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【第一部:王位継承者】第三章

3人の出会い

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 エルシャにとっては、数ヶ月ぶりのサルトナの町だった。以前この町を訪れたのは、公務で国勢調査の視察に来たときだった。そのときはほんの数日間の滞在で、しかも大げさなほどの警備の人間がついて回っていたから、昼間の町の賑わいを楽しむどころではなかったが。

 宮廷の職務という重荷を置いて歩く町並みは、こんなにも異なって見えるものか。

 エルシャは、これまで自分が身を置いてきた世界がいかに偏ったものか実感していた。
 これからは、身の回りのことはすべて自らの手でしなければならない。そもそもそれが当然のことで、エルシャ自身宮殿内でも身辺のことを侍従に任せるのは好まないほうだった。しかし、宮殿の外で生活していくうえでの準備に関しては別だ。二人は、サルトナに入り宿を確保すると、宮殿では手に入れることのできないもの――すなわち、不必要な装飾の施されていない質素な衣服など、これから必要になるものほぼすべてなのだが――を調達するのに、かれこれ一時間以上費やしていた。
 そして、好意的とはいえない視線を感じて居心地の悪い思いをし始めたのは、この数分足らずのことであった。

 ……それほど人目を引くような行動はとっていないはずだが……。

 エルシャは疑問に思った。
 ここアルマニア王国の中で、首都アルマニアに次ぐ第二の都会といえど、最近は物騒で人々はナイフを持ち歩くか金を持ち歩かないか、どちらかにしている。以前は人気のない夜の路地だけで発生していた物盗りの類が、今では人目の多い昼間の街頭でも目にするほどだという。だからエルシャたちも服装は控えめにし、フェランは短剣を、エルシャは長剣を帯刀していた。それはこの町でも普通のことだ。

 なのになぜ……。

 そのときだった――目の前に、視線の主が現れたのは。数人の屈強な男たちが、エルシャたちの前に立ちふさがった。それと同時に、周りの人々が数歩あとずさる。先ほどまで賑わっていた街が一瞬にして静かになり、やがて声をひそめて囁きあう独特のざわつきがあたりを占めた。人々は、気の毒そうな表情でエルシャたちをちらちらとうかがうも、けして巻きこまれまいというような素振りでみな通り過ぎてゆく。
 男たちのうちの一人が口を開いた。

「よう兄さんたち。俺たちゃ貧乏なんだ。金恵んでくれよ」

 よくもまあこの大衆の中で堂々とやるものだ、とエルシャは思った。
 ということは、彼らはこのあたりの常連で、なかなかやり手らしい。人数は……五人。みな大ぶりの剣を腰に携えている。

「おい、それだけ物買っといて、金がねえとはいわせねえぞ。おまえらみたいな人種はな、金の臭いがぷんぷんするんだよ」

 エルシャは小さく含み笑いをした。

「……なるほど、だいぶ前から目をつけていたわけか」

 フェランがそっと囁いた。
「にしては、選ぶ相手を間違っていますね」
 エルシャはにやりと笑ってうなずいた。それを合図に、エルシャは腰の剣に、フェランは短剣に手を伸ばした。

「ほう。やる気か。いい腕ならしだ」

 男は馬鹿にしたようにそういうと、仲間たちにくいと顎をしゃくった。同時に、みな一斉に剣を抜く。一瞬小さなどよめきがあたりを覆う。エルシャとフェランもそれに応えて身構えたときだった。突然、横の小路から小さな少年が飛び出してきた。自分の出てきた方向に気をとられながら勢いよく走り出してきた少年は、目の前にそびえ立つように並ぶ数本の太い足に気づくと、突然立ち止まった。その勢いでしりもちをつく。ゆっくりと上を見上げると、恐ろしく人相の悪い男たちが鋭い目つきで見下ろしている。少年はただならぬ雰囲気にきょろきょろあたりを見回し、剣を構えていた男はふんと鼻を鳴らした。

「小僧、てめえも死にてえのか」

 そのとき、同じ小路から今度は一人の少女が現れた。息を切らせた少女は、まだ幼さの残る顔をしている。年のころは十五歳ほどだろうか。少女は事態を察知して真っ青になった。周りの人々は相変わらずちらちらと様子を見ながらも知らないふりをしている。

「カ……カルヴァ、行くわよ」

 少女は小声でそう囁くと、カルヴァの手を引こうとした。
 こういうのには関わらないほうがいい。
 少女も周囲の人々と同じように、カモにされたらしい二人の青年に憐れみの感情を抱きながらそう思った。そして、次にカルヴァがなかなか立とうとしないことに気づいた。どうやら、腰を抜かしているらしい。


「カ……カルヴァ……」

 少女はあわててカルヴァを抱き上げようとした。しかし。

「嬢ちゃん、その坊やは俺たちの邪魔をする気なのかな? 俺たち、邪魔する奴は大嫌いなんだよなあ」

 剣の平を手の上で弾ませながら、男が意地悪くいった。それを聞いた少女は、小刻みに震える小さな少年を胸に抱いていった。

「冗談じゃないわ! この子に何かしたら許さないから!」

 その一言に、男たちは顔をしかめた。

「ひでえなあ、嬢ちゃん。そのいいようはないだろう、まるで俺たちがその坊やに何かする気みたいじゃねえか。それなら……」

 男はいうなり右手に握っていた剣を振り上げた。

「お望みどおりにしてやるよ!」
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