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【第二部:天と地の狭間】第五章
二度目の命
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「な――!」
五人の反応を楽しむかのように、サルジアは高らかに笑った。
「ほほほ、とても簡単な選択ではないの、エルシャ?」
エルシャはきつく唇をかみしめて、悠然とたたずむサルジアをにらみつけた。苦渋の選択だ――だが、答えはひとつしかない。
「……ショーを、返せ」
絞り出すような声だった。サルジアがわざとらしく驚いてみせる。
「おやまあ、それでいいの? ジュノレよりもこの男のほうを選ぶのね」
「ショーを返せ!」
今度は大声で叫んだ。サルジアはにっこりと笑った。
「いいでしょう。取りに来なさい」
そしてショーをエルシャの目の前に放り出す。エルシャはショーの重たい体を支えて顔を覗き込んだ。
「ショー!? 大丈夫か!?」
ショーはゆっくりと目を上げた。唇がわずかに動いたが、言葉は出ない。
「すまない、ショー……おまえを巻き込むつもりはなかったんだ。すぐ助けてやる、もうしばらくの辛抱だ」
するとショーは顔をゆがめ、エルシャの手を固く握りしめた。そして言葉を発したときだった。
ザシュッ。
鈍い音がした。次の瞬間、ショーの頭がエルシャの足元に転がった。
「きゃあああ!」
天をも引き裂くようなナイシェの悲鳴と、サルジアの高らかな笑い声が響き渡る。
「とくとごらん! それがおまえたちに振り回された男の最期だよ!」
「き……さまぁ!」
理性よりも先に、感情が走っていた。エルシャは怒りと憎しみの炎を瞳に宿し、剣を片手にサルジアへ斬りかかった。しかしサルジアはひらりと身をかわし、左手の薬草を高々と掲げた。
「今私を殺したら、薬草もなくなるよ」
「ならば――その腕ごともらうまでだ!」
草を持つ左腕をめがけ、剣をなぎ払う。エルシャの素早い動きを避けきれず、剣先がサルジアの手首をかすった。思わず開いた左手から、薬草が宙に舞う。放り出された薬草は風に乗ってエルシャたちの頭上を越え、サラマ・エステの向こう側へと飛んでいった。
「ジュノレの薬草が――!」
あれを失うと、ジュノレが治らなくなる。
そう思った瞬間、ディオネは空を舞う草に向かって手を伸ばしていた。地を蹴り、草に跳びつく。左手がかろうじて薬草の一部をつかんだ。が、落ちる彼女を受け止める地面はなかった。
「姉さん!」
ナイシェが悲鳴を上げて姉へ手を伸ばす。その右手とディオネの右手が重なり、互いの手をしっかりとつかんだ瞬間、ナイシェの体はディオネに引っ張られて宙へ飛び出した。その体をあわててテュリスが支え、フェランとともに二人を引き上げる。ディオネはやっとの思いで頂上によじ登った。その手には、しっかりと薬草が握られていた。
「これでジュノレは助かるわ!」
ディオネの歓喜の声に、テュリスが冷たくいい放つ。
「無事に帰れれば、な」
見ると、サルジアが恐ろしい形相で五人を凝視していた。
「あいかわらずしぶといのね、あなたたち……」
サルジアを取り巻く黒い空気が、生き物のようにうごめいた。右の手のひらの上に、大きな炎が出現する。
「燃え尽きておしまいなさい!」
投げつけらえた炎は、ナイシェがとっさに創り出した大量の水によって消し去られた。サルジアの顔が怒りにゆがむ。ナイシェはディオネに目配せすると、全神経を集中して人が隠れるほどの大きな火の玉を創り出した。その手前の空間に向かって、ディオネが破壊の力をぶつける。空気は爆発を起こし、その風圧で炎はサルジアに向かって吹き飛んだ。避ける間もなく、サルジアの全身が炎に包まれる。同時にエルシャが剣を構えて飛び出した。
「ふん、こんな炎で私を殺そうなんて甘いわ!」
サルジアが両腕で炎を振り払う。直後、突然視界に現れたエルシャの剣が、彼女の胸に突き刺さった。心臓の位置を、深々と。サルジアの目が大きく見開かれる。誰もが、終わったと思った。しかし。
「……二度目の命が、心臓に宿るとは限らなくてよ」
