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【第六部:終わりと始まり】第七章

訪問者

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 南東の深い森に背後を守られるように存在する、アルマニア宮殿とその広大な敷地。敷地だけでも小さな町ひとつ分ほどの広さがあり、その周囲は高い塀や格子状の柵で囲まれている。外部からの唯一の入り口といえる正門は、常に二人の門兵と六人の控えの兵士たちが警戒をしている。

 その日も、二人の門兵が正門の両脇に直立していた。森の庇護を受けない西側は見晴らしのいい草原となっており、多少の起伏はあるものの、首都アルマニアまで続く一本道を遠くまで見通せるようになっている。
 はるか遠くに立ち昇る土煙に門兵が気づくのにも、時間はかからなかった。それがアルマニア宮殿にまっすぐ向かう馬車のものだとわかると、守衛小屋に控えていた兵士たちもすぐに出てきた。書類を確認するが、訪問者の予定はない。兵士たちは警戒しながら正門前に立ち塞がった。
 馬車は正門の少し手前で停まった。庶民的な衣服に身を包んだ中年の御者が扱う、ごく一般的な幌馬車だ。宮殿の前に停まるには、ひどく場違いな馬車から、ひとりの女性が下りてきた。いや、少女というべきか。まだ幼さの残る長髪の女性が、やはりごく普通の町服をまとい、荷台の後部に回った。御者の手を借りて荷台から二枚の木の板を下ろして立てかけると、それを足掛かりとして荷台から木製の車椅子を慎重に下ろしていた。

 門兵たちは顔を見合わせた。侵入者にしてはあまりにも奇妙だ。
 門兵のひとりが、ゆっくりと馬車に近づいた。

「失礼ですが、アルマニア宮殿へ御用でしょうか」

 声をかけたとき、童顔の女性が馬車の中からもうひとりの女性を連れ出すところだった。年上らしきその女性は、童顔の女性の肩を借りながら、足を引きずるようにして下りてくる。車椅子は彼女のためのものだろう。

「失礼ですが……お約束がおありでしょうか」

 訝し気に問う門兵に、最初の女性が振り向いていった。

「約束はしていないのですが――」

 間近で女性の顔を見て、門兵ははっと息を呑んだ。





 昼食を取り終わり、黄昏宮から水晶宮へと向かって歩くジュノレの前に、ひとりの兵士が駆けてきた。ジュノレ直属の衛兵、アルストーリ小隊長だ。

「何事だ?」

 困惑した顔でやってきたアルストーリに、歩きながらジュノレが問いかける。

「たった今、ナイシェ・ネイランド様とディオネ・ネイランド様が到着されたと報告が入りました。正門前にいらっしゃっています」
「ナイシェとディオネが? 何かあったのか」

 ジュノレは驚きを禁じ得なかった。二人は、宮殿で神のかけらを取り出したあと、エルシャたちのもとを離れた。今はふたりで静かに元の生活に戻っているはずだ。

「それが、ディオネ様は車椅子をお使いで、何でも以前患った手足の麻痺が、急激に悪化したとか。それで、宮殿の医務方を頼っていらしたそうです」
「何だって……?」

 ジュノレの表情が険しくなった。

「ならば、すぐに医務班の手配を。以前と同じ、王族専門班がよい」

「それが……」
 アルストーリはさらに困ったような表情で上申した。
「ナイシェ様は、医務班よりまず先に、ジュノレ様との面会を希望しておられます」

「私と……?」

 ジュノレも眉をひそめた。

 車椅子が必要なほど急激な麻痺の悪化がありながら、医療行為よりまず先に私に会いたい、と?

 ジュノレは時計を見た。

 このあと、身分制度撤廃計画の件で責任者のフロイデン公爵との打ち合わせが入っている。さらにそのあと、下級貴族の新居についてアザルド公爵との面会もある。手が空くのは夕方になってしまう。それまでの間、まずは医務班がディオネの対応をするのが得策ではないのか。

「ナイシェ様が、何かあればいつでも頼るようにとジュノレ様にいわれたので、とおっしゃっておりまして……。お忙しい中恐縮ですが、ジュノレ様に直接確認に伺った次第です」

 アルストーリがそういって頭を垂れた。

 ますます意味がわからなかった。頼られればいつでも力になるのは本当だが、ナイシェとそのような約束を交わした記憶はない。それに、あの遠慮深いナイシェがそのようないい方をすることにも、違和感を覚えた。

 ジュノレはしばらく考えたあと、アルストーリに告げた。

「フロイデン公との約束は延期にする。ナイシェとディオネを、今すぐ私の部屋へ案内するように。フロイデン公には、急な私用だと説明してくれ。私は部屋へ戻っている」

 踵を返して速足で自室に向かうジュノレに驚きながらも、アルストーリはすぐさまもと来た道を駆け足で戻っていった。
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