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【第六部:終わりと始まり】最終章
終わりと始まり①
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―― 一年後 ――
自分の体よりもはるかに大きい鏡の前で、ナイシェは落ち着きなくしきりに体をよじらせていた。
「ねえ、おかしくない? 本当に大丈夫?」
不安げに問うナイシェに、フェランが微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ナイシェ。とてもきれいです」
そういって、後ろから鏡を覗き込む。
丁寧に結い上げた茶色の髪の隙間から覗く白い首元に、光るダイヤが散りばめられた首飾り。上品に胸元を開けたドレスは白いレースと淡い桃色の生地でできており、まだ幼さの残るナイシェによく似合う。
フェランはナイシェの頬にそっと口づけた。
「かわいいですよ、ナイシェ」
「ねえねえ、ラミもかわいい? お姫様みたい?」
濃い紅のドレスに身を包んだラミがご機嫌に駆けてくる。自慢げにくるくると回るラミを見て、フェランはくすくすと笑った。
「ラミもかわいいよ。小さなお姫様だね」
ラミは喜んでフェランに抱きついた。
「でも……本当にいいの? 私、貴族でもなんでもないのに」
心配するナイシェにフェランがいう。
「当たり前じゃないですか。エルシャにとって、あなたやディオネは特別です。あなたがたのいない戴冠式なんて、ありえません。従者だった僕だって、こうして正式に招待していただいたのですから」
フェランも、ふんだんにレースの使われたベストの上にコートを羽織り、すっかり貴族の装いだ。以前は使用人として働いていたのだから、ナイシェ以上の特別待遇だろう。
ナイシェはほっとしたように微笑んだ。
「そうよね。こういう機会でもないと、国王陛下には会えないものね」
「エルシャは、それを一番寂しがっているようですけどね。なかなか会えないし、会う暇もない」
「そうね……」
ふと、声に寂しさが滲む。
扉を叩く音がして、ディオネが姿を現した。
「ああ、あいかわらずきつくて動きにくい服だね」
悪態をつきながら歩く。
「この手袋だってさ、はめるのにも一苦労だよ。こっちはまだそこまで治ってないっての」
結局、ディオネの指先は、日常生活には差し支えないがまだ麻痺が残ったままだった。
「だから一緒のお部屋に泊まろうっていったのに。姉さん、強がるから」
「強がりじゃないよ。あんたたち三人と同じ部屋なんて、そんな野暮なことはしないよ。ていうか、こっちから願い下げ」
ディオネが笑いながら肩をすくめる。
「それよりあんた、踊りは大丈夫なの?」
ナイシェは笑顔で答えた。
「ええ、緊張するけど、すごく楽しみ。エルシャの取り計らいで、リューイ一座も来るのよ。ティーダが手品をするっていってた。きっとものすごく練習してるわよ」
戴冠式のあと宮廷で催される宴の余興で、ナイシェの踊りやリューイ一座の出し物が予定されているのだ。宮廷専属の芸能一座がいる中でリューイたちを呼んだのは、エルシャの希望だった。ティーダも今では一人前の奇術師として舞台に立っているらしい。
ティーダと聞いてディオネが驚いた。
「ティーダも来るの? ますます、ゼムズも来ればよかったのにね」
戴冠式の招待状はゼムズにも届いたが、どうやら欠席で返事をしたらしい。ナイシェは苦笑していった。
「仕方ないわよ。姉さん以上に宮殿は居心地悪いっていってたし、とにかく用心棒をして国中を歩き回っているほうが性に合ってるみたいよ」
「でも、ラミだってたまには会いたいんじゃない?」
ディオネに問われ、ラミは首を傾げた。
「うーん。でもゼムズ、わりとよくイルマの村に戻ってくるし。そしたら何日かは一緒に遊べるから、あたしは別に、構わないけど」
「……案外薄情なのね、あんた」
イルマの名が出て、ナイシェがいいにくそうに口を開いた。
「姉さん……やっぱり、一緒にイルマで暮らさない? ひとりじゃ何かと不便でしょう」
ディオネは笑って首を振った。
「心配しないで。トモロスとイルマなんて、会えない距離じゃないし。父さんと母さんが残してくれた家も、奇跡的に崩れなかったしね。あたしはやっぱり、あの場所を守っていくよ」
一年前のあのとき、トモロスの町も甚大な被害を被った。多くの古い建物は倒壊したが、ディオネの生家は崩れずに残ったのだ。
ナイシェはフェランと顔を見合わせた。フェランがうなずいてディオネにいった。
「僕たちは、待っていますから。いつでも、頼ってください」
扉の外から衛兵の声がした。
