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【第六部:終わりと始まり】第十章
死闘①
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青玉宮の中から見上げた空が、底なし沼のように禍々しい黒で染まった。一本の触手が、エルシャを貫いて高々と宙を蠢いている。
「ティーダ! エルシャを受け止めて!」
ナイシェが叫び、次の瞬間触手の根元が破裂した。落下するエルシャの下が発光し、藁の山が現れる。エルシャの体は、分厚い藁の上にどさりと落ちた。
おもむろに、リキュスの目がナイシェを捉えた。
「……おまえが、破壊の民か」
口元に歪んだ笑みを浮かべる。びくんとこわばったナイシェに向かい、リキュスは右腕を伸ばした。手のひらを広げ、ナイシェを凝視する。
「光のかけらひとつ封じる程度なら、わけもない」
切断された触手が再び蛇のように動き、ナイシェの両腕を縛り上げた。破壊の力を使おうとして、ナイシェは異変に気づいた。
「力が……使えない……!」
触手がナイシェを引きずるように伸び、青玉宮を支える太い柱に巻きつく。たちまちナイシェは褐色の蔦で柱に縛りつけられた。腰や足もきつく巻きつかれ、身動きができない。右手をナイシェへ向けたまま、リキュスがいった。
「おまえの中にはイシュマ・ニエヴァがいる。おまえからは、最後に生きたままかけらをいただくとしよう。それまで、おまえの仲間が無残に殺される姿を楽しむといい」
「や、やめて――‼」
ナイシェが泣き叫ぶ。ゼムズとフェランはティーダを衛兵から守るので必死だ。エルシャは藁の中に沈んだきり動かない。
リキュスの視線が、ティーダへと移った。
「かけらの力は厄介だ」
リキュスの目の前に、黒い煙が出現した。渦を巻くように成長し、赤子ほどの大きな球になる。驚愕して動けないティーダに向かい、形を得た黒球が突如として勢いよく放たれた。
「ティーダ!」
かけらの力を封じられたナイシェが、成す術もなく叫ぶ。
「させるかよ!」
ゼムズが黒球に向かって大剣を振り払う。しかし刃は煙を斬ったように手応えなく素通りし、ティーダの顔面目掛けて球は勢いを増した。
突然ティーダの目前でまばゆい光が輝き、黒球と接触した。激しい爆音とともに、大小の瓦礫がティーダの頭上に降り注ぐ。瞬時に創った巨大な石の壁が、黒球に破壊されたのだ。ティーダは完全に瓦礫の下に埋没し、瓦礫が動くことはなかった。
「ティーダ!」
フェランが懸命に瓦礫を取り除こうとする。その背後を衛兵の剣が襲い、わずかの差でゼムズの剣が受け止める。
「これで、厄介な創造と破壊の力は使えない。おまえたちからかけらを奪うなど、造作もないことだ」
リキュスが満足そうに笑う。
藁の中で、エルシャが動いた。鮮血に染まった右腕をだらりと垂らしたまま、這うようにして前へ進む。その左手が、床に転がった長剣を掴んだ。リキュスの冷えた目がエルシャを一瞥する。
「まだ動けるのか。まあいい、手負いの人間など、我が主人の力をお借りするまでもない」
リキュスは鞘に収められた自らの剣を抜いた――国王にしか帯刀の許されない、気高い黄金の剣だった。
「我が主人への供物として、まずおまえのかけらから頂こう」
ためらいなく、剣が振るわれる。エルシャは片手でそれを受け止めた。弾かれそうになるのを懸命に堪える。
「リ……キュス……!」
歯を食いしばりながら呻く。
「リキュス、やめるんだ……! 本当のおまえはどこにいる!? 悪魔の血に屈するのか!」
叫んだ途端、リキュスの足がエルシャの腹を蹴り飛ばした。受け身も取れないまま地面に転がる。
