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【第一部:王位継承者】第十一章
失われた言語
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アルマニア宮殿敷地内の南にある草原に、五人は姿を現した。すぐ近くを城壁が取り囲み、遠くには門兵の見張る正門が見える。二人の門兵はいずれも敷地外を警戒しており、五人の姿には気づきもしない。
「ここは……」
フェランが呟いた。
ここは確か、初めて僕がエルシャと出会った……。
今まで、思い出そうとしても思い出せなかった記憶の断片が、突然脳裏によみがえる。
そうだ、僕はここに倒れていて、そこにエルシャが来たんだ。それで、僕は彼に話しかけようとして――
突然、強烈な痛みがフェランの頭を貫いた。
「う……っ」
頭を押さえて倒れこむフェランをエルシャが支える。
「どうした?」
「今……少し、思い出したんです……でも、急に頭痛が」
フェランはゆっくり立ち上がった。痛みは一時的なものだったが、落ち着いたころには、つかみかけていた記憶の断片もいつのまにか消えていた。
エルシャはそんなフェランをしばらく見つめていた。頭の中で、ひとつの仮説が形をなそうとする。それを検証するかのように、エルシャはフェランに話しかけた。
「Fu uuo dqiel Nalune, Feran?」
フェランは首を傾げた。聞いたことのない言語だ。しかし、すぐ隣でディオネが声にならない声をあげている。ディオネはやっとのことでこういった。
「E……Eju fu uuo dqiel Nalune! Eti uuo Salama Angjuse!?」
フェランには、二人が同じ言語を使っていて、どうやらサラマ・アンギュースについて話しているということしかわからなかった。エルシャがディオネにアルム語で答えた。
「俺は違うよ。昔ちょっとナリューン語の辞書を読んで覚えただけで、これくらいしか話せない」
「ね……姉さん」
不意にナイシェが震える声で尋ねた。
「どうして!? 私、知らないはずなのに、わかる……その言葉、知ってるわ……!」
フェランはひとり、意味がわからずうろたえている。
「あ、あの……? どういうことですか? 古語か何かなんですか?」
「……やっぱりな」
エルシャはそんなフェランを見て小さくため息をついた。
「今のは、ナリューン語――サラマ・アンギュースならば、習わずともかけらを体に埋めているだけで習得することのできる言語だ」
「……つまり、僕はサラマ・アンギュースではない、と?」
「いや、おまえは確かにシレノスだ」
「では、なぜ――」
「おまえは忘れているようだが――」
遮るようにエルシャがいった。
「おまえは、初めて俺と出会ったとき……確かに、ナリューン語を話した」
「え……?」
フェランが絶句する。
フェランとの出会い。あれは、忘れもしない十三年前の春だ。秘密の遊び場のひとつ、南の草原へ、こっそり出かけたとき――確か、父上か母上に叱られたかで、むしゃくしゃした気持ちのまま何ともなく赴いた人気のない草原に、彼は倒れていた。甘い紅茶のような栗色をした柔らかい髪と、透き通るような白い肌に、はじめは天使が堕ちてきたのかと思った。それからすぐに、薄汚れた服を見て、人間だと気づいた。男か女かなんて、そのときは考えもしなかった。ただ初めて見る不思議な生き物を観察でもするように、恐る恐る手を伸ばし――温かい肌に触れた瞬間、彼は目を開けたのだ。そして、うつろな目の焦点が合ったとき、彼は口を開いて、たった一言、発した――
「たった一度だけだったがな。俺もあのときは子供で、ナリューン語なんて知らなかったから、おまえの言葉の意味もわからなかったし、それっきり忘れていた。だが、今回神からサラマ・アンギュースを探す使命を託され、思い出したんだ。おまえは確かに、ナリューン語を話していた。なのに、いつのまにかその言葉を忘れ去ってしまった。……おそらく、過去の記憶を失うと同時に、言葉まで忘れてしまったんだ」
「……どういうこと?」
意味が分からず、ディオネが苛立っている。エルシャはしばらく考え込んだあと、ぼそりと呟いた。
「……俺自身も、まだ考えがまとまっているわけじゃないんだ。ただ……過去の記憶を失うだけならともかく、記憶とは関係なく習得しているはずのナリューン語の知識をも失っているというのは……どうも不自然な気がする」
そして黙り込む。エルシャも、それ以上の予断を言葉にする気はないようだった。
「おい、そろそろ話は終わったか」
