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【第三部:とらわれの舞姫】第一章

迎えの者

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 アルマニアの町に着いたのは夕方を過ぎたころだった。やや早めの夕食をとると、四人はすぐ宿に入り眠りについた。首都であるこのアルマニアで人探しをするには、最低でも三、四日はかかるだろう。それなりに覚悟しておかねばならない。
 四人の心中も知らず、夜の街は若者の熱気で遅くまでにぎわっていた。





 アルマニアの朝は、女性たちの朝食の買い物で始まる。毎朝のことなので、たいていの女性は通りに並ぶすべての店の主人と顔なじみであり、朝のあいさつからそのまま長い世間話に入ることも少なくない。そんな界隈に新しく住人が増えれば、自然と目につくものである。

「ショーは、最近妹を訪ねたら引っ越したあとだったっていってた。もし今アルマニアに住んでいるのなら、お店の人たちに訊けばわかるかもしれないよ。運がよければ、その子が買い物に来てるかもしれない」

 ディオネの言葉にナイシェもうなずく。

「私たちも朝ごはんの買い物をしなくちゃいけないし、ちょうどいいわ。みんなで手分けして探しましょうよ」

 そういうと、まだ顔を見せていないエルシャの部屋へ向かった。

「ねえエルシャ、今から探しに行こうかって……」

 扉を開けると、椅子に座っているエルシャの姿が目に入った。その手には大きな剣が握られている。彼は身動きひとつせずに、鋭い目つきでその剣を見つめていた――ほんの少しだけ、眉をひそめて。

「……エルシャ?」

 ナイシェの呼びかけで、エルシャははっと顔を上げた。

「あ……ごめん、えっと、探しに行くんだろう? すぐ行くから待っていてくれ」

 そして手にしていた剣をそっと机の上へ置いた。そのとき、ナイシェは気づいた。それは、サラマ・エステでサルジアに自分の剣を粉々にされて以来彼が身につけている、これといった装飾の何もない質素な剣だった。剣をなくしたのはついこの間なのに、新しいその剣はまるで何年も使っていたかのように柄が擦り切れている。細身のエルシャにはやや不釣り合いな、大きな剣――ショーの、剣だった。

「それ……」

 ナイシェの視線に気づき、エルシャが小さく笑う。

「ああ、これか……そう、あいつのだよ」
 そして、ナイシェが不思議そうな顔をしているのを見て、呟くように付け足した。
「俺は……無責任な男だから」

 意味がよくわからないまま部屋を出ると、ディオネが扉の横に立っていた。

「様子、どうだった? 最近調子悪いみたいだけど」

 姉の問いに、ナイシェが顔をしかめる。

「う……ん、ショーのことが気になってるみたい。彼の剣を持って、俺は無責任な男だって。どういうことかしら」
「――ショーを死なせた自分が、許せないのよ」

 ディオネは独り言のようにそういった。

 また、ひとりで背負い込もうとしている。ジュノレのときもサルジアのときも、いつもそうだ。

 怒りにも似た苛立ちを覚えた。だが、喉元まで出かかった文句をぐっと堪える。

 エルシャは、その罪悪感と真っ向から対峙しているのだ。そうしないと彼自身が納得できないというのなら、自分はただ見守るしかない。

 ディオネは、ナイシェとフェランのほうへ目を向けた。
「……あんたたち、先に行ってて。あたしはエルシャを待つから」





 朝の通りは若者たちの夜と同じくらい混雑していて、大声を張り上げながらたくさんの女性たちに品物を売りさばいている店の主人に尋ね人について話を聞くのは、至難の業だった。

「最近引っ越してきた家族? 知らねえな」
「俺は見かけないけどね」

 せわしく手を動かす店主たちからの返答は、そんなものばかりだ。

「やっぱり無理なのかしら……名前もわからない女の人を探すなんて」

 とりあえずその日必要な食材を買い揃えながら、ナイシェはため息をついた。

「でもまだひとつ目の町ですよ。見つからないのは当然ですよ」

 フェランがそういって微笑む。ナイシェもつられて微笑んだ。なぜだか、フェランにやさしくいわれると、本当に何の心配もいらないように思えてくる。

 このぶんだと、エルシャたちも手がかりはつかめていないだろう。

 そんなことを思いながら大通りを抜け、路地に入ったときだった。

「ナイシェ・ネイランド様ですね?」

 背後から、低い声で呼び止められた。振り返ると、二人の男が立っている。かなり上質の衣服を身にまとい、品格漂ういでたちだ。

「……そうですけど……?」

 警戒しながら答えると、男は恭しく頭を下げて厳かにいった。

「お迎えに参りました」
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