サルジアは微笑むと、胸に刺さった剣の刃を素手で握りしめた。剣は粉々に砕け散った。
五人の反応を楽しむかのように、サルジアは高らかに笑った。
「ほほほ、とても簡単な選択ではないの、エルシャ?」
エルシャはきつく唇をかみしめて、悠然とたたずむサルジアをにらみつけた。苦渋の選択だ――だが、答えはひとつしかない。
「……ショーを、返せ」
絞り出すような声だった。サルジアがわざとらしく驚いてみせる。
「おやまあ、それでいいの? ジュノレよりもこの男のほうを選ぶのね」
「ショーを返せ!」
今度は大声で叫んだ。サルジアはにっこりと笑った。
「いいでしょう。取りに来なさい」
そしてショーをエルシャの目の前に放り出す。エルシャはショーの重たい体を支えて顔を覗き込んだ。
「ショー!? 大丈夫か!?」
ショーはゆっくりと目を上げた。唇がわずかに動いたが、言葉は出ない。
「すまない、ショー……おまえを巻き込むつもりはなかったんだ。すぐ助けてやる、もうしばらくの辛抱だ」
するとショーは顔をゆがめ、エルシャの手を固く握りしめた。そして言葉を発したときだった。
ザシュッ。
鈍い音がした。次の瞬間、ショーの頭がエルシャの足元に転がった。
「きゃあああ!」
天をも引き裂くようなナイシェの悲鳴と、サルジアの高らかな笑い声が響き渡る。
「とくとごらん! それがおまえたちに振り回された男の最期だよ!」
「き……さまぁ!」
理性よりも先に、感情が走っていた。エルシャは怒りと憎しみの炎を瞳に宿し、剣を片手にサルジアへ斬りかかった。しかしサルジアはひらりと身をかわし、左手の薬草を高々と掲げた。
「今私を殺したら、薬草もなくなるよ」
「ならば――その腕ごともらうまでだ!」
草を持つ左腕をめがけ、剣をなぎ払う。エルシャの素早い動きを避けきれず、剣先がサルジアの手首をかすった。思わず開いた左手から、薬草が宙に舞う。放り出された薬草は風に乗ってエルシャたちの頭上を越え、サラマ・エステの向こう側へと飛んでいった。
「ジュノレの薬草が――!」
あれを失うと、ジュノレが治らなくなる。
そう思った瞬間、ディオネは空を舞う草に向かって手を伸ばしていた。地を蹴り、草に跳びつく。左手がかろうじて薬草の一部をつかんだ。が、落ちる彼女を受け止める地面はなかった。
「姉さん!」
ナイシェが悲鳴を上げて姉へ手を伸ばす。その右手とディオネの右手が重なり、互いの手をしっかりとつかんだ瞬間、ナイシェの体はディオネに引っ張られて宙へ飛び出した。その体をあわててテュリスが支え、フェランとともに二人を引き上げる。ディオネはやっとの思いで頂上によじ登った。その手には、しっかりと薬草が握られていた。
「これでジュノレは助かるわ!」
ディオネの歓喜の声に、テュリスが冷たくいい放つ。
「無事に帰れれば、な」
見ると、サルジアが恐ろしい形相で五人を凝視していた。
「あいかわらずしぶといのね、あなたたち……」
サルジアを取り巻く黒い空気が、生き物のようにうごめいた。右の手のひらの上に、大きな炎が出現する。
「燃え尽きておしまいなさい!」
投げつけらえた炎は、ナイシェがとっさに創り出した大量の水によって消し去られた。サルジアの顔が怒りにゆがむ。ナイシェはディオネに目配せすると、全神経を集中して人が隠れるほどの大きな火の玉を創り出した。その手前の空間に向かって、ディオネが破壊の力をぶつける。空気は爆発を起こし、その風圧で炎はサルジアに向かって吹き飛んだ。避ける間もなく、サルジアの全身が炎に包まれる。同時にエルシャが剣を構えて飛び出した。
「ふん、こんな炎で私を殺そうなんて甘いわ!」
サルジアが両腕で炎を振り払う。直後、突然視界に現れたエルシャの剣が、彼女の胸に突き刺さった。心臓の位置を、深々と。サルジアの目が大きく見開かれる。誰もが、終わったと思った。しかし。
「……二度目の命が、心臓に宿るとは限らなくてよ」
サルジアは微笑むと、胸に刺さった剣の刃を素手で握りしめた。剣は粉々に砕け散った。
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