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【第一部:王位継承者】第十章
戦線協定
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「……馬鹿な」
テュリスが呟いた。
「異なる種類の魔術を同時に使うことなどできないはずだ」
「……どういうこと?」
ナイシェの問いに答えたのはフェランだった。
「転移の術は赤魔術……でも今、短剣を砂に変えたのは……黒魔術です……」
「魔術には相当な精神力が必要だ。同時に使おうとすると必ずどちらかが破綻するはずなんだ!」
テュリスが叫んだ。
「そんなことより、今はジュベールのほうが先でしょ!」
ディオネが苛立たし気にいう。
「あの女、自分の息子なのに、愛情のかけらも持っていなかった。早くしないと、ジュベールがどんな目にあわされるか……!」
エルシャのほうを振り返ると、彼は固くこぶしを握り締めて体を震わせていた。
「……必ず守ると、誓ったんだ……。なのに、このざまだ……!」
その怒りは、自らへ向けられていた。異様な感情の高ぶりに、フェランが戸惑いながら声をかける。
「エルシャ……ジュベール様はお強い方です。あなたが守れなかったからと自分を責めるのは……」
「違うんだ!」
エルシャが叫んだ。
「そうさ、あいつは強いよ……。だが、それでもしょせん女なんだ!」
みな絶句した。
ジュベールが、女……?
テュリスが小さく笑った。
「……はっ、あいつが女だって? 今までずっと……宮殿中を、騙していたのか!?」
エルシャはうつむいたままいった。
「サルジアが……自分の娘を国王にするために、男に仕立て上げたんだ」
重たい沈黙のあと、テュリスが口を開いた。
「おまえたち……手を組まないか?」
真っ先に答えたのはディオネだった。
「ふざけんじゃないよ! 何様のつもり!? ジュベールを殺そうとする男と手を組むだなんて、冗談――」
「待て、ディオネ」
怒鳴るディオネを止めたのは、意外にもエルシャだった。彼は理性を取り戻していた。
「話を聞こう、テュリス」
テュリスは満足そうにうなずいた。
「さすがものわかりがいいな。つまり……」
彼は話し始めた。
「今、次代の国王候補としてもっとも有力なのはジュベールだ。そしてその裏にはサルジアがいる。おまえたちは、サルジアを殺せばジュベールが解放される。俺のほうも、ジュベール自身に王になる気がないなら、サルジアを殺すだけで手を引いてやってもいい。どうだ? サルジアを殺すまで、という期限で、手を組まないか?」
ディオネは胸中にうずまくむかつきを押さえるのに必死の形相だ。しかし、あえて口を閉ざしたままエルシャを見た。彼はテュリスを凝視したまま答えた。
「……いいだろう。ただし、サルジアを倒すまでだ。それと、条件がひとつ。ジュベールには決して手を出さないと、誓え」
テュリスはにやりと笑った。
「同盟成立だ」
エルシャは黙っていた。彼の心の中がどんなに混乱しているのか、みなわかっていた。ディオネが、そっとエルシャの肩に手を添える。
「大丈夫。神様だって、ジュベールを助ける間くらい、待っててくれるよ」
エルシャが顔を上げた。ディオネが少しだけ笑う。
「どうせ、神からの使命をほっぽり出して、俺はだめな男だ、とか、考えてるんでしょ? 大丈夫だよ、あたしたちも、協力するから」
エルシャは肩に乗せられたディオネの手を握り、小さくありがとう、といった。
「さあ、気持ちの整理はついたかい」
テュリスがいった。
「事態は一刻を争うんだ。おまえたち、ここからアルマニア宮殿まで歩いて帰るつもりじゃないだろうな」
言葉の真意を計りかねる一行に、テュリスは続けた。
「そんなんじゃあ間に合わない。仕方ないから、俺が連れて行ってやるよ。……転移の術で、ね」
転移の術どころか魔術自体になじみのないディオネたちには、何のことかよくわからなかったが、エルシャとフェランは理解しているようだ。
「転移の術なんて、どこで身に着けたんだ」
エルシャの問いにテュリスはにやりと笑った。
「ここに来るため――つまり、ジュベールをわざわざ殺しに来るために、転移の術だけ学んだんだ」
「誰にですか?」
フェランは聞いてから愚問だと悟った。宮廷内の赤魔術師に教わるには、正当な理由や手続きが必要だ。ということは。
「カナル・マハタ」
案の定、テュリスは平然と答えた。
「苦労したよ、彼を探し出すのは。なんていったって破門された大魔術師だからね」
「宮廷にばれたら、たとえ第一王位継承者でもカナル・マハタとともに処刑だぞ」
魔術は、悪用すれば大変な脅威になり得る。そのため、アルマニア王国では魔術の不正習得は命をもってあがなうほどの大罪とされていた。しかし、テュリスはまったく気にしていないようだった。
「そんなヘマはしないさ。それより、俺は宮殿に帰るぞ。置いていかれたいのか?」
一行が集まると、テュリスは呪文を唱え始めた。五人はトスタリカの東端から姿を消した。
テュリスが呟いた。
「異なる種類の魔術を同時に使うことなどできないはずだ」
「……どういうこと?」
ナイシェの問いに答えたのはフェランだった。
「転移の術は赤魔術……でも今、短剣を砂に変えたのは……黒魔術です……」
「魔術には相当な精神力が必要だ。同時に使おうとすると必ずどちらかが破綻するはずなんだ!」
テュリスが叫んだ。
「そんなことより、今はジュベールのほうが先でしょ!」
ディオネが苛立たし気にいう。
「あの女、自分の息子なのに、愛情のかけらも持っていなかった。早くしないと、ジュベールがどんな目にあわされるか……!」
エルシャのほうを振り返ると、彼は固くこぶしを握り締めて体を震わせていた。
「……必ず守ると、誓ったんだ……。なのに、このざまだ……!」
その怒りは、自らへ向けられていた。異様な感情の高ぶりに、フェランが戸惑いながら声をかける。
「エルシャ……ジュベール様はお強い方です。あなたが守れなかったからと自分を責めるのは……」
「違うんだ!」
エルシャが叫んだ。
「そうさ、あいつは強いよ……。だが、それでもしょせん女なんだ!」
みな絶句した。
ジュベールが、女……?
