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【第一部:王位継承者】第十四章
葛藤
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その日の夜、エルシャの私室にフェラン、ナイシェ、ディオネ、そしてテュリスの四人が集まった。
「リキュスが即位して宮廷も落ち着いたことだし、ジュノレの薬草を探しに行こうと思う」
エルシャが切り出した。
「誰も到達したことのない、サラマ・エステの頂上だ。かなり危険な旅になると思う。だが……ともに来てくれると、とても心強い」
ディオネがにやりと笑った。
「そうこなくっちゃ!」
「私も、最初からそのつもりよ」
ナイシェも続く。そこに、テュリスが進み出た。
「サラマ・エステだな。……俺も行こう」
これにはみな驚いた。
「どういう風の吹き回しだ?」
エルシャの言葉に、テュリスは無表情に答えた。
「勘違いするな、ジュノレのためじゃない。どうも……サルジアの死に方が、気になってね」
途端に、みなの顔が険しくなる。誰もが、口には出さずとも頭に引っかかっていたからだ。
「あの計算高いサルジアが、あれで終わりとは思えないんだ。死に際の言葉も気にかかる。あの女は、自分の死後も何か罠を残している……そういう気がして仕方がない。ならば、誘導するかのようにあの女がいった、サラマ・エステ――そこに、何か手がかりがあるに違いない」
「男手は多いほうがいい。そういうことなら、ぜひ同行してもらおう」
サラマ・エステ――空高くそびえたつ、岩山。頂上は雲に隠れ、正確な標高すらわからない。ただわかっているのは、そこが死の山であるということ。この山の頂上を目指し、生きて帰った者はいない。さらにそれを囲むように横たわる、カマル湖――鏡(カマル)のように微動だにせず、人々の姿を映し出す湖。心の奥まで見透かしてしまいそうな、透きとおった青い水。ここに足を踏み入れた者は、けして帰ってこない。それは水の冷たさのせいとも、水の精のいたずらともいわれる。しかも、その湖までの道のりすら阻むかのように広がる、テル砂漠。その重たい砂に捉えられた者は、地獄(テル)に引きずり込まれるものと信じられている。これらの難所を抜け、実在するかもわからない薬草を求めてサラマ・エステの頂上を目指すのは、まさに命懸けだ。
「誰も登頂したことがない山だが、俺たちにはサラマ・アンギュースが三人もついている。絶対に、ジュノレをもとに戻す手がかりを得て帰ってこよう」
誰もが士気高く部屋へ引き上げていく中、ディオネは後ろ髪を引かれるように足を止めてエルシャを振り返った。
「……ねえエルシャ。あんた、ジュノレに会わずに宮殿を出る気?」
エルシャが返答に窮する。ディオネは小さなため息をついた。
「ばれてんのよ、あんたがあれからジュノレに会ってないことくらい」
エルシャは気まずそうに視線を逸らした。
「……俺が会いに行くことが、あいつのためになるとは思えない」
そう呟くエルシャに、ディオネがはっきりといった。
「会わないと、あんたが後悔するんじゃない? ていうか、サルジアを処刑した言い訳とか、これからジュノレのために命懸けで薬草を取りに行くとか、ジュノレに伝えるべきなんじゃない? 全部ジュノレに関わることなのに、何にもいわないで逃げるだけなんて、卑怯だよ。ちゃんと向き合うほうがいいと思うよ……あんたも、ジュノレも」
「ジュノレも……?」
「そう。もしも……もしもあたしがジュノレだったら……。信頼する男が母親を殺して、それっきり会いにも来ないなんて、逆に許せない。あんたが来ないと、向き合いたくても向き合えない」
エルシャは何もいえなかった。
ディオネのいうとおり、自分はジュノレには会わずにサラマ・エステへ向かおうとしていた。薬草を手にすることができれば、それがせめてもの罪滅ぼしになる……そんなことを思っていた。だが、ディオネのいうとおり、それは自分の責任から目を背けているだけなのかもしれない。
