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【第六部:終わりと始まり】第六章

エルスライからの脱出②

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 防ぐ間もなかった。言葉を発する余裕もなく剣が振り下ろされた瞬間、男の首に布が巻きつき、男が剣を取り落とした。茶色い布が一気に男の首を締め上げ、男の指が布を引きはがそうと懸命に首元をむしる。

 背後にいたのは、ディオネだった。頭を隠すのに使っていた長い布を、今は両腕に何重にも巻きつけ、男の背後から首を絞めつけていた。

「姉さん……!」

 ディオネは歯を食いしばって両腕を引いている。血がにじむほど首を掻きむしっていた男は、やがて動かなくなってその場に崩れ落ちた。
 肩で荒く息をしながら、ディオネはうっ血するほどきつく手に巻いた布を放り棄てた。

「手に力が入らなくってもね、こうすれば何とかなんのよ」
「姉さん、無事でよかった!」

 ディオネはにやりと笑った。

「あんたたちもね。さあ、もうすぐだよ」

 街が明るくなりつつある。夜明けまであと少しだ。

 三人は意を決すると、足早に通りへ出て宿の前を横切った。目的の路地に入ろうとしたところで、背後から男たちの叫び声が聞こえた。
 やはり、見張っていたのだ。いくら強行的に逃げても、追手を引き連れていてはザイザルは乗せてはくれないだろう。隠れる場所も少ないこの郊外で、何とか追手を巻かなくてはならない。しかも今度は、足の悪いディオネも一緒だ。
 ナイシェは走りながら懸命に考えた。

 創造の民と破壊の民が力を合わせれば、何とかなるはず……!

「ティーダ、足止め!」

 ナイシェの指示で、ティーダが先ほどのように追手の前に木箱の山を積み上げる。その隙に角をひとつ曲がる。素早くあたりを見回す。倉庫だらけだ。両開きの大きな扉に鎖が二重に巻かれ、さらに頑丈な錠前で施錠されている建物が数軒並んでいる。入れそうな建物はないし、隠れられそうな場所もない。
 追手が木箱を崩す大きな音がした。数人はいる。今にも追いつかれそうだ。
 ナイシェは一番近くにあった扉の錠前に手をかざした。錠と鎖がはじけて粉々になる。扉を開けて隠れようとするディオネを制して、ナイシェはその二軒先の倉庫へ向かった。同じように錠を破壊し、今度は扉を開ける。木のきしむ重い音があたりに響いた。

 ――こっちだ!

 男たちがティーダの創った砦を突破して駆けてくる音が聞こえる。まだ姿は見えない。

「姉さん、鉄くずを中に隠して!」

 真っ暗な倉庫に入ると、ナイシェはディオネと、粉々になった錠と鎖の残骸を通りから倉庫の中へ掻き寄せて、扉を閉めた。

「ティーダ、もう一度鎖を創って、鍵を閉めるの! できる!?」

 ティーダはすぐに理解した。床近くの壁に備えられた羽目殺しの小窓から扉のほうを覗くと、扉の外側の引手を目指して力を発動した。光の珠のあとに、先ほどと同じような鎖と錠前が出現して、倉庫の扉は施錠された。その直後、男たちが路地に入ってくる音がした。

「ここだ! 確かにここに逃げ込んだ」
「見ろ、鍵が壊されてるぞ。中を調べろ! 相手は創造の民だ、荷物をひとつ残らず開けて見つけるんだ!」

 男たちが、二軒手前の倉庫を捜索している。

「念のためほかの建物も調べろ」

 しばらくして、足音が近づいてきた。足元の小窓からは死角になる位置に隠れて、息をひそめる。

 小細工が、ばれてしまうだろうか?

 男の足音が、扉の前で止まった。息が止まりそうになる。ガチャガチャと乱暴に鎖を引っ張る音がして、思わず声が漏れそうになった。

「――ここは開いてねえぞ。やっぱりそっちだ」

 扉一枚を挟んですぐ外で男の声がし、やがて足音は遠ざかっていった。三人は吸ったままいつの間にか止まっていた息を、大きく吐き出した。
 男たちは二軒手前の倉庫に的を絞ったようだ。隅々まで調べ上げるつもりで、大きな物音を立てて倉庫中をひっくり返している。

「今のうちよ!」

 ナイシェは暗闇の中、別の出入り口を探した。先ほどの扉とは反対側の角に、出入り用の小さな扉があった。鍵がかかっていたが、内側から簡単に開いた。
 ナイシェは静かに扉を開けた。先ほど逃げ込んだ通りとは筋違いだ。こちらにはまったく人の気配がない。白んでいた空が青くなり始めていた。

 三人は物音を立てないよう細心の注意を払いながら、目的の場所へ向かった。

 倉庫街の外れに、一台の幌馬車が停まっていた。馬が二頭繋がれており、御者はいない。静かだ。
 荷台のほうへ回り込むと、ナイシェは恐る恐る声をかけた。

「コクトーの酒場からの積み残しは、ないですか……?」

 しばらくして、荷台の中から小太りの男性が出てきた。

「おやおや、積み残し三つとは聞いていたが、こんなにかわいらしい荷物だとは」

 三人を見て、大きな笑顔を見せた。男は荷台から手を差し出した。

「早く乗りな。ちょうど出発の時間だ。ちと酒臭いけどね、まあ隅にでも座ってなよ」

 ザイザルは荷台の幌をしっかりと閉めると、御者台に腰かけた。

「ニコルに向かうよ! ケツが痛くなると思うが、勘弁してくれな!」

 そういうと、軽快な掛け声とともに馬に鞭を入れた。
 太陽が昇り街が動き出すころ、三人を乗せた幌馬車は、土煙を巻き上げながらニコルへと続く一本道を走り始めた。
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