「失礼いたします。お迎えにあがりました」
四人は王族専用の客室を出ると、水晶宮へと向かった。
自分の体よりもはるかに大きい鏡の前で、ナイシェは落ち着きなくしきりに体をよじらせていた。
「ねえ、おかしくない? 本当に大丈夫?」
不安げに問うナイシェに、フェランが微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ナイシェ。とてもきれいです」
そういって、後ろから鏡を覗き込む。
丁寧に結い上げた茶色の髪の隙間から覗く白い首元に、光るダイヤが散りばめられた首飾り。上品に胸元を開けたドレスは白いレースと淡い桃色の生地でできており、まだ幼さの残るナイシェによく似合う。
フェランはナイシェの頬にそっと口づけた。
「かわいいですよ、ナイシェ」
「ねえねえ、ラミもかわいい? お姫様みたい?」
濃い紅のドレスに身を包んだラミがご機嫌に駆けてくる。自慢げにくるくると回るラミを見て、フェランはくすくすと笑った。
「ラミもかわいいよ。小さなお姫様だね」
ラミは喜んでフェランに抱きついた。
「でも……本当にいいの? 私、貴族でもなんでもないのに」
心配するナイシェにフェランがいう。
「当たり前じゃないですか。エルシャにとって、あなたやディオネは特別です。あなたがたのいない戴冠式なんて、ありえません。従者だった僕だって、こうして正式に招待していただいたのですから」
フェランも、ふんだんにレースの使われたベストの上にコートを羽織り、すっかり貴族の装いだ。以前は使用人として働いていたのだから、ナイシェ以上の特別待遇だろう。
ナイシェはほっとしたように微笑んだ。
「そうよね。こういう機会でもないと、国王陛下には会えないものね」
「エルシャは、それを一番寂しがっているようですけどね。なかなか会えないし、会う暇もない」
「そうね……」
ふと、声に寂しさが滲む。
扉を叩く音がして、ディオネが姿を現した。
「ああ、あいかわらずきつくて動きにくい服だね」
悪態をつきながら歩く。
「この手袋だってさ、はめるのにも一苦労だよ。こっちはまだそこまで治ってないっての」
結局、ディオネの指先は、日常生活には差し支えないがまだ麻痺が残ったままだった。
「だから一緒のお部屋に泊まろうっていったのに。姉さん、強がるから」
「強がりじゃないよ。あんたたち三人と同じ部屋なんて、そんな野暮なことはしないよ。ていうか、こっちから願い下げ」
ディオネが笑いながら肩をすくめる。
「それよりあんた、踊りは大丈夫なの?」
ナイシェは笑顔で答えた。
「ええ、緊張するけど、すごく楽しみ。エルシャの取り計らいで、リューイ一座も来るのよ。ティーダが手品をするっていってた。きっとものすごく練習してるわよ」
戴冠式のあと宮廷で催される宴の余興で、ナイシェの踊りやリューイ一座の出し物が予定されているのだ。宮廷専属の芸能一座がいる中でリューイたちを呼んだのは、エルシャの希望だった。ティーダも今では一人前の奇術師として舞台に立っているらしい。
ティーダと聞いてディオネが驚いた。
「ティーダも来るの? ますます、ゼムズも来ればよかったのにね」
戴冠式の招待状はゼムズにも届いたが、どうやら欠席で返事をしたらしい。ナイシェは苦笑していった。
「仕方ないわよ。姉さん以上に宮殿は居心地悪いっていってたし、とにかく用心棒をして国中を歩き回っているほうが性に合ってるみたいよ」
「でも、ラミだってたまには会いたいんじゃない?」
ディオネに問われ、ラミは首を傾げた。
「うーん。でもゼムズ、わりとよくイルマの村に戻ってくるし。そしたら何日かは一緒に遊べるから、あたしは別に、構わないけど」
「……案外薄情なのね、あんた」
イルマの名が出て、ナイシェがいいにくそうに口を開いた。
「姉さん……やっぱり、一緒にイルマで暮らさない? ひとりじゃ何かと不便でしょう」
ディオネは笑って首を振った。
「心配しないで。トモロスとイルマなんて、会えない距離じゃないし。父さんと母さんが残してくれた家も、奇跡的に崩れなかったしね。あたしはやっぱり、あの場所を守っていくよ」
一年前のあのとき、トモロスの町も甚大な被害を被った。多くの古い建物は倒壊したが、ディオネの生家は崩れずに残ったのだ。
ナイシェはフェランと顔を見合わせた。フェランがうなずいてディオネにいった。
「僕たちは、待っていますから。いつでも、頼ってください」
扉の外から衛兵の声がした。
「失礼いたします。お迎えにあがりました」
四人は王族専用の客室を出ると、水晶宮へと向かった。
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