その声で、四人はすっかりテュリスの存在を忘れていたことに気づいた。テュリスが腕組みをして冷たい視線を投げかけてくる。
「サルジアはこの中だ。そこの姉妹、そんな薄汚い身なりでどうやって宮殿に入るつもりだ?」
「何よ、どうせ魔法を使うんなら、あんたがもっと中まで運んでくれればよかったのよ」
「……きさまだけトスタリカに戻してやろうか」
今にも喧嘩が始まりそうなテュリスとディオネの間にエルシャが割り込んだ。
「俺が手配してくる。みんなここで待っていてくれ」
「ここは……」
フェランが呟いた。
ここは確か、初めて僕がエルシャと出会った……。
今まで、思い出そうとしても思い出せなかった記憶の断片が、突然脳裏によみがえる。
そうだ、僕はここに倒れていて、そこにエルシャが来たんだ。それで、僕は彼に話しかけようとして――
突然、強烈な痛みがフェランの頭を貫いた。
「う……っ」
頭を押さえて倒れこむフェランをエルシャが支える。
「どうした?」
「今……少し、思い出したんです……でも、急に頭痛が」
フェランはゆっくり立ち上がった。痛みは一時的なものだったが、落ち着いたころには、つかみかけていた記憶の断片もいつのまにか消えていた。
エルシャはそんなフェランをしばらく見つめていた。頭の中で、ひとつの仮説が形をなそうとする。それを検証するかのように、エルシャはフェランに話しかけた。
「Fu uuo dqiel Nalune, Feran?」
フェランは首を傾げた。聞いたことのない言語だ。しかし、すぐ隣でディオネが声にならない声をあげている。ディオネはやっとのことでこういった。
「E……Eju fu uuo dqiel Nalune! Eti uuo Salama Angjuse!?」
フェランには、二人が同じ言語を使っていて、どうやらサラマ・アンギュースについて話しているということしかわからなかった。エルシャがディオネにアルム語で答えた。
「俺は違うよ。昔ちょっとナリューン語の辞書を読んで覚えただけで、これくらいしか話せない」
「ね……姉さん」
不意にナイシェが震える声で尋ねた。
「どうして!? 私、知らないはずなのに、わかる……その言葉、知ってるわ……!」
フェランはひとり、意味がわからずうろたえている。
「あ、あの……? どういうことですか? 古語か何かなんですか?」
「……やっぱりな」
エルシャはそんなフェランを見て小さくため息をついた。
「今のは、ナリューン語――サラマ・アンギュースならば、習わずともかけらを体に埋めているだけで習得することのできる言語だ」
「……つまり、僕はサラマ・アンギュースではない、と?」
「いや、おまえは確かにシレノスだ」
「では、なぜ――」
「おまえは忘れているようだが――」
遮るようにエルシャがいった。
「おまえは、初めて俺と出会ったとき……確かに、ナリューン語を話した」
「え……?」
フェランが絶句する。
フェランとの出会い。あれは、忘れもしない十三年前の春だ。秘密の遊び場のひとつ、南の草原へ、こっそり出かけたとき――確か、父上か母上に叱られたかで、むしゃくしゃした気持ちのまま何ともなく赴いた人気のない草原に、彼は倒れていた。甘い紅茶のような栗色をした柔らかい髪と、透き通るような白い肌に、はじめは天使が堕ちてきたのかと思った。それからすぐに、薄汚れた服を見て、人間だと気づいた。男か女かなんて、そのときは考えもしなかった。ただ初めて見る不思議な生き物を観察でもするように、恐る恐る手を伸ばし――温かい肌に触れた瞬間、彼は目を開けたのだ。そして、うつろな目の焦点が合ったとき、彼は口を開いて、たった一言、発した――
「たった一度だけだったがな。俺もあのときは子供で、ナリューン語なんて知らなかったから、おまえの言葉の意味もわからなかったし、それっきり忘れていた。だが、今回神からサラマ・アンギュースを探す使命を託され、思い出したんだ。おまえは確かに、ナリューン語を話していた。なのに、いつのまにかその言葉を忘れ去ってしまった。……おそらく、過去の記憶を失うと同時に、言葉まで忘れてしまったんだ」
「……どういうこと?」
意味が分からず、ディオネが苛立っている。エルシャはしばらく考え込んだあと、ぼそりと呟いた。
「……俺自身も、まだ考えがまとまっているわけじゃないんだ。ただ……過去の記憶を失うだけならともかく、記憶とは関係なく習得しているはずのナリューン語の知識をも失っているというのは……どうも不自然な気がする」
そして黙り込む。エルシャも、それ以上の予断を言葉にする気はないようだった。
「おい、そろそろ話は終わったか」
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