「とにかくさ、悔いがないようにしなよ……。ジュノレは、強い人間だよ。あんたが一番、知ってるんでしょ?」
それだけいい残して、ディオネは去っていった。
「リキュスが即位して宮廷も落ち着いたことだし、ジュノレの薬草を探しに行こうと思う」
エルシャが切り出した。
「誰も到達したことのない、サラマ・エステの頂上だ。かなり危険な旅になると思う。だが……ともに来てくれると、とても心強い」
ディオネがにやりと笑った。
「そうこなくっちゃ!」
「私も、最初からそのつもりよ」
ナイシェも続く。そこに、テュリスが進み出た。
「サラマ・エステだな。……俺も行こう」
これにはみな驚いた。
「どういう風の吹き回しだ?」
エルシャの言葉に、テュリスは無表情に答えた。
「勘違いするな、ジュノレのためじゃない。どうも……サルジアの死に方が、気になってね」
途端に、みなの顔が険しくなる。誰もが、口には出さずとも頭に引っかかっていたからだ。
「あの計算高いサルジアが、あれで終わりとは思えないんだ。死に際の言葉も気にかかる。あの女は、自分の死後も何か罠を残している……そういう気がして仕方がない。ならば、誘導するかのようにあの女がいった、サラマ・エステ――そこに、何か手がかりがあるに違いない」
「男手は多いほうがいい。そういうことなら、ぜひ同行してもらおう」
サラマ・エステ――空高くそびえたつ、岩山。頂上は雲に隠れ、正確な標高すらわからない。ただわかっているのは、そこが死の山であるということ。この山の頂上を目指し、生きて帰った者はいない。さらにそれを囲むように横たわる、カマル湖――鏡(カマル)のように微動だにせず、人々の姿を映し出す湖。心の奥まで見透かしてしまいそうな、透きとおった青い水。ここに足を踏み入れた者は、けして帰ってこない。それは水の冷たさのせいとも、水の精のいたずらともいわれる。しかも、その湖までの道のりすら阻むかのように広がる、テル砂漠。その重たい砂に捉えられた者は、地獄(テル)に引きずり込まれるものと信じられている。これらの難所を抜け、実在するかもわからない薬草を求めてサラマ・エステの頂上を目指すのは、まさに命懸けだ。
「誰も登頂したことがない山だが、俺たちにはサラマ・アンギュースが三人もついている。絶対に、ジュノレをもとに戻す手がかりを得て帰ってこよう」
誰もが士気高く部屋へ引き上げていく中、ディオネは後ろ髪を引かれるように足を止めてエルシャを振り返った。
「……ねえエルシャ。あんた、ジュノレに会わずに宮殿を出る気?」
エルシャが返答に窮する。ディオネは小さなため息をついた。
「ばれてんのよ、あんたがあれからジュノレに会ってないことくらい」
エルシャは気まずそうに視線を逸らした。
「……俺が会いに行くことが、あいつのためになるとは思えない」
そう呟くエルシャに、ディオネがはっきりといった。
「会わないと、あんたが後悔するんじゃない? ていうか、サルジアを処刑した言い訳とか、これからジュノレのために命懸けで薬草を取りに行くとか、ジュノレに伝えるべきなんじゃない? 全部ジュノレに関わることなのに、何にもいわないで逃げるだけなんて、卑怯だよ。ちゃんと向き合うほうがいいと思うよ……あんたも、ジュノレも」
「ジュノレも……?」
「そう。もしも……もしもあたしがジュノレだったら……。信頼する男が母親を殺して、それっきり会いにも来ないなんて、逆に許せない。あんたが来ないと、向き合いたくても向き合えない」
エルシャは何もいえなかった。
ディオネのいうとおり、自分はジュノレには会わずにサラマ・エステへ向かおうとしていた。薬草を手にすることができれば、それがせめてもの罪滅ぼしになる……そんなことを思っていた。だが、ディオネのいうとおり、それは自分の責任から目を背けているだけなのかもしれない。
「とにかくさ、悔いがないようにしなよ……。ジュノレは、強い人間だよ。あんたが一番、知ってるんでしょ?」
それだけいい残して、ディオネは去っていった。
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