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【第六部:終わりと始まり】第七章
最後のひとり
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「――というわけで、僕たちもアルマニア宮殿に戻ってきたわけです」
フェランの話に、混乱気味のディオネが興奮していった。
「つまり、その、アデリアの娘がここの貴族に嫁いで、その娘か息子が今ごろ二十歳くらいで、かけらを受け継いでいる可能性がある、ってこと!?」
フェランが首肯する。
「でも、その娘もそのまた子供も、どちらも名前がわからない。しかも、絶対、かけらのことは隠して生きている。そういうことでしょ」
フェランが再びうなずいた。
「そんなの、どうやって探し出すつもり? 万が一見つかっても、絶対白を切るだろうし」
「それなんだが――」
エルシャが割って入った。
「方法がある。宮殿に属する貴族はすべて、その家系図が宮殿の書庫に保管されている。運がよければその中に、バスコやアデリアの名前が見つかるかもしれない。自身のもの以外の家系図は、上級貴族以上しか閲覧することができないから、それを調べるために戻ってきたというわけだ。……まあ、本家ならともかく、庶民から嫁いできた女性の祖先まで遡って記されているかは、それほど期待できないがね」
この宮殿の中にサラマ・アンギュースが隠れているのは、どうやら間違いない。だが、それを探し出すのはそれほど簡単ではないようだ。
「しかし――」
エルシャが続けた。
「ナイシェの話とこちらの話を総合すると……これは、重大なことになる」
全員がエルシャを注視した。エルシャは用心深くあたりを見回し、どの扉も強固に閉まっていることを確認すると、声を落としていった。
「いいか、ここからは、それこそ絶対に、誰にも話してはいけない。絶対に、だぞ」
全員が黙ってうなずいた。
「落ち着いて、聞いてほしい。サラマ・アンギュースは、その数と内訳が決まっている。俺の中にある記憶のかけらが、教えてくれた。かけらの数は、全部で十二個。つまり――」
エルシャはひとつ間を置いて、告げた。
「この宮殿にいるアデリアの孫――それが、最後のひとりだ」
「うそ――!!」
ディオネが大声をあげ、慌てて両手で口を押さえる。
「そして、ティーダが創造の民だということから、その孫は、封印の民オルセノだということになる」
しんと静まり返った部屋で、緊張ばかりが高まる。
「神は、十二個のかけらをすべて集めろとおっしゃった。はるか昔、互いに深手を負って長い眠りについた神と悪魔が、今目覚めようとしている。悪魔は神が復活する前に今度こそ戦いに勝利しようと企んでいるに違いない。サラマ・アンギュースを集めるのはその対抗手段だと思うが、我々はまだ、全員が揃ったとどうすればいいのか、それを知らされていない」
エルシャがいった。
「ただ、ナイシェの夢の中に住んでいるという少年――以前その少年が、手がかりをくれたことがあった。その少年は神と何らかの関わりがあると思うのだが……」
エルシャはナイシェのほうを向いた。
「ナイシェ、その少年から、何か聞いてはいないか?」
ナイシェは弾かれたように立ち上がった。
「そうなのよ! その男の子、イシュマ・ニエヴァというんだけど、彼が教えてくれたの。かけらがすべて揃ったときには、自分が必要だって。だから、たとえ私が神の民でなくなっても、私は最後にはエルシャとともに居なければならない―そういっていたわ」
「……ちょっと待て」
エルシャの目の色が変わった。
「今、イシュマ・ニエヴァといったか? その少年が、そう名乗ったのか!?」
鬼気迫るエルシャに気圧されながらも、ナイシェはうなずいた。
「そうよ。はじめは名前を教えてくれなかったの。でも、いつだったかしら……そう、確かサラマ・エステに登るときに、初めて名前を聞かせてくれたの。カマル湖の水の精と友達だっていってたわ。自分の名前を教えたら、〈あいつ〉が黙っちゃいない、って、すごく心配していたけれど……」
エルシャは混乱しているようだった。
「まさか……まさか、そんな……あり得ない。だってイシュマ・ニエヴァは、少年なんかじゃない」
「エルシャ……彼を知ってるの!?」
今度はナイシェが驚く番だった。エルシャは頭の片隅にある記憶を捻り出そうとするかのように、片手で頭を押さえて歯を食いしばった。みるみる額に脂汗が浮き出る。エルシャが、膨大な髪の記憶の中であがいているときの症状だった。
「エルシャ、大丈夫ですか!?」
近寄ろうとするフェランを手で制し、エルシャは前を見据えた。
「ニエヴァを……イシュマ・ニエヴァを、知っている。はるか昔から……だが、ナイシェのいう少年とは違うはずだ――」
「違うの、彼の体は、私が創ったの。だから、もともとの彼は、実態がないはずよ。何かの精なのかもしれない」
ナイシェが訂正した。
「体を、創ったって……?」
「そう。彼は、小さいころから私の夢の中にいたんだけど、最初は何ていうか……声が聞こえて、気配を感じるだけで、見えなかったの。だから私が、夢の中でだけ使える男の子の体を、創造の力で創ってあげたのよ」
「……そういうことか……!」
エルシャが声をあげる。
「なんだよ、どういうことだよ!?」
話の見えないゼムズが苛立っている。エルシャは平静を取り戻していった。
「少年の正体と役割が、わかった……。まさか、そういうことだったとは」
「だから何なんだよ!?」
ゼムズが怒鳴る。
