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【第三部:とらわれの舞姫】第二章
エルミーヌとエドール
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夏は青々とした草木の茂っていた中庭も、初秋になるとその色は落ち着き始める。暖かい太陽が空から照らし、涼しい風が包み込む庭を、二人は歩いていた。四季を通じて様々な表情を見せる中庭は、宮殿の人間たちがもっとも好む場所のひとつだ。
二人の間に言葉はなかった。ただ、彼が彼女の手をやさしく握り、彼女が彼にそっと寄り添う。それだけで充分だった。
なんて幸せなのかしら――愛する人の隣にいるというだけで、こんなに満ち足りた気分になれるなんて。
彼女は思った。
「――エルミーヌ?」
夫の呼びかけに、彼女は顔を上げた。
「嬉しそうだね……何か、いいことでも?」
いわれて初めて、エルミーヌは自分がうっすらと笑みを浮かべていたことに気づいた。そして恥ずかしくなってしまった。
「いいことなんて……いやだわ、私ったら。あなたと二人でこうして歩いているだけで、うれしくなっちゃうなんて」
真っ赤になるエルミーヌの頬に、エドールはそっと手をあてた。そして微笑む。
「かわいいね」
それを聞いてエルミーヌはますます赤くなり、ごまかすように口を開いた。
「も……もう、あなたがそんなふうにからかうから、私――」
言い訳のように言葉を並べるエルミーヌを、エドールの唇がそっと塞いだ。途端に、まるで魔法にかかったかのようにすべてが止まる。
「……愛しているよ」
透明な空気の中に溶け込んでしまいそうなほど、自然な言葉。エルミーヌは心が温かくなっていくのを感じた。
「……私もですわ」
「最近とてもお幸せそうですね、エルミーヌ様」
侍女のメイが寝台のシーツを替えながらベランダで本を読むエルミーヌに話しかけた。
「今日も旦那様と散歩に行ってらしたんでしょう?」
「あら……どうして知っているの?」
「だって、奥様と旦那様って、どこにいてもすぐみんなの目に留まるんですもの。あんなに仲のいい夫婦はいないって、みんないっていますよ。昔の噂が嘘みたいに――」
そこでメイはあわてて口を閉じた。
「すみません……」
するとエルミーヌは微笑んでいった。
「いいのよ、本当のことですもの。でもね、今は私、胸を張っていえるの。私たちはこれ以上ないほど愛し合っています、って」
メイも同意するようにうなずく。
「よおくわかりますわ。私たち侍女の間でも、憧れの的なんですよ」
うれしそうに笑っていたエルミーヌが、不意に眉をしかめて立ち上がった。
「……どうかなさいました?」
「少し……急に、気分が悪くなっちゃって……ごめんなさい」
いうなり彼女は足早にベランダから戻ると、そのまま洗面室に向かった。
「エ、エルミーヌ様……!?」
あわてて追いかけてきたメイを見て、エルミーヌが苦し気に笑う。
「今までこんなことなかったのに……。エドールには黙っていてね、心配するといけないから」
「だ、黙るもなにも……」
メイは頬を紅潮させて声を上げた。
「おめでとうございます、エルミーヌ様!」
「え……?」
目を丸くする彼女の手を取って、メイは叫んだ。
「おめでたですわ! 赤ちゃんがお出来になったんです!」
二人の間に言葉はなかった。ただ、彼が彼女の手をやさしく握り、彼女が彼にそっと寄り添う。それだけで充分だった。
なんて幸せなのかしら――愛する人の隣にいるというだけで、こんなに満ち足りた気分になれるなんて。
彼女は思った。
「――エルミーヌ?」
夫の呼びかけに、彼女は顔を上げた。
「嬉しそうだね……何か、いいことでも?」
いわれて初めて、エルミーヌは自分がうっすらと笑みを浮かべていたことに気づいた。そして恥ずかしくなってしまった。
「いいことなんて……いやだわ、私ったら。あなたと二人でこうして歩いているだけで、うれしくなっちゃうなんて」
真っ赤になるエルミーヌの頬に、エドールはそっと手をあてた。そして微笑む。
「かわいいね」
それを聞いてエルミーヌはますます赤くなり、ごまかすように口を開いた。
「も……もう、あなたがそんなふうにからかうから、私――」
言い訳のように言葉を並べるエルミーヌを、エドールの唇がそっと塞いだ。途端に、まるで魔法にかかったかのようにすべてが止まる。
「……愛しているよ」
透明な空気の中に溶け込んでしまいそうなほど、自然な言葉。エルミーヌは心が温かくなっていくのを感じた。
「……私もですわ」
「最近とてもお幸せそうですね、エルミーヌ様」
侍女のメイが寝台のシーツを替えながらベランダで本を読むエルミーヌに話しかけた。
「今日も旦那様と散歩に行ってらしたんでしょう?」
「あら……どうして知っているの?」
「だって、奥様と旦那様って、どこにいてもすぐみんなの目に留まるんですもの。あんなに仲のいい夫婦はいないって、みんないっていますよ。昔の噂が嘘みたいに――」
そこでメイはあわてて口を閉じた。
「すみません……」
するとエルミーヌは微笑んでいった。
「いいのよ、本当のことですもの。でもね、今は私、胸を張っていえるの。私たちはこれ以上ないほど愛し合っています、って」
メイも同意するようにうなずく。
「よおくわかりますわ。私たち侍女の間でも、憧れの的なんですよ」
うれしそうに笑っていたエルミーヌが、不意に眉をしかめて立ち上がった。
「……どうかなさいました?」
「少し……急に、気分が悪くなっちゃって……ごめんなさい」
いうなり彼女は足早にベランダから戻ると、そのまま洗面室に向かった。
「エ、エルミーヌ様……!?」
あわてて追いかけてきたメイを見て、エルミーヌが苦し気に笑う。
「今までこんなことなかったのに……。エドールには黙っていてね、心配するといけないから」
「だ、黙るもなにも……」
メイは頬を紅潮させて声を上げた。
「おめでとうございます、エルミーヌ様!」
「え……?」
目を丸くする彼女の手を取って、メイは叫んだ。
「おめでたですわ! 赤ちゃんがお出来になったんです!」
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