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【第二部:天と地の狭間】第五章

頂上

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 目が覚めても、周りの様子はまったく変わっていなかった。何時間眠ったかも、昼か夜かもわからない。五人は再び歩き出した。
 もう下には戻れない。が、上に出口があるとも限らなかった。わかるのは、最上部に近づきつつあるということだけ。天井が著しく下がり始め、幅も狭くなってきた。さらに数十分歩くと、行き止まりが見えてきた。五人は息を呑んだ。

 出口は、見えない……。

 テュリスが無言で突き当たりの壁を触った。普通の石だ。しかし、彼はいった。

「ナイシェ。ちょっとランプの灯を消してくれないか」

 ナイシェは首を傾げつつ下げていたランプの灯を吹き消した。すると。

 ほんのかすかに、一筋の光が差し込んでいた。突き当たりの壁の隙間から、小さな光が。

「出られるの!?」
「いや、わからない。石が外れるってわけでもないから、人が通れるくらいの穴は――」

 するとディオネが進み出た。

「それなら任せて。そこに穴を開ければいいのね」

 そして小さな隙間に向かって両手を伸ばした。次の瞬間、石は大きな音をたててはじけ飛び、そこには大きな穴が開いた。

「さ、これで外へは出られるわよ――」

 いいながら外界を覗き、ディオネは言葉を失った。

「何これ……!?」

 思ったより、はるかに高かった。頭上にはすぐ近くに雲があり、目に入るのは一面金色の世界。テル砂漠らしい。そして、眼下には――湖。

「カマル湖だわ! やっぱりこの塔はあそことつながって――」

 そこまでいって、言葉を止める。ディオネは再び下を見下ろした。

「ここ……サラマ・エステ!?」

 それしか考えられなかった。巨大な山が、実は巨大な塔であった、としか。ディオネはその場に座り込んでしまった。

「ちょっと……ここからどうしろってのよ。この断崖絶壁を登れっての? どのみち下りるのも無理だけどさ」

 するとエルシャが穴から身を乗り出して頂上を見上げた。傾斜を考えなければ、登れない高さではない。問題は、その方法だ。
 思案の末、エルシャはテュリスにいった。

「おまえの短剣、二、三本貸してくれ。それと、ナイシェに長めのロープを創ってほしいんだが……」

 ナイシェはロープを創りエルシャに渡した。

「これをどうするの?」

 エルシャはロープの端を腰に結びつけていった。

「俺が短剣を使って頂上まで登る。そのあとロープを固定するから、みんなはそれを伝って登ってきてくれ」

 みな唖然とした。

「ちょっと……危なすぎるよ! あんな短いナイフで体を支えられっこないじゃない! 真っ逆さまに落ちて終わりだよ!」

 ディオネの言葉に、しかしエルシャはかぶりを振った。

「いや……ジュノレのためだから」

 ディオネは何もいえなくなった。エルシャが無言で支度を始める。

「薬草があれば、取って戻ってくる。そうすれば、みんなまで危ないことをしなくて済むから」
「……気をつけてね」

 そういうディオネに、エルシャが微笑んだ。

 穴の真上の斜面に向かって、テュリスの短剣を突き立てる。動かないのを確認すると、エルシャはそれで体を支えたまま穴に足をかけ、空いているほうの手でさらに上へもう一本の短剣を突き立てた。そのまま足を穴の上へ移動させると、腕を縮めて体を引き寄せ、最初の剣を引き抜いて上へ突き刺す。
自らの体の重さに、支える腕が小刻みに震える。ただでさえ弱くなっていく握力の上に、汗が手を滑らせる。しかし、ここで落ちるわけにはいかなかった。数分かけて登り、両腕の感覚が麻痺してきたころ、エルシャはやっとの思いで頂上の岩に手をかけた。最後の力を振り絞って体を頂上に投げ出すと、エルシャは目を上げた。
 地面は平らで思ったより広く、砂利と小石で覆われていた。そのところどころから緑の草が顔をのぞかせている。一面に白い霧が立ちこめていて、ジュノレを治す薬草らしい草があるかはわからない。とりあえずエルシャは、はやる気持ちを抑えてナイフを数本地面に深く突き刺し、ロープを巻きつけて結んだ。

 これで、残りの四人はいつでも登れる。が、その前に見つけよう。

 そう思って立ち上がったときだった。

「あら、下の四人もお呼びなさいな」

 霧の向こうに、女の声がした。何度も何度も耳にした、高くて棘のある、それでいて恐ろしいほど落ち着いた声。エルシャは全身の血が凍りつくのを感じた。
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