113 / 371
【第三部:とらわれの舞姫】第五章
失敗②
しおりを挟む
「あ……あの」
喉からかすれた声が出る。
「ミゼッタが、男の人にお金の入った木の箱を渡すのを見つけたんです」
何とか短くそれだけいうと、ナイシェはすがるようにカイルのこわばった顔を、そしてシルフィールの心配そうな顔を見つめた。カイルが黙っていると、今度はミゼッタがいった。
「違います、カイル様。私はカイル様にお仕えする身です、けっしてそんなことはいたしません。この娘が、金貨を持って逃げようとするのを私が見つけたんです」
カイルは射るような視線をナイシェへ向けた。
「そうなのか、ナイシェ?」
ナイシェは必死で首を横に振った。ここで、カイルにまで誤解されるわけにはいかない。
「私じゃありません! 本当よ、信じてください……!」
すると、間髪入れずにミゼッタが口を挟んだ。
「嘘でないなら、どうしてこんな時間にあそこにいたの?」
「それは――」
思わず言葉に詰まる。ミゼッタが勝ち誇ったような顔をした。
「ほらごらんなさい! カイル様、この娘は屋敷を逃げ出そうとしてたんです。それを、私が捕まえたんです!」
カイルは意を決したようにナイシェのほうへ振り向くと、両脇に立っていた二人の男にいった。
「ナイシェを部屋へ連れていけ。一歩も出すな」
「かしこまりました」
二人は素早くナイシェの腕をとらえた。ナイシェは焦っていた。カイルは完全にミゼッタを信用してしまっている。
「ま……待ってください! 確かに私、逃げようとしていました。でも、それと金貨のことは別です! 逃げる途中でミゼッタと男の人を見つけて、それで――」
「それで?」
ナイシェの言葉をさえぎって、カイルが冷たくいった。
「自分が見つかることも考えずに、止めに入ったというのか?」
明らかに、信じていない。ナイシェはあまりのことに気が遠くなりそうだった。もう、何をいっても無駄だ。そんな思いを、頭のどこか遠くのほうで感じる。カイルの合図で、ナイシェは腕を引かれて歩き出した。すると、こらえきれずにシルフィールが訴えた。
「カイル様! 判断が性急すぎるのではないですか? もっとよく二人のいい分をきかなければ、本当のことはわかりません」
しかしカイルはそんなシルフィールに一瞥をくれただけだった。
「彼女は逃げようとしていた。それだけで、充分だろう?」
そして、屋敷の中へ消えていくナイシェの姿を見ながら、浅くため息をついた。
「見損なったね」
小さくそう呟くと、彼はひとり立っているミゼッタのほうへ目をやった。
「よくやったな。褒美をやろう」
ミゼッタは深々と頭を下げた。
「カイル様、これからナイシェ様をどうなさるおつもりですか」
カイルの自室に戻るなり、シルフィールが訴えるようにそういった。が、カイルは服を着替えながら無表情に答えた。
「どうする? ふん、そうだな、まあ食べ物くらいは与えてやるさ」
その冷たいいい方に、シルフィールが必死に食い下がる。
「カイル様は、ナイシェ様のお言葉をお聞きにはならなかったのですか? なぜミゼッタのいうことを信じ、ナイシェ様には耳を傾けないのですか」
「おまえはナイシェのほうを信じているのか?」
馬鹿にしたようにカイルがいう。
「いえ、ただ私はもっと双方に公平な目を向けるべきだと……」
「ナイシェは逃げようとしていたんだぞ。それがすべてを物語っているではないか」
「では、ミゼッタはなぜあんな時間にあんなところにいたのですか? 彼女のほうだって、不審な点があります」
「屋敷に仕えているミゼッタが、そんなことをするわけがない」
「ナイシェ様もです。あの方は善意にあふれた方です。たとえ逃げ出すことはあっても、金目のものまで持っていくようなことはありません」
するとカイルは皮肉気に笑った。
「よく知っているんだな、ナイシェのことを」
「本当にご存じなのは、あなたのほうではないのですか? 踊りには性格が出るのだなとおっしゃっていたではありませんか」
カイルは苛立ち紛れに机を強く叩いた。
「うるさい! とにかくナイシェにはそれなりの対応を考えるつもりだ。ミゼッタに詳しい話を聞いてな。これ以上おまえいにいうことはない。部屋に戻れ。おやすみ」
追い出されるようにカイルの部屋を出ると、シルフィールは深くため息をついた。自分だって、ミゼッタを疑っているわけではない――ただ、ナイシェがしたなどとは信じられないだけなのだ。
なすすべもなく、シルフィールは重い足取りで寝室へと戻ったのだった。
喉からかすれた声が出る。
