ぽつりと呟く。心が通じ合いそうだと思っていた矢先に、あんなことをいってしまったのだ。
「ナイシェ様は、おやさしいですね。カイル様もずいぶんなことをいったのでしょう?」
シルフィールが気遣う。ナイシェは苦笑いをした。
「私が勝手に怒っただけなんです、本当に。踊らないと自由にしてやらないとはいわれたけど、私はそれは承知の上だし。……その、とにかく、さっきはひどいところをお見せしちゃって本当にすみませんでした。それから……テイジーに、聞きました。ミゼッタとのことで、シルフィールさんがとてもよくしてくれたって。どうもありがとうございました」
「いえ……私にできることはそれくらいですから……。私はこれで失礼しますが今夜のことは、どうかお気になさらずに」
シルフィールは小さく礼をして部屋を出ていった。彼を見送ったまま、ナイシェは立ち尽くして考えた。カイルの言葉や、シルフィールの話。カイルがあんなふうに笑える人だとは知らなかった――それは自分も同じだ。けれど、彼の笑顔に驚いたのはそのためだけではない。魅力的、だったのだ。何も知らない純粋な心を持つ少年のように、惹きつけられるものがあったのだ。
今まで、あんな笑い方をしたことがなかったなんて、信じられない。もったいないわ。
ナイシェはそう思った。
もう一度……もう一度、あの笑顔を見てみてもいいかもしれない……。
ナイシェはきゅっと唇を噛むと、意を決して部屋を出た。
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