「イシュマ・ニエヴァ。それは、すべての自然の頂点に立つ精霊の名だ。そして同時に、神の片腕とのいうべき存在だった」
フェランの話に、混乱気味のディオネが興奮していった。
「つまり、その、アデリアの娘がここの貴族に嫁いで、その娘か息子が今ごろ二十歳くらいで、かけらを受け継いでいる可能性がある、ってこと!?」
フェランが首肯する。
「でも、その娘もそのまた子供も、どちらも名前がわからない。しかも、絶対、かけらのことは隠して生きている。そういうことでしょ」
フェランが再びうなずいた。
「そんなの、どうやって探し出すつもり? 万が一見つかっても、絶対白を切るだろうし」
「それなんだが――」
エルシャが割って入った。
「方法がある。宮殿に属する貴族はすべて、その家系図が宮殿の書庫に保管されている。運がよければその中に、バスコやアデリアの名前が見つかるかもしれない。自身のもの以外の家系図は、上級貴族以上しか閲覧することができないから、それを調べるために戻ってきたというわけだ。……まあ、本家ならともかく、庶民から嫁いできた女性の祖先まで遡って記されているかは、それほど期待できないがね」
この宮殿の中にサラマ・アンギュースが隠れているのは、どうやら間違いない。だが、それを探し出すのはそれほど簡単ではないようだ。
「しかし――」
エルシャが続けた。
「ナイシェの話とこちらの話を総合すると……これは、重大なことになる」
全員がエルシャを注視した。エルシャは用心深くあたりを見回し、どの扉も強固に閉まっていることを確認すると、声を落としていった。
「いいか、ここからは、それこそ絶対に、誰にも話してはいけない。絶対に、だぞ」
全員が黙ってうなずいた。
「落ち着いて、聞いてほしい。サラマ・アンギュースは、その数と内訳が決まっている。俺の中にある記憶のかけらが、教えてくれた。かけらの数は、全部で十二個。つまり――」
エルシャはひとつ間を置いて、告げた。
「この宮殿にいるアデリアの孫――それが、最後のひとりだ」
「うそ――!!」
ディオネが大声をあげ、慌てて両手で口を押さえる。
「そして、ティーダが創造の民だということから、その孫は、封印の民オルセノだということになる」
しんと静まり返った部屋で、緊張ばかりが高まる。
「神は、十二個のかけらをすべて集めろとおっしゃった。はるか昔、互いに深手を負って長い眠りについた神と悪魔が、今目覚めようとしている。悪魔は神が復活する前に今度こそ戦いに勝利しようと企んでいるに違いない。サラマ・アンギュースを集めるのはその対抗手段だと思うが、我々はまだ、全員が揃ったとどうすればいいのか、それを知らされていない」
エルシャがいった。
「ただ、ナイシェの夢の中に住んでいるという少年――以前その少年が、手がかりをくれたことがあった。その少年は神と何らかの関わりがあると思うのだが……」
エルシャはナイシェのほうを向いた。
「ナイシェ、その少年から、何か聞いてはいないか?」
ナイシェは弾かれたように立ち上がった。
「そうなのよ! その男の子、イシュマ・ニエヴァというんだけど、彼が教えてくれたの。かけらがすべて揃ったときには、自分が必要だって。だから、たとえ私が神の民でなくなっても、私は最後にはエルシャとともに居なければならない―そういっていたわ」
「……ちょっと待て」
エルシャの目の色が変わった。
「今、イシュマ・ニエヴァといったか? その少年が、そう名乗ったのか!?」
鬼気迫るエルシャに気圧されながらも、ナイシェはうなずいた。
「そうよ。はじめは名前を教えてくれなかったの。でも、いつだったかしら……そう、確かサラマ・エステに登るときに、初めて名前を聞かせてくれたの。カマル湖の水の精と友達だっていってたわ。自分の名前を教えたら、〈あいつ〉が黙っちゃいない、って、すごく心配していたけれど……」
エルシャは混乱しているようだった。
「まさか……まさか、そんな……あり得ない。だってイシュマ・ニエヴァは、少年なんかじゃない」
「エルシャ……彼を知ってるの!?」
今度はナイシェが驚く番だった。エルシャは頭の片隅にある記憶を捻り出そうとするかのように、片手で頭を押さえて歯を食いしばった。みるみる額に脂汗が浮き出る。エルシャが、膨大な髪の記憶の中であがいているときの症状だった。
「エルシャ、大丈夫ですか!?」
近寄ろうとするフェランを手で制し、エルシャは前を見据えた。
「ニエヴァを……イシュマ・ニエヴァを、知っている。はるか昔から……だが、ナイシェのいう少年とは違うはずだ――」
「違うの、彼の体は、私が創ったの。だから、もともとの彼は、実態がないはずよ。何かの精なのかもしれない」
ナイシェが訂正した。
「体を、創ったって……?」
「そう。彼は、小さいころから私の夢の中にいたんだけど、最初は何ていうか……声が聞こえて、気配を感じるだけで、見えなかったの。だから私が、夢の中でだけ使える男の子の体を、創造の力で創ってあげたのよ」
「……そういうことか……!」
エルシャが声をあげる。
「なんだよ、どういうことだよ!?」
話の見えないゼムズが苛立っている。エルシャは平静を取り戻していった。
「少年の正体と役割が、わかった……。まさか、そういうことだったとは」
「だから何なんだよ!?」
ゼムズが怒鳴る。
「イシュマ・ニエヴァ。それは、すべての自然の頂点に立つ精霊の名だ。そして同時に、神の片腕とのいうべき存在だった」
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