「気に入らんな……」
左腕で体を支え起き上がろうとするエルシャに歩み寄り、リキュスはその右肩を容赦なく踏みつけた。傷口をえぐられ、エルシャが言葉にならない叫び声をあげる。うつぶせに倒れたまま動けないエルシャに、リキュスが不穏な笑みを浮かべていった。
「弟に手を下される気分はどうです、兄上?」
右手の王剣を握り直す。
「リキュス、目を覚ませ――!」
エルシャの言葉に、リキュスが表情を変えることはなかった。
「確かおまえは、腎臓に負った致命傷を治すために、かけらを埋めたんだったな。……では、かけらを取り出せば、生きながらえることはできまいな」
剣が、振り上げられた。
「リキュス――!!」
声の限りに叫ぶエルシャの目の前で、リキュスの動きが止まった。腕を高く上げたまま、その顔が苦悶に歪む。
「兄……上……」
唇が、そう言葉を発した。
「リキュス‼ しっかりしろ!!」
リキュスの体が硬くこわばる。傷口を踏みつける足が緩み、エルシャはすかさず足元から転がり出た。
「リキュス、わかるか!? ニエヴァを――イシュマ・ニエヴァを解放するんだ! おまえの力で!」
リキュスは震えながら歯を食いしばった。
「私のかけらを……取り出して、ください……」
「何だって……?」
ふらりとエルシャが立ち上がる。リキュスは強いまなざしでエルシャを凝視した。
「早……く……! 長くは、もちません……!」
声を絞り出す。直後、リキュスの目に激しい憎悪が宿った。
「貴様、邪魔するな――!」
突然叫び、剣を力いっぱい振り下ろした。かろうじてかわしたエルシャの目の前で、叩きつけられた刃が激しい金属音を鳴らす。そのとき、ナイシェを縛りつけていた触手が突如力を失い、ずるりと地に落ちた。
「もしかして……!」
ナイシェが、すかさずティーダを覆う瓦礫の山へ破壊の力を発動する。重く積み重なった瓦礫が粉々に吹き飛び、中から小さな子供の手が覗いた。
「ティーダ!」
フェランの声に反応して、ティーダが呻き声をあげた。
「くそ、小娘が!」
怒りに満ちた目で、リキュスが再びナイシェへ右手をかざす。刹那、ナイシェの体が勢いよく飛ばされて壁に叩きつけられた。地面に崩れ落ちたナイシェは、リキュスが再び王剣を手に取るのを見た。
「だ……め……」
朦朧とする意識の中で、それでも全神経を集中させる。次の瞬間、王剣の刃が粉々に崩れ去った。リキュスが柄のみになった剣を床に叩きつけ、恐ろしい形相でナイシェを見た。
「邪魔をするな、小娘!」
かざされた右手の袂から数本の触手が出現し、もう一度ナイシェを縛り上げた。破壊の力が再び封印される。そのとき、ナイシェが叫んだ。
「エルシャ! リキュスさんを取り戻して! 今ならきっと声が届くわ!」
神のかけらの持つ力を封じるには、多大な精神力がいるはずだ。破壊の力を封じている今なら、リキュスの心を押さえつける力は弱まっているに違いない。
「リキュス!」
エルシャが力の限り叫んだ。
「おまえはサラマ・アンギュースだ! 悪に打ち勝つ強さがある。そうだろう!?」
憤怒に支配されていたリキュスの顔が、再び苦痛に満ちて険しくなった。
「や……めろ……! 私は……我が主人の、僕……!」
膝をつき、頭を手で抱える。エルシャがリキュスの肩を強く掴んだ。
「リキュス、聞こえるだろう!? イシュマ・ニエヴァの解放は、おまえの役目だ! 出てこい!」
苦しみ悶え、リキュスが激しくかぶりを振る。
「リキュス!!」
「黙れ――!!」
エルシャの声を打ち消すように、リキュスが絶叫した。左手が、エルシャの首を鷲掴みにする。右手に短剣が握られていた。
「貴様の声は耳障りだ!」
怒りに任せてエルシャの首を締め上げる。もがくエルシャめがけて、リキュスは短剣を振り下ろした。
「ティーダ! エルシャを受け止めて!」
ナイシェが叫び、次の瞬間触手の根元が破裂した。落下するエルシャの下が発光し、藁の山が現れる。エルシャの体は、分厚い藁の上にどさりと落ちた。
おもむろに、リキュスの目がナイシェを捉えた。
「……おまえが、破壊の民か」
口元に歪んだ笑みを浮かべる。びくんとこわばったナイシェに向かい、リキュスは右腕を伸ばした。手のひらを広げ、ナイシェを凝視する。
「光のかけらひとつ封じる程度なら、わけもない」
切断された触手が再び蛇のように動き、ナイシェの両腕を縛り上げた。破壊の力を使おうとして、ナイシェは異変に気づいた。
「力が……使えない……!」
触手がナイシェを引きずるように伸び、青玉宮を支える太い柱に巻きつく。たちまちナイシェは褐色の蔦で柱に縛りつけられた。腰や足もきつく巻きつかれ、身動きができない。右手をナイシェへ向けたまま、リキュスがいった。
「おまえの中にはイシュマ・ニエヴァがいる。おまえからは、最後に生きたままかけらをいただくとしよう。それまで、おまえの仲間が無残に殺される姿を楽しむといい」
「や、やめて――‼」
ナイシェが泣き叫ぶ。ゼムズとフェランはティーダを衛兵から守るので必死だ。エルシャは藁の中に沈んだきり動かない。
リキュスの視線が、ティーダへと移った。
「かけらの力は厄介だ」
リキュスの目の前に、黒い煙が出現した。渦を巻くように成長し、赤子ほどの大きな球になる。驚愕して動けないティーダに向かい、形を得た黒球が突如として勢いよく放たれた。
「ティーダ!」
かけらの力を封じられたナイシェが、成す術もなく叫ぶ。
「させるかよ!」
ゼムズが黒球に向かって大剣を振り払う。しかし刃は煙を斬ったように手応えなく素通りし、ティーダの顔面目掛けて球は勢いを増した。
突然ティーダの目前でまばゆい光が輝き、黒球と接触した。激しい爆音とともに、大小の瓦礫がティーダの頭上に降り注ぐ。瞬時に創った巨大な石の壁が、黒球に破壊されたのだ。ティーダは完全に瓦礫の下に埋没し、瓦礫が動くことはなかった。
「ティーダ!」
フェランが懸命に瓦礫を取り除こうとする。その背後を衛兵の剣が襲い、わずかの差でゼムズの剣が受け止める。
「これで、厄介な創造と破壊の力は使えない。おまえたちからかけらを奪うなど、造作もないことだ」
リキュスが満足そうに笑う。
藁の中で、エルシャが動いた。鮮血に染まった右腕をだらりと垂らしたまま、這うようにして前へ進む。その左手が、床に転がった長剣を掴んだ。リキュスの冷えた目がエルシャを一瞥する。
「まだ動けるのか。まあいい、手負いの人間など、我が主人の力をお借りするまでもない」
リキュスは鞘に収められた自らの剣を抜いた――国王にしか帯刀の許されない、気高い黄金の剣だった。
「我が主人への供物として、まずおまえのかけらから頂こう」
ためらいなく、剣が振るわれる。エルシャは片手でそれを受け止めた。弾かれそうになるのを懸命に堪える。
「リ……キュス……!」
歯を食いしばりながら呻く。
「リキュス、やめるんだ……! 本当のおまえはどこにいる!? 悪魔の血に屈するのか!」
叫んだ途端、リキュスの足がエルシャの腹を蹴り飛ばした。受け身も取れないまま地面に転がる。
「気に入らんな……」
左腕で体を支え起き上がろうとするエルシャに歩み寄り、リキュスはその右肩を容赦なく踏みつけた。傷口をえぐられ、エルシャが言葉にならない叫び声をあげる。うつぶせに倒れたまま動けないエルシャに、リキュスが不穏な笑みを浮かべていった。
「弟に手を下される気分はどうです、兄上?」
右手の王剣を握り直す。
「リキュス、目を覚ませ――!」
エルシャの言葉に、リキュスが表情を変えることはなかった。
「確かおまえは、腎臓に負った致命傷を治すために、かけらを埋めたんだったな。……では、かけらを取り出せば、生きながらえることはできまいな」
剣が、振り上げられた。
「リキュス――!!」
声の限りに叫ぶエルシャの目の前で、リキュスの動きが止まった。腕を高く上げたまま、その顔が苦悶に歪む。
「兄……上……」
唇が、そう言葉を発した。
「リキュス‼ しっかりしろ!!」
リキュスの体が硬くこわばる。傷口を踏みつける足が緩み、エルシャはすかさず足元から転がり出た。
「リキュス、わかるか!? ニエヴァを――イシュマ・ニエヴァを解放するんだ! おまえの力で!」
リキュスは震えながら歯を食いしばった。
「私のかけらを……取り出して、ください……」
「何だって……?」
ふらりとエルシャが立ち上がる。リキュスは強いまなざしでエルシャを凝視した。
「早……く……! 長くは、もちません……!」
声を絞り出す。直後、リキュスの目に激しい憎悪が宿った。
「貴様、邪魔するな――!」
突然叫び、剣を力いっぱい振り下ろした。かろうじてかわしたエルシャの目の前で、叩きつけられた刃が激しい金属音を鳴らす。そのとき、ナイシェを縛りつけていた触手が突如力を失い、ずるりと地に落ちた。
「もしかして……!」
ナイシェが、すかさずティーダを覆う瓦礫の山へ破壊の力を発動する。重く積み重なった瓦礫が粉々に吹き飛び、中から小さな子供の手が覗いた。
「ティーダ!」
フェランの声に反応して、ティーダが呻き声をあげた。
「くそ、小娘が!」
怒りに満ちた目で、リキュスが再びナイシェへ右手をかざす。刹那、ナイシェの体が勢いよく飛ばされて壁に叩きつけられた。地面に崩れ落ちたナイシェは、リキュスが再び王剣を手に取るのを見た。
「だ……め……」
朦朧とする意識の中で、それでも全神経を集中させる。次の瞬間、王剣の刃が粉々に崩れ去った。リキュスが柄のみになった剣を床に叩きつけ、恐ろしい形相でナイシェを見た。
「邪魔をするな、小娘!」
かざされた右手の袂から数本の触手が出現し、もう一度ナイシェを縛り上げた。破壊の力が再び封印される。そのとき、ナイシェが叫んだ。
「エルシャ! リキュスさんを取り戻して! 今ならきっと声が届くわ!」
神のかけらの持つ力を封じるには、多大な精神力がいるはずだ。破壊の力を封じている今なら、リキュスの心を押さえつける力は弱まっているに違いない。
「リキュス!」
エルシャが力の限り叫んだ。
「おまえはサラマ・アンギュースだ! 悪に打ち勝つ強さがある。そうだろう!?」
憤怒に支配されていたリキュスの顔が、再び苦痛に満ちて険しくなった。
「や……めろ……! 私は……我が主人の、僕……!」
膝をつき、頭を手で抱える。エルシャがリキュスの肩を強く掴んだ。
「リキュス、聞こえるだろう!? イシュマ・ニエヴァの解放は、おまえの役目だ! 出てこい!」
苦しみ悶え、リキュスが激しくかぶりを振る。
「リキュス!!」
「黙れ――!!」
エルシャの声を打ち消すように、リキュスが絶叫した。左手が、エルシャの首を鷲掴みにする。右手に短剣が握られていた。
「貴様の声は耳障りだ!」
怒りに任せてエルシャの首を締め上げる。もがくエルシャめがけて、リキュスは短剣を振り下ろした。
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