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【第二部:天と地の狭間】第五章

復活

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 まさか――あり得ない。彼女は、俺がこの手で確かに……!

 急激にのどが渇いていく。驚愕に動けないでいるエルシャの前に、ひとりの女性が姿を現した。口元にうっすらと微笑を浮かべている彼女に対して発することができたのは、かすれた一言だけだった。

「伯母上……」

 激しい頭痛が彼を襲う。疑念だけが頭の中を駆け巡る。
 自分の名を呼ぶ声で、エルシャは我に返った。下で、ディオネたちが叫んでいる。

「来るな!」

 女の顔を凝視したまま、彼はそう叫んだ。

「来なくていい!」

 女はくすりと笑った。固定したロープがきしむ。

「だめだ、来るな!」

 しかし、しばらくしてディオネたちがロープを伝い頂上へ登ってきた。目の前に立つ女の姿を見て、みな唖然とする。

「サルジア――!?」

 白い肌と、足元まで伸びた美しい黒髪。白い霧の中で、妖しい黒い煙がうっすらと彼女を取り囲んでいる。それは紛れもなく、アルマニア宮殿で処刑され、命を断たれたはずのサルジアだった。

「どういうこと……!? あんたは確かに死んだはずじゃ……」

 ディオネの言葉に、サルジアが楽しそうに笑う。

「そう、私は確かに一度死にました。そして、生き返ったのよ」
「うそ! そんなことできるわけない!」
「うそではなくってよ。私はね、契約したの。二度目の命と、最高の力をもらうためにね……」
「契約……?」
「そう――私の神と」

 サルジアの口から発せられた言葉に、みな凍りつく。するとサルジアは微笑した。

「ああそうね、あなたたちにいわせれば――悪魔、かしら?」

 その禍々しい名に、嫌悪と恐怖が沸き上がる。

「悪魔と……契約、だって……?」

 エルシャは耳を疑った。

 悪魔――それは、神と対をなす存在。神が光ならば、悪魔は闇。神官になる過程で、悪魔についても多少は学んだ。しかし所詮は机上の話だ。悪魔についての真実を記した書物など、存在しない。人間たちは、ただ漠然とその存在を認知しているに過ぎない。その悪魔という存在を、サルジアの言葉は初めてエルシャの中に具現化した。

「……契約の条件は、何だ?」

 エルシャが問う。相手が悪魔である限り、必ず条件があるはずだ。

「条件? ……そうね、教えてあげましょう。それは――あなたたちを、殺すこと」

 みな言葉を失う。命の危険が差し迫っていること以上に、その条件を悪魔が提示したということに驚いていた。サラマ・アンギュースを探して旅をしている自分たちを、神と対極にある悪魔が、亡き者にしようとしている――その事実が意味することに気づき、愕然とする。

「あんたなんかに、殺されてやるもんですか! ジュノレの薬草を持ってるんでしょ。早く渡して!」

 叫ぶディオネを見て、サルジアは楽しそうに笑った。

「渡したところで、今から私があなたたちを殺すのですよ。そうすれば、私は神との契約を果たし、新しいこの命でジュノレとともにこの国を手にすることができる……。でも、そうね。万が一あなたたちが勝つことができたら……そのときは、潔く敗北を認めて薬草を渡しましょう」

 そういうと、サルジアは左手を掲げた。そこには、緑色の細い葉の束が握られている。

「でも、こちらも条件を出さなければ公平ではないわね。取引をしましょう」

 うっすらと微笑み、右の手を横へ差し出す。その周辺だけ霧が晴れ、現れたのは――

「……ショー……!?」

 傷つき、血にまみれて動かないショーだった。

「ショーに何をしたの!?」
「あら、ひどいいい様ね。私は湖のほとりで拾っただけよ。まあ、動けないように多少手は加えたけれど……」

 そして、ほとんど意識のないショーの襟首をつかんで持ち上げた。

「この男と薬草、どちらか好きなほうをあげましょう」
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