「ミゼッタが、男の人にお金の入った木の箱を渡すのを見つけたんです」
何とか短くそれだけいうと、ナイシェはすがるようにカイルのこわばった顔を、そしてシルフィールの心配そうな顔を見つめた。カイルが黙っていると、今度はミゼッタがいった。
「違います、カイル様。私はカイル様にお仕えする身です、けっしてそんなことはいたしません。この娘が、金貨を持って逃げようとするのを私が見つけたんです」
カイルは射るような視線をナイシェへ向けた。
「そうなのか、ナイシェ?」
ナイシェは必死で首を横に振った。ここで、カイルにまで誤解されるわけにはいかない。
「私じゃありません! 本当よ、信じてください……!」
すると、間髪入れずにミゼッタが口を挟んだ。
「嘘でないなら、どうしてこんな時間にあそこにいたの?」
「それは――」
思わず言葉に詰まる。ミゼッタが勝ち誇ったような顔をした。
「ほらごらんなさい! カイル様、この娘は屋敷を逃げ出そうとしてたんです。それを、私が捕まえたんです!」
カイルは意を決したようにナイシェのほうへ振り向くと、両脇に立っていた二人の男にいった。
「ナイシェを部屋へ連れていけ。一歩も出すな」
「かしこまりました」
二人は素早くナイシェの腕をとらえた。ナイシェは焦っていた。カイルは完全にミゼッタを信用してしまっている。
「ま……待ってください! 確かに私、逃げようとしていました。でも、それと金貨のことは別です! 逃げる途中でミゼッタと男の人を見つけて、それで――」
「それで?」
ナイシェの言葉をさえぎって、カイルが冷たくいった。
「自分が見つかることも考えずに、止めに入ったというのか?」
明らかに、信じていない。ナイシェはあまりのことに気が遠くなりそうだった。もう、何をいっても無駄だ。そんな思いを、頭のどこか遠くのほうで感じる。カイルの合図で、ナイシェは腕を引かれて歩き出した。すると、こらえきれずにシルフィールが訴えた。
「カイル様! 判断が性急すぎるのではないですか? もっとよく二人のいい分をきかなければ、本当のことはわかりません」
しかしカイルはそんなシルフィールに一瞥をくれただけだった。
「彼女は逃げようとしていた。それだけで、充分だろう?」
そして、屋敷の中へ消えていくナイシェの姿を見ながら、浅くため息をついた。
「見損なったね」
小さくそう呟くと、彼はひとり立っているミゼッタのほうへ目をやった。
「よくやったな。褒美をやろう」
ミゼッタは深々と頭を下げた。
「カイル様、これからナイシェ様をどうなさるおつもりですか」
カイルの自室に戻るなり、シルフィールが訴えるようにそういった。が、カイルは服を着替えながら無表情に答えた。
「どうする? ふん、そうだな、まあ食べ物くらいは与えてやるさ」
その冷たいいい方に、シルフィールが必死に食い下がる。
「カイル様は、ナイシェ様のお言葉をお聞きにはならなかったのですか? なぜミゼッタのいうことを信じ、ナイシェ様には耳を傾けないのですか」
「おまえはナイシェのほうを信じているのか?」
馬鹿にしたようにカイルがいう。
「いえ、ただ私はもっと双方に公平な目を向けるべきだと……」
「ナイシェは逃げようとしていたんだぞ。それがすべてを物語っているではないか」
「では、ミゼッタはなぜあんな時間にあんなところにいたのですか? 彼女のほうだって、不審な点があります」
「屋敷に仕えているミゼッタが、そんなことをするわけがない」
「ナイシェ様もです。あの方は善意にあふれた方です。たとえ逃げ出すことはあっても、金目のものまで持っていくようなことはありません」
するとカイルは皮肉気に笑った。
「よく知っているんだな、ナイシェのことを」
「本当にご存じなのは、あなたのほうではないのですか? 踊りには性格が出るのだなとおっしゃっていたではありませんか」
カイルは苛立ち紛れに机を強く叩いた。
「うるさい! とにかくナイシェにはそれなりの対応を考えるつもりだ。ミゼッタに詳しい話を聞いてな。これ以上おまえいにいうことはない。部屋に戻れ。おやすみ」
追い出されるようにカイルの部屋を出ると、シルフィールは深くため息をついた。自分だって、ミゼッタを疑っているわけではない――ただ、ナイシェがしたなどとは信じられないだけなのだ。
なすすべもなく、シルフィールは重い足取りで寝室へと戻ったのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
41
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる