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【第一部:王位継承者】第三章
危機一髪
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「この子に何かしたら許さないから!」
こういう輩にたてついていいことなど、ひとつもない。
わかってはいたが、カルヴァに手を出されるかと思うと、ナイシェはいつのまにかそう口走っていた。後悔したときには遅かった。男の顔がみるみる紅潮し、気づくと頭上に大剣が振り上げられていた。
「お望みどおりにしてやるよ!」
周囲の人々から悲鳴があがった。刃が風を切る音が聞こえる。ナイシェは固く目を閉じてカルヴァを抱きしめた。そのときだった。体に、人の腕を感じた。その腕は強い力でナイシェを引きよせ、その勢いに乗って、ナイシェはカルヴァを抱えたままどんと壁に背中を打ちつけた。次に聞こえたのが、剣が石畳の道にぶつかる金属性の音。ナイシェは、自分とカルヴァの命が救われたことに気づいた。恐る恐る目を開けると、そこには緑の瞳の青年がいた。
「危機一髪……」
青年はにっこり笑ってナイシェにそういった。その天使のような微笑みに、ナイシェは不謹慎なことは知りつつも見惚れずにはいれなかった。しかし、男の声でナイシェは現実に引き戻された。
「この野郎!」
真っ赤な顔をして、男が二人をかばって膝をついている青年に大きな剣を振り下ろす。ナイシェは小さく悲鳴をあげて頭を抱えた。が。
キィン、と高い音――今度は、剣と剣がぶつかり合う音だ。見ると、青年の連れらしいもう一人の男性が、男の剣を自分のそれでしっかりと受け止めていた。
「相手なら、俺がしてやるよ」
男性はそういうと、挑発的ににやりと笑った。男はかっとなり男性に向かって再び剣を振り上げた。一瞬だけ無防備になった男の腹に、男性がすかさず素早い動きで剣を右へ振り払う。剣先は男の腹部を横一直線にかすった。反射的に押さえた男の手の間から、じわじわと鮮血が流れ出す。男の仲間たちは思わずあとずさった。
「その気の短さはいつか命取りになるぞ。まあ、今回はせいぜい傷が残るくらいで済むだろうがな」
剣を鞘に収めながら男性がいうと、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「さてと……」
男性は何事もなかったように振り返ると、ナイシェとカルヴァのほうへ向き直った。そしてしゃがみ目線を合わせると、いった。
「怪我はないか? 女性の前でずいぶんと嫌な光景を見せてしまった。悪かったな」
恐ろしさのあまり呆けていたナイシェは、しばらくの間男性の言葉すら耳に入らなかった。何か話そうと口を開けてみたが、意に反して言葉は出てこない。
「ナイシェ……苦しい……」
知らずのうちに力がこもっていた両腕の中で、カルヴァがこもった声で訴えてきた。その声に、やっと我を取り戻す。すぐに両腕を解いてカルヴァを解放すると、あわてて頭を下げた。
「いえ、あの、こちらのほうがお礼をいわなければ! ありがとうございました! ほらカルヴァ、あなたも」
ナイシェが小声でカルヴァにいう。カルヴァが視線を逸らしながらぺこりと頭を下げた。
「……どうも……」
男性は小さく笑った。
「どうやら坊やは照れ屋らしい。……お嬢さん、立てるかな」
そういって、少女の前に大きな手を差し出した。少女は恐る恐るその手をとった。男性はもう一方の手で少女の体を支えると、軽々とその体を持ち上げて優しく地面に下ろした。
「あ……の、本当にありがとうございました。お礼をしなくちゃ……」
ナイシェがそこまでいうと、二人は笑って手を振った。
「それほどのことはしていないから。むしろこちらのほうが巻きこんでしまってすまなかったね。じゃあ気をつけて、勇敢なお嬢さん」
そのまま踵を返し立ち去ろうとする二人の青年に、彼女は呼びかけた。
「あの、お名前は……。私、ナイシェといいます。そこの幕屋で、あさってまで舞台しているニーニャ一座の裏方してます。この子はカルヴァ」
二人の青年は遠くから振り返っていった。
「エルシャとフェランだよ。気をつけてお帰り」
ナイシェは、遠ざかる二人の後ろ姿に向かって何度も深く礼をした。
こういう輩にたてついていいことなど、ひとつもない。
わかってはいたが、カルヴァに手を出されるかと思うと、ナイシェはいつのまにかそう口走っていた。後悔したときには遅かった。男の顔がみるみる紅潮し、気づくと頭上に大剣が振り上げられていた。
「お望みどおりにしてやるよ!」
周囲の人々から悲鳴があがった。刃が風を切る音が聞こえる。ナイシェは固く目を閉じてカルヴァを抱きしめた。そのときだった。体に、人の腕を感じた。その腕は強い力でナイシェを引きよせ、その勢いに乗って、ナイシェはカルヴァを抱えたままどんと壁に背中を打ちつけた。次に聞こえたのが、剣が石畳の道にぶつかる金属性の音。ナイシェは、自分とカルヴァの命が救われたことに気づいた。恐る恐る目を開けると、そこには緑の瞳の青年がいた。
「危機一髪……」
青年はにっこり笑ってナイシェにそういった。その天使のような微笑みに、ナイシェは不謹慎なことは知りつつも見惚れずにはいれなかった。しかし、男の声でナイシェは現実に引き戻された。
「この野郎!」
真っ赤な顔をして、男が二人をかばって膝をついている青年に大きな剣を振り下ろす。ナイシェは小さく悲鳴をあげて頭を抱えた。が。
キィン、と高い音――今度は、剣と剣がぶつかり合う音だ。見ると、青年の連れらしいもう一人の男性が、男の剣を自分のそれでしっかりと受け止めていた。
「相手なら、俺がしてやるよ」
男性はそういうと、挑発的ににやりと笑った。男はかっとなり男性に向かって再び剣を振り上げた。一瞬だけ無防備になった男の腹に、男性がすかさず素早い動きで剣を右へ振り払う。剣先は男の腹部を横一直線にかすった。反射的に押さえた男の手の間から、じわじわと鮮血が流れ出す。男の仲間たちは思わずあとずさった。
「その気の短さはいつか命取りになるぞ。まあ、今回はせいぜい傷が残るくらいで済むだろうがな」
剣を鞘に収めながら男性がいうと、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「さてと……」
男性は何事もなかったように振り返ると、ナイシェとカルヴァのほうへ向き直った。そしてしゃがみ目線を合わせると、いった。
「怪我はないか? 女性の前でずいぶんと嫌な光景を見せてしまった。悪かったな」
恐ろしさのあまり呆けていたナイシェは、しばらくの間男性の言葉すら耳に入らなかった。何か話そうと口を開けてみたが、意に反して言葉は出てこない。
「ナイシェ……苦しい……」
知らずのうちに力がこもっていた両腕の中で、カルヴァがこもった声で訴えてきた。その声に、やっと我を取り戻す。すぐに両腕を解いてカルヴァを解放すると、あわてて頭を下げた。
「いえ、あの、こちらのほうがお礼をいわなければ! ありがとうございました! ほらカルヴァ、あなたも」
ナイシェが小声でカルヴァにいう。カルヴァが視線を逸らしながらぺこりと頭を下げた。
「……どうも……」
男性は小さく笑った。
「どうやら坊やは照れ屋らしい。……お嬢さん、立てるかな」
そういって、少女の前に大きな手を差し出した。少女は恐る恐るその手をとった。男性はもう一方の手で少女の体を支えると、軽々とその体を持ち上げて優しく地面に下ろした。
「あ……の、本当にありがとうございました。お礼をしなくちゃ……」
ナイシェがそこまでいうと、二人は笑って手を振った。
「それほどのことはしていないから。むしろこちらのほうが巻きこんでしまってすまなかったね。じゃあ気をつけて、勇敢なお嬢さん」
そのまま踵を返し立ち去ろうとする二人の青年に、彼女は呼びかけた。
「あの、お名前は……。私、ナイシェといいます。そこの幕屋で、あさってまで舞台しているニーニャ一座の裏方してます。この子はカルヴァ」
二人の青年は遠くから振り返っていった。
「エルシャとフェランだよ。気をつけてお帰り」
ナイシェは、遠ざかる二人の後ろ姿に向かって何度も深く礼をした。
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