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【第一部:王位継承者】第一章
ナイシェ
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時はアルマニア六世の治める時代。首都アルマニアの西にある町、サルトナに少女はいた。
「ナイシェ! ナイシェ、いるの?」
ニーニャの苛立った声がする。
「はい!」
ナイシェはあわててニーニャのもとへ走った。茶色の波打つ髪が風にふわりと揺れる。
「ナイシェ! 早く衣装を用意しなさい! まったく、なにをぼうっとしているの」
「はい」
ナイシェはすぐさま踵を返すと、裏の幕屋まで今夜の舞台用の衣装を取りにいった。廊下を曲がった途端、小さな子供とぶつかる。
「あら、カルヴァ」
「いてて……」
しりもちをついたカルヴァは、ナイシェを見上げていった。
「聞いてたよ。あいかわらずこき使われてんだな。だめだよ、もっといいたいこといわなきゃ」
ナイシェは困ったように微笑んだ。
「ええ、でも私は置いてもらってる身だし……。舞台では踊らないから、せめてこういうことだけでもしっかりしなきゃ」
カルヴァは立ち上がると、ぱんぱんと膝をはたいた。
「偉いな、ナイシェは。ま、気にすることはないよ。ニーニャは……」
「ナイシェ!」
遠くでニーニャの声がした。
「何油売ってんの! 幕上げまであと十五分よ、衣装は!?」
「すみません!」
ナイシェは大声で叫ぶと、またね、と小声で少年に囁いて駆け出した。
ニーニャ一座は、アルマニア王国の町から町へと渡り歩く芸能一座だ。座長のニーニャを始めとして、二十人あまりいる座員のほとんどはまだ年端もいかない女性ばかりである。踊りを中心とした華やかな舞台が売りだが、どの出し物も、座員たちのたゆまぬ練習と向上心の結果だ。
サルトナで興行を始めて一週間が経とうとしているが、今夜もニーニャ一座の踊りを見に来た観客で席はいっぱいだ。ナイシェは衣装室から三着のドレスを持って出ると、控え室へと入っていった。中には、衣装を待っている三人の少女がいた。
「ごめんなさい、遅くなって……」
息を切らしながら謝るナイシェに、少女たちは笑っていった。
「いいのいいの。またニーニャにやられてたんでしょ」
「大丈夫、あたしたちはみんなあんたの味方だから」
ナイシェは、一座に出会うまでは姉と二人で暮らしていた。両親はナイシェが五歳の頃はやり病で死んだと聞かされている。そのとき姉は九歳。二人で暮らしていくことなど到底無理だった。姉はやむなく、ちょうど町を通りかかったニーニャ一座にナイシェを預けたのだった。
あたしはいつもトモロスの町にいる、辛くなったら帰っておいで。
そういって。
ナイシェはほう、とため息をついた。
姉はもう二十のはずだ。……帰ろうか。
舞台の始まる鐘が鳴った。
「ナイシェ! ナイシェ、いるの?」
ニーニャの苛立った声がする。
「はい!」
ナイシェはあわててニーニャのもとへ走った。茶色の波打つ髪が風にふわりと揺れる。
「ナイシェ! 早く衣装を用意しなさい! まったく、なにをぼうっとしているの」
「はい」
ナイシェはすぐさま踵を返すと、裏の幕屋まで今夜の舞台用の衣装を取りにいった。廊下を曲がった途端、小さな子供とぶつかる。
「あら、カルヴァ」
「いてて……」
しりもちをついたカルヴァは、ナイシェを見上げていった。
「聞いてたよ。あいかわらずこき使われてんだな。だめだよ、もっといいたいこといわなきゃ」
ナイシェは困ったように微笑んだ。
「ええ、でも私は置いてもらってる身だし……。舞台では踊らないから、せめてこういうことだけでもしっかりしなきゃ」
カルヴァは立ち上がると、ぱんぱんと膝をはたいた。
「偉いな、ナイシェは。ま、気にすることはないよ。ニーニャは……」
「ナイシェ!」
遠くでニーニャの声がした。
「何油売ってんの! 幕上げまであと十五分よ、衣装は!?」
「すみません!」
ナイシェは大声で叫ぶと、またね、と小声で少年に囁いて駆け出した。
ニーニャ一座は、アルマニア王国の町から町へと渡り歩く芸能一座だ。座長のニーニャを始めとして、二十人あまりいる座員のほとんどはまだ年端もいかない女性ばかりである。踊りを中心とした華やかな舞台が売りだが、どの出し物も、座員たちのたゆまぬ練習と向上心の結果だ。
サルトナで興行を始めて一週間が経とうとしているが、今夜もニーニャ一座の踊りを見に来た観客で席はいっぱいだ。ナイシェは衣装室から三着のドレスを持って出ると、控え室へと入っていった。中には、衣装を待っている三人の少女がいた。
「ごめんなさい、遅くなって……」
息を切らしながら謝るナイシェに、少女たちは笑っていった。
「いいのいいの。またニーニャにやられてたんでしょ」
「大丈夫、あたしたちはみんなあんたの味方だから」
ナイシェは、一座に出会うまでは姉と二人で暮らしていた。両親はナイシェが五歳の頃はやり病で死んだと聞かされている。そのとき姉は九歳。二人で暮らしていくことなど到底無理だった。姉はやむなく、ちょうど町を通りかかったニーニャ一座にナイシェを預けたのだった。
あたしはいつもトモロスの町にいる、辛くなったら帰っておいで。
そういって。
ナイシェはほう、とため息をついた。
姉はもう二十のはずだ。……帰ろうか。
舞台の始まる鐘が鳴った。
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