テュリスが小さく笑った。
「……はっ、あいつが女だって? 今までずっと……宮殿中を、騙していたのか!?」
エルシャはうつむいたままいった。
「サルジアが……自分の娘を国王にするために、男に仕立て上げたんだ」
重たい沈黙のあと、テュリスが口を開いた。
「おまえたち……手を組まないか?」
真っ先に答えたのはディオネだった。
「ふざけんじゃないよ! 何様のつもり!? ジュベールを殺そうとする男と手を組むだなんて、冗談――」
「待て、ディオネ」
怒鳴るディオネを止めたのは、意外にもエルシャだった。彼は理性を取り戻していた。
「話を聞こう、テュリス」
テュリスは満足そうにうなずいた。
「さすがものわかりがいいな。つまり……」
彼は話し始めた。
「今、次代の国王候補としてもっとも有力なのはジュベールだ。そしてその裏にはサルジアがいる。おまえたちは、サルジアを殺せばジュベールが解放される。俺のほうも、ジュベール自身に王になる気がないなら、サルジアを殺すだけで手を引いてやってもいい。どうだ? サルジアを殺すまで、という期限で、手を組まないか?」
ディオネは胸中にうずまくむかつきを押さえるのに必死の形相だ。しかし、あえて口を閉ざしたままエルシャを見た。彼はテュリスを凝視したまま答えた。
「……いいだろう。ただし、サルジアを倒すまでだ。それと、条件がひとつ。ジュベールには決して手を出さないと、誓え」
テュリスはにやりと笑った。
「同盟成立だ」
エルシャは黙っていた。彼の心の中がどんなに混乱しているのか、みなわかっていた。ディオネが、そっとエルシャの肩に手を添える。
「大丈夫。神様だって、ジュベールを助ける間くらい、待っててくれるよ」
エルシャが顔を上げた。ディオネが少しだけ笑う。
「どうせ、神からの使命をほっぽり出して、俺はだめな男だ、とか、考えてるんでしょ? 大丈夫だよ、あたしたちも、協力するから」
エルシャは肩に乗せられたディオネの手を握り、小さくありがとう、といった。
「さあ、気持ちの整理はついたかい」
テュリスがいった。
「事態は一刻を争うんだ。おまえたち、ここからアルマニア宮殿まで歩いて帰るつもりじゃないだろうな」
言葉の真意を計りかねる一行に、テュリスは続けた。
「そんなんじゃあ間に合わない。仕方ないから、俺が連れて行ってやるよ。……転移の術で、ね」
転移の術どころか魔術自体になじみのないディオネたちには、何のことかよくわからなかったが、エルシャとフェランは理解しているようだ。
「転移の術なんて、どこで身に着けたんだ」
エルシャの問いにテュリスはにやりと笑った。
「ここに来るため――つまり、ジュベールをわざわざ殺しに来るために、転移の術だけ学んだんだ」
「誰にですか?」
フェランは聞いてから愚問だと悟った。宮廷内の赤魔術師に教わるには、正当な理由や手続きが必要だ。ということは。
「カナル・マハタ」
案の定、テュリスは平然と答えた。
「苦労したよ、彼を探し出すのは。なんていったって破門された大魔術師だからね」
「宮廷にばれたら、たとえ第一王位継承者でもカナル・マハタとともに処刑だぞ」
魔術は、悪用すれば大変な脅威になり得る。そのため、アルマニア王国では魔術の不正習得は命をもってあがなうほどの大罪とされていた。しかし、テュリスはまったく気にしていないようだった。
「そんなヘマはしないさ。それより、俺は宮殿に帰るぞ。置いていかれたいのか?」
一行が集まると、テュリスは呪文を唱え始めた。五人はトスタリカの東端から